ダイヤモンド1
「それで院長が言うわけよ。『こんなに毎朝寝坊して、あなたには神様に対する信仰心が足りません』って」
シオン班の四人は街道沿いをのんびりと進む馬車に揺られていた。
相変わらず御者はアカザで、残りの三人は荷台の上だ。今日は天気が良いので幌も外している。すがすがしい風が彼らの頭上を通り過ぎていく。
彼らは先日の初任務で見事、竜<プレーナイト>を倒した。その後も周辺地域の支援要請を受けて竜の出没地域に駆けつけ、実に多くの竜を討伐してきた。
新人ばかりの班にしては十分な成果だ。竜騎士団団長からもお褒めの手紙が届いている。満足した彼らはそろそろ一度竜騎士団本部に戻ることにした。
ソーヤ王国の国境に近いここからは、首都まで馬車で二週間はかかる。長い旅の慰めは、とりとめのない雑談だ。
生まれも育ちも違う者達の話はお互いにとても新鮮だ。今もユリが竜騎士団に入る前の修道院時代を熱く語っている。
「ネチネチネチネチとほんとまあしつこい!で、私もたかだかちょっとした寝坊くらいで信仰心疑われたんじゃたまらないからさ、『院長が私の信仰心を疑うならば良いでしょう。ならば私は私の方法で神様に対する信仰を示して見せます』って啖呵切ったの」
「それで、竜騎士団に入団?」
「そ。その日のうちに修道院を出奔して、入団試験に申し込んだわ。偉大なる神の力を借りて悪しき竜を倒す……これこそ神への奉仕じゃない?」
「つまりお前は夜更かしと寝坊ができる環境を求めて竜騎士団に入団したと」
御者台から振り返ったアカザが冷静にまとめるが、ユリはかまわなかった。
「大体、修道院の起床が夜明け前ってのが早すぎるのよ。夜中に周りにばれないようにベッドの中でちびちびお酒を楽しんでたら、そんな時間に起きられるわけないでしょうがっ」
荷台をどしんと踏み鳴らし力説する。アカザは「はいはい」と言って前方に向き直った。彼女は不良ではあるが、不信心ではない。それで十分ではないかと、長く旅を共にするにつれ最近は思えるようになった。
ユリの話をきっかけに、話題は竜騎士団に入った理由に移った。
「シオンは初めから竜騎士団に入るって決まってたんでしょ?」
「そうだな」
と、シオン。
ソーヤ王国に代々伝えられる聖剣。これの使い手として選ばれた者は竜騎士団に入団し、竜討伐に尽力するよう義務づけられている。
普段は城の中で厳重に保管されている聖剣だが、持ち主がいないときのその刃は白く濁った色をしている。だが適性のある者が柄を握ると、完全に無職透明の剣となり強い輝きを発するのだ。
王族は全員、三歳の誕生日を迎えると聖剣に触れる機会を与えられる。その中で見事に聖剣に神聖なる輝きを取り戻させたのが、第三王子シオンだった。
「たった一人、聖剣の使い手として認められて誇らしかったよ。俺にしかできないんだって。そう思って将来、竜騎士団に入って竜と戦うために必死で稽古した。だから今、皆で竜退治ができているのがすごく嬉しい」
と、はにかんだ笑みを見せる。
シオンの竜騎士団への思いは純粋だ。他の三人の表情も自然とほころんだ。
「アカザは?」
「俺は正直なところ、成り行きだな。シオンがこんな様子だからさ。いつの間にか当然のように俺もそれについていくもんだと思い込んでた」
アカザが苦笑いする。
彼は子供の頃からのシオンの遊び相手だ。シオンの夢を毎日のように聞かされ、そのための剣の稽古も付き合っていた。今ここにいるのは少年時代の延長線上なのだろう。
「ホタルは?」
にやにやしながらユリが振り返る。彼女はホタルがシオンを追いかけて竜騎士団に入ったことを知っている。さて、恥ずかしがり屋の彼女がどうするか。
案の定、
「……」
ホタルは言葉に詰まった。
「あれ、まただんまり?」
彼女は入団当初よりは格段に口数が増えた。返事は頷きだけでなくちゃんと声を出すし、聞かれたことは単語ではなく文章で答える。だがそれでも他の三人に比べれば無口な方だった。
だからシオンも、
「大丈夫か?言いたくないなら、言わなくて良いんだぞ」
と助け船を出す。
しかし彼女は首を振ってしばし考えた後、
「……さいきょうのくろまじゅつしになるためです」
と言った。
全員の目が点になる。
ごまかそうとしたのだろう、とユリは察した。だがごまかすにしても下手くそすぎないだろうか。
「……えーと、最強の黒魔術師になるために何で竜騎士団に入る必要があるんだ?」
シオンがおそるおそる尋ねる。彼は以前ホタルを驚かせ逃げられた前科があるので、今でも彼女の対応についてはなるべく気をつけているのだ。
「私の師匠がもう自分に教えられることはないから、森を出て修行なさいって言ったんです」
ホタルは入団試験の前まで<果ての森>にいた。
ソーヤ王国の北部に位置するこの深い森は昼間も暗く、この世ならざる者どもが数多く潜んでいるとされている。そのため普通の人間は滅多に近寄らない。皆、命が惜しいからだ。
そこに三百年以上暮らしていると噂される魔女が、ホタルの黒魔術の師匠だった。村一つを呪いで全滅させたとか、過去の王の暗殺に一枚噛んだとか言われる伝説の魔女である。
「強くなるために私は黒魔術師の頂点である師匠に弟子入りしました。その師匠がもう何も教えることは無いと言うなら、今度は別の方法を探すしかありません。それで竜騎士団に入り、世界最強の生物である竜と戦うことで強さを極めることにしました」
アカザが何とも言えない微妙な表情をしている。ホタルの華奢な体格やふんわりとした雰囲気と、方法にかまわずやたらと強さを求める意識とに、どうにも落差を感じてしまうのだ。
だからついこんなことを尋ねてしまう。
「そもそも何で最強を目指す必要があったんだ?」
だがホタルは不思議そうな顔をするだけだ。
「……?強さを目指すことに理由がいりますか?」
「そうだぞ、アカザ。最強というのはつまり真理ということだ。そこを目指すのは極めて自然なことだろう」
隣でシオンが彼女の意見を真顔で肯定している。
「強ければ強いほど良いですね」
「その通り」
うんうん、と頷くシオンに、珍しくアカザとユリは顔を見合わせた。
「出たよ、脳味噌筋肉族」
「まさかホタルまでそのタイプとはね」
ホタルの肩の上でカラスの姿をしたヒッシャが、つまらなさそうにあくびした。




