ダイヤモンド3
ヒガン王国西部最大の都市、フーシン。
ヒガン王国はシー火山を含む山岳地帯を国境として複数の国と接している。シオン達のいるソーヤ王国もその一つだ。
そのため国境に近いフーシンはヒガン国にとって重要な貿易拠点となっていた。
往来には世界各国の商人が行き交い、宿はどこも大繁盛だ。毎日のように市が立ち、そこでは各地のあらゆる品々が並べられ、ここで手に入らない物は無いと言われるほど。
ヒガン王国内で最も栄えている都市の一つといえるだろう。
そんなフーシンに伝説の竜<ダイヤモンド>が襲来した。
彼の竜はシー火山の噴火と共に姿を現した。
都市の位置からいってフーシンには噴火の被害は無いだろうと市民らが安心していたところだった。
彼らはシー火山の火口から一匹の竜が溶岩と共に飛び出すのを目撃した。
降り注ぐ火山灰の中、巨大な竜が透き通る鱗を燦めかせて円を描くように火山上空を飛ぶ。その溶岩と同じ赤い眼がフーシンの街を捉えるやいなや、まっすぐにこの大都市に向かってきた。
その姿は絵に描いたように美しく、人々はしばし危険が迫っていることを察知できなかった。
<ダイヤモンド>が目を付けたのはフーシン中央にある市庁舎だった。ここは小高い丘となっており、都市全体を見下ろすことができる。
竜は翼を大きく広げて滑空し、フーシン市庁の時計台へと降り立った。
いや、降り立ったなんておとなしいものではない。<ダイヤモンド>の体重がかかるや時計塔は上から一気に崩れ落ちた。
石材がばらばらと地面に向かって落ちてくる。周辺にいた人々は頭を覆って逃げ惑った。
その時になって初めて市民はフーシンが危機的な状況にあることを理解した。
<ダイヤモンド>は逃げ遅れた人間を踏み潰しながら土埃の中を歩き、市庁舎の前庭に行き着くとそこに悠々と寝そべった。翼を収め、長い尾をとぐろを巻くように胴の前へとぐるりと持ってくる。
『聞け、人間達よ』
声が都市全体に轟いた。
『我は竜の王<ダイヤモンド>。全ての竜の頂点にあるもの。地上にある何よりも硬く、何よりもまばゆく尊い存在である』
竜が、話している。
フーシン中の皆が皆、震え上がった。
多くの竜は人語を話さない。人語を解するのは等級の高い竜だと言われていた。この事実は、現れた竜が確かに伝説の<ダイヤモンド>であるということを証拠づけているように思われた。
『これよりこの地を我が宮廷と定める。ここを初めとしてあらゆる人間共の国を襲い、滅ぼし、世界の全てを征服する。
人間達よ、我に従え。さすればその命だけは助けてやろう』
<ダイヤモンド>はフーシンを足がかりにして世界征服、さらには人類を殲滅しようとしているのだ。
竜の言葉に市内は騒然となった。
訳もわからず固まっている者、恐怖のあまり叫ぶ者、家の中に走り込む者、その場で気を失って倒れてしまう者。
この頃には竜襲来の報を受けたフーシンが抱える守備兵が乗り出していたが、もはや収拾がつかなくなっていた。
「冗談じゃない!竜の家来なんてまっぴらだ」
「逃げろっ。ここを出るんだ。あいつの目が届かない所まで逃げるんだっ」
そう言って城門に向かって走り出したのは、主に外からフーシンを訪れた者達だった。
『愚か者めらが』
街の外へ向かって走り出す人間の群れを目にして、<ダイヤモンド>は鼻を鳴らした。そして大きく顎を開き、彼らに向かって火を吹いた。
「うわぁぁぁっ」
炎の帯は過たず、逃げる人々を灼いた。いくつもの黒焦げの物体が転げ回り、やがて動かなくなる。後には鼻につく臭いだけが残った。
『これでわかっただろう。逃げる者は殺す。逆らう者も殺す』
<ダイヤモンド>は炭化した人間達を冷たい眼で一瞥し、そう宣言した。
それまでの騒乱が嘘のように静まりかえった。もはや誰も動くことも、声を発することもできなくなっていた。
そんな中、
「ひぃっ、た、助けて……」
赤ん坊を抱いた女がふらふらと走り出した。
先に逃げた者達が焼かれたのは彼女の目の前だった。その光景をまともに目にして気が狂ったのだろう。明らかに彼らの後追いになるというのに、泣き出した子をめちゃくちゃに抱きしめて街の外へと向かう。
『我がわざわざお前達の言葉で話してやっているというのに、聞いておらぬ者がいるようだな』
竜はそれが例え生まれたばかりの弱い子供であっても容赦するつもりは無いようだった。この母子に向かって火を吹くべく、再び顎を開いた。
その時だった。
「ダ……、<ダイヤモンド>陛下よ。お許しくださいませ」
竜の前に姿を現したのは、白い髭をした立派な身なりの老人だった。彼は母子を庇うように前に立ち、震えを押し殺しながら声を張り上げる。
「陛下のお言葉には以後、何なりと従いましょう……。ですから、これ以上、市民を罰するのはおやめください……」
『貴様は?』
竜の眼球がぎょろりと彼の方へと動く。
「フーシンの市長であります。市民のことは私が取り仕切ります。ですから全て私に何なりとお申し付けください」
『……よかろう』
今後は市長が間に立って市民を管理するという申し出だ。竜は少し考えて納得した。
確かに一人一人の市民に命令し、逆らう度に殺していたのでは効率が悪い。そのやり方ではフーシン市内の人間は、十分に竜の役に立つ前に全滅してしまうだろう。市長一人に命令すれば良いように取り計らうと言っているのだから、その方がたやすい。
お手並み拝見とばかりに、すぐさま市長に命令を下す。
『まずは肉だ。この三百年、肉の一欠片も口にしていない。ありったけの肉を持ってこい』
「承知しました」




