ダイヤモンド11
シオンが聖剣を構える。剣がウゥン……と唸り、刀身の回転が速度を増した。
「はあああっ」
大きく剣を振りかぶり、<ダイヤモンド>へ向かって走り出す。
<ダイヤモンド>は背後に飛び上がり、地上へと炎を吹き出した。火炎が押し寄せる波のように地上に降り注ぐ。それを避けながらシオンは走り続けた。
「<シェル>!」
走りながら、ホタルの傍に寄り添っていた<シェル>を呼び寄せる。この人間に忠実な竜は古来の竜の王に脅えながらも果敢に炎の中をシオンの元に馳せた。
<シェル>が脇につくや背中に飛び乗り、胴を叩く。<シェル>は小さく鳴いて、空中に飛び上がった。
『ふん、人間が我と同じ高みに登るなど五百年早いわ』
空中で間合いを詰めようとするシオンに対し、<ダイヤモンド>は不快そうに鼻を鳴らす。一際大きく胸を膨らませて、炎を吐いた。
今度は火炎の波どころか、火炎の壁だった。シオンの前方を塞ぐようにして巨大な炎が広がった。
今度はシオンは避けなかった。
聖剣を大きく一閃。炎の壁が切り裂かれ、そこから飛び出した。
新しい聖剣は刀身が回転することによって風を起こしている。今のシオンはまるで竜巻を手にしているようなもの。その風によって炎を蹴散らしたのだ。
「俺の力を取り込んでいるわけか。まったく無駄に才能があるな」
傍観者に徹していたヒッシャが面白くなさそうに呟く。
ヒッシャは風を操る悪魔だ。彼は契約者であるホタルの血を媒体にして聖剣を修復したわけだが、その血に混ざり込んだ彼の魔力が聖剣に定着したらしい。
普通の人間の血ではこんなことは起こらない。それだけホタルの血液が悪魔と相性が良いということなのだろう。
シオンがさらに中空で剣を奮う。すると聖剣が生み出した風が<ダイヤモンド>に向かって打ち出された。
『ぐ……っ』
風の塊が<ダイヤモンド>の脇腹を打つ。風の刃は竜に大きな傷こそ与えはしなかったが、硬い鱗の何枚かを弾き飛ばした。衝撃に<ダイヤモンド>がひるむ。
そのわずかな時間にシオンは着実に距離を縮めていた。<シェル>の上で立ち上がり、再び剣を振り上げる。
『させるかっ』
<ダイヤモンド>が吠えると同時に、シオンは横から強い衝撃に襲われた。
それは<ダイヤモンド>の尾だった。竜が尾を振るい<シェル>ごとシオンを打ったのだ。
丸太ほどもある尾で打たれれば、衝撃も並大抵のものではない。<シェル>は悲鳴すら上げることもできず、地面に叩き付けられた。そこからもうもうと土煙が上がる。
『やっと死んだか……?』
<ダイヤモンド>が地上を見下ろす。この勢いで地面に打ち付けられれば、人間は確実に死んでいるだろう。
だが土煙が全て収まったとき見えたのは、<シェル>の死骸だけだった。
『……どこへ行った!?』
その時になってようやく<ダイヤモンド>は自身の背中に違和感を感じた。痒みのような不快感。
振り向くと、シオンが自身の背中を鱗を足場にして這い上っていた。
シオンは<ダイヤモンド>の尾が打ち付けられるその瞬間、<シェル>から敵の尾に飛び移っていたのだ。とんでもない身体能力である。そして密かに尾から胴へと少しずつ登っていた。
竜は硬い鱗で覆われているため、触覚が鈍い。<ダイヤモンド>がシオンに気がつかなかったのはそのためだ。
竜は長く生きていて初めて、人間が虫に身体を這われるときに感じる気持ち悪さを体験した。思わずめちゃくちゃに身体を動かす。首を降り、翼を激しく動かし、空中で二転三転した。
<ダイヤモンド>がどんなに激しく暴れようと、シオンは竜の胴体に取り付いたまま決して離れようとはしなかった。それどころか、さらに上へ上へと竜の背中を登った。
『くそっ、やめろ、やめろ……っ』
竜の首に達すると、そこを両足で挟み込む。聖剣を両手で逆手に持ち、
「終わりだ」
竜の頭頂に突きつけた。
かつての聖剣ではここまで追い詰めても、<ダイヤモンド>を殺すことはできなかった。<ダイヤモンド>の古い牙から生まれた聖剣では同じ<ダイヤモンド>の新しい鱗を貫くことができないからだ。
しかし今度は違う。
聖剣の刀身が最大の速度で回り出す。シオンの両手の中で高密度の竜巻が発生する。人間の手に収まる大きさであっても、威力は大地を疾る竜巻と変わらない。それを全身全霊で真下に叩き込んだ。
『あ、あ、あ、あ、あぁ――――――――…………っ』
森中に絶叫が響き渡った。
鱗が割れ、弾け飛ぶ。速度が硬度を凌駕する。刃は皮膚の柔らかい部分に達し、頭蓋を打ち砕き、脳味噌を撹拌する。切っ先は顎を貫き、鋭い牙を粉々にする。
『……、…………、………っ』
串刺しにされた顎からは、火炎どころかもはや声も出ない。ぷすぷす、と気の抜けたような一筋の煙が漏れ出たのを最後に、竜はふらりとよろめき、地面へと落下した。
<ダイヤモンド>は墜落した。
その衝撃はソーヤ王国、ヒガン王国のみならず、大陸全土の大地を震わせた。避難の途中のフーシン市民らは思わず動きを止めて、不安げに顔を見合わせた。
「シオン……アカザ……、ホタル…………」
避難の支援にあたっていたユリは森の方を振り返った。森林の上空にもうもうと立ちこめる土煙を見ながら、胸の前で手を握り、目を閉じた。
どうか神様、あたしの仲間が皆、無事でありますように。




