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竜退治に恋は必要ですか?  作者: ウール100%


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恋のはじまり2

「蒼白の星、黒き夜を貫く光。

 降り注げ、戦士の上に。振り払え、重き帳を」

 血なまぐさい闘技場に似つかわしくない、軽やかで可憐な声が響く。

 白魔術の詠唱。詠うのは、春の光のような明るい金髪をベールで包んだ、空色の眼の修道女だった。白い法衣が、まるで本の中に出てくる天の使いのようだ。

 彼女の声が一音一音重ねられるごとに、他の候補者達は力が湧いてくるのを感じた。

 これは強化の呪文だ。白魔術は攻撃の術を持たないが、その代わり戦士達の傷を癒やしたり、力を増強させることができる。強化された力をもってすれば、<ジェット>を倒すことができるだろう。

「すまない、修道女殿」

「恩に着る」

 にわかに力を増した男達が鬨の声を上げて、竜に向かっていく。

 だが竜の方もさるもの。鎖の及ぶ範囲とはいえ、ばさりと翼を翻し空へと舞い上がった。

 大きく口を開けたかと思うと、中空より地面に向かって炎を吐き出した。

「やはり飛び上がられると厄介だな」

「どうにか引きずり下ろすことができれば……」

 舌打ちする戦士達の間を小柄な影がすり抜ける。その人物は目深にかぶった黒いローブから杖を引き出し、まっすぐ竜に向けた。

「――」

 誰にも聞き取れぬような小さな声の、最短最速の詠唱。だがそれが引き起こした効果は絶大だった。

 頭上を悠々と舞っていた竜が、急転直下、地面に派手な音を立てて落下したのだ。激しい衝撃に闘技場全体がが揺れ、土煙が立ちこめる。

「な、何が起こったんだ」

 塵を払いながら墜ちた竜を確認すると、そいつは地面に腹ばいになって身もだえていた。 なんと両翼が先端からじわりじわりと崩れてきている。これではもう二度と飛ぶことはできまい。

「腐食……黒魔術か」

 先程の修道女に対する歓迎とは反対に、今度は皆が一様にぞっとした顔になった。

 白魔術とは反対に黒魔術は攻撃に特化した魔術だ。それだけならまだ良いのだが、悪魔と契約を結んで使われる魔術なので大体が趣味が悪い。高い攻撃力を誇りながらも、忌避されがちなゆえんである。

 ともかく竜は地面に引きずり下ろされた。後は息の根を止めるだけだ。

 候補者達が我こそとどめを刺さんと竜に群がる。観客達がわあっと盛り上がった。

 竜の鱗は固い。それぞれが手持ちで一番強力な武器を持って打ちかかる。が、なかなか致命傷には至らない。

 だがシオンの言ったとおり、決定打をもたらしたのはアカザだった。彼は大剣を迷わず竜の片目に突き刺したのだ。

 闘技場いっぱいに恐ろしい咆哮が響き渡った。

 皆が耳を塞ぎ、中には驚きのあまり失神した者もいた。刺した本人も耳を塞いで慌てて竜から離れたが、頭がくらくらしてその場で崩れ落ちてしまう。

 最後のあがきだろう。竜は首を激しく振って眼から剣を振り落とそうとした。だが深く突き刺さったそれは抜けそうもない。

 さらにわけもわからず闘技場をどたどたと走り、客席に突っ込んでいく。よりにもよって貴賓席の方向だ。方々で悲鳴が上がった。

「王様、お逃げくださいっ」

 竜騎士団長が失礼を承知で王の腕を取り、立ち上がらせようとする。他の貴族や審査員らも悲鳴を上げて闘技場の入口へと逃れようと走り出した。

 混乱のさなか、シオンだけがその場で腰に佩いた柄から剣を抜く。陽光を受けて輝く透明な刃。怒り狂う竜を迎え撃つべく、聖剣を構えた。

 だが竜が目と鼻の先に迫るその瞬間、シオンの目の前に黒い影が滑り込んだ。

 先程の黒魔術師だった。わずか一秒にも満たない時間で、杖で空中に複雑な魔方陣を書き上げる。そして再び、

「――」

というたった一音の呪文で術を起動させた。

 現れたのは天まで届く、黒い糸で編まれた蜘蛛の巣だった。

 それはまさに巨大な網のよう。全身でぶつかってきた竜の体をしなやかに受け止め絡め取り、衝撃を殺して地面に転がした。

 観客席に乗り込むことを阻止された竜は、そのまま動かなくなった。

 場内に降りてきた龍騎士団の一人が絶命を確認する。おそるおそる闘技場に戻ってきた観客が竜の死を知らせる合図に、歓声を上げた。

 またこの国に尊敬すべき強い戦士が生まれる予感。日常の退屈を忘れさせるような、刺激的な見世物に会場は大満足だ。

 幸か不幸か活躍の場を与えられなかった聖剣を鞘に戻し、シオンは黒魔術師に、

「ありがとう。すばらしい機転だった」

と感謝の言葉を述べる。

 その人物はフードの下ではっと息をのんだようだったが、すぐに何でも無いような装いで小さく会釈した。そして最終試験が終わって他の候補者達が待機している場所へと去って行った。



「第六十六回竜騎士団員選抜試験合格者を発表する!」

 竜の死体が片付けられた闘技場の中央に、最終試験参加者十五名が一列に並ばされた。

 竜殺しという最大の見世物が終わった後も、観客はほとんど闘技場を去らなかった。

 彼らは新たな英雄誕生の瞬間に立ち会おうとしているのだ。これを見逃せるわけが無い。

「剣士、アカザ」

「はい」

 一番目に名前を呼ばれて前に進み出たのは、剣と弓を背負った男。先程<ジェット>にとどめを刺した者だ。

 彼は観客席のシオン王子に「やったぞ」と笑いかけると、差し出された竜騎士団団員であることを証明する金の腕輪を受け取った。

「修道女、ユリ」

「はぁい」

 次に呼ばれたのは白い法衣の女性。最終試験では白魔術によって他の候補者の力を強化し、竜殺しを支援した。彼女も優雅に頭を下げ、腕輪を受け取った。

「黒魔術師、ホタル」

「……はい」

 最後に呼ばれたのは、竜が観客席に乗り込むのを阻止した黒魔術師だった。


「おや、女性だったか」

 その声色を聞いて観客席で意外そうに言ったのはシオンだ。

「ローブで顔が見えないからわからなかった」

「どう見たってそうでしょう。あんなに華奢なんだから」

 竜騎士団の同僚が呆れたように応える。彼女の姿を見た人間の九割は、その体格から女性と見抜いていただろう。この第三王子は剣術馬鹿なところがあって、そういった観察力には欠けていた。

「しかし強力な魔術の使い手だ。瀕死とはいえ竜を軽々と転がした」

「いくら強くても黒魔術は良くないものですよ。あれだけのことをやるのに、どんなおぞましい手段を使っていることやら。これから同僚にはなりますが、あまり深く関わらない方が殿下のためですよ」

 黒魔術につきものの忠告にシオンは首をかしげた。

「そうかな?」

 視線の向こうでは問題の魔術師が腕輪を受け取っている。

 彼女の細腕には大柄すぎる腕輪は、手首をするりと抜けて肘まで滑り落ちていた。それを困ったように直そうとしている姿は、どうにも黒魔術師の肩書きがもたらす不穏さとにつかわしくなかった。

 それどころかおかしさすら感じてしまって、

「……でも、これから楽しくなりそうだ」

とシオンは頬を緩ませた。

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