ダイヤモンド6
「終わりだ」
そう言って、シオンはそれまで乗っていた<シェル>から飛び降りた。落ちながら聖剣を大きく振りかぶる。
狙うは真下の<ダイヤモンド>の首。
ここまで光の中を彷徨わせ、ようやく竜を身動きできない状況に追い込んだ。絶対に外しようがない的。
それなのに、
がんっ
と、振り下ろした刃は弾かれた。
「な……っ」
初めにシオンが感じたのは聖剣を通して返ってきた衝撃による、両手の痺れだった。
あらゆる竜を切ることができる聖剣。この剣を手にしてから、久しく彼が感じることのなかった竜の鱗の硬さだった。
彼は混乱した。
なぜだ、なぜだ、なぜだ!?
「聖剣で切れないだと……っ」
なぜこの竜が切れないのだ?今までこんなことはなかった。聖剣に切れない竜はなかった。まさか<ダイヤモンド>は聖剣でさえ切れない竜だというのか?
呆然とするシオンの耳に、竜の大きな笑い声が聞こえた。その声には明らかな悪意が含まれ、ぞっとするような響きがあった。
「はははっ……そうか、覚えのある臭いだと思ったら……ははっ、今ので思い出したぞ。貴様、ソーヤだな?」
ソーヤとは、シオンらの祖国の英雄だ。そして初代の王、自身の先祖でもある。
シオンも王城に飾られた肖像画を見たことがあるが、確かに目鼻立ちは自分とよく似ていた気がする。竜殺しの英雄と呼ばれた彼の最も有名な伝説が、まさに今目の前にしている<ダイヤモンド>退治の話なのだ。当然、彼の竜からの心象はよろしくないに決まっている。
「いや、もう奴に火口に落とされてから随分と経っているはずだ……ならばここにいるのは奴の子孫ということかな?」
竜は機嫌良く、先程の自分の言葉を自ら打ち消した。予想外の事態に固まってしまったシオンをにんまりと見下ろす。
「どうやら知らんようだな。なぜ聖剣の最初の持ち主であるソーヤが我を剣で切るのではなく、わざわざ火山に落としたのだと思う?
答えは簡単だ。我と戦ったとき、ソーヤはその剣を持っていなかったからだ」
英雄ソーヤが現れた時、<ダイヤモンド>はちょうど脱皮の時期を迎えていた。
多くの竜は五十年から百年に一度、脱皮する。爪も、牙も、鱗も古いものは全て脱ぎ捨て、新しくより固いものに生え替わる。体も一回り大きくなり、力が増す。
だがその間は竜にとって最も危険な時間だ。一日前後であるが新しい鱗はまだ柔らかく定着を待たなければならないし、攻撃手段である爪や牙も使い物にならない。
かつて戦った<プレーナイト>などは異常な頻度と速度で鱗を生え替わらせていたが、あれは例外だ。ほとんどの竜はこの期間に攻撃を仕掛けられれば逃げるしかない。そのため脱皮の時期が訪れると、攻撃の危険のない場所に隠れ、じっと終わるのを待つのだ。
「そういう一番脆い時期を奴は狙ったわけだ。我が新しい鱗が全て生え替わるまで休んでいるところを探り出し、千人の兵を率いて矢を雨嵐と降らせた。我はシー火山の上へと追い立てられて、最後には逃げ場がなくなり火口へと落とされた。
つまり聖剣はその時に我が既に捨てた牙。新しい牙には及ばんよ」
おそらくソーヤは<ダイヤモンド>を退治した後、寝床にしていた場所から抜け落ちた牙を見つけたのだろう。それを人間にとって使い勝手の良いように加工し、聖剣として王族に伝えてきたのだ。
「おや、やっと光が消えたようだな」
その言葉でシオンははっと気がついた。
視界を真っ白に染め上げていた放たれた光は薄れ、竜の視力は戻りつつある。
まずい、とシオンは再び聖剣を構える。
シオン班とていくら聖剣があるからといって、油断していたわけではない。相手は伝説の竜<ダイヤモンド>だ。班員全員で話し合い、入念に作戦を練ってこの場に臨んでいた。
まずアカザが矢を放ち、王女から<ダイヤモンド>の気を逸らす。この矢はユリが持つ白魔術の知識と技術を結集して作り上げた特別製だった。半径1キロメートルに渡って強力な光を放射し、竜から視界を奪う。効果の範囲が広く強大であるがゆえに、時間は五分と限られていた。
その間にホタルの使い魔によって王女を竜の間合いから救い出す。
さらに光の壁によって竜を街から離れさせ、最終的には壁で挟み込むことによって一時的に動きを封じる。
そこでシオンが聖剣によって一発で首を落とす予定だったのだ。
一度限り、時間の制限がある作戦だった。
これ以上は思いつかない。ここで失敗したらもう後がない。
だがどうにかしなければならない。
絶望的な状況で、シオンは必死に頭を動かす。
「当てが外れて残念だったな、小僧」
<ダイヤモンド>はそんな彼の必死のあがきを嘲笑い、きらりと輝く爪を一閃。
聖剣は、真っ二つに折れた。
シオンは呼吸も忘れたかのように、折れた刀身を見て立ち尽くした。
<ダイヤモンド>はいよいよ興が乗ってきたようだった。
「我は嬉しいぞ。この長い年月、灼熱の溶岩の中でソーヤを八つ裂きにすることだけを考えて、ようやっと噴火口を這い上がってきたのだ。
死んだソーヤの代わりに――――お前を、肉の一片も残らずぐちゃぐちゃにしてやろう」




