< 幕間 > 土蜘蛛さんの一日
郵便配達員の設定生かしきれていないので、ここでちょっと描写したいなと思って書きました。
初めまして皆さん。
私は地雲と申します。
土蜘蛛の末裔で、六本の腕を持ったお兄さんです。
今日も郵便配達員として朝の帳を切っております。
私は年を数えるよりも、道の匂いを数える方が好きでございます。
どうぞ、お付き合いくださいませ。
午前四時四十五分、まだ妖街の眠りは深い。
そんな私は布団から起きてから、畳の上に座り、背筋を伸ばして手の中の小さな封を触ります。
封は古い友人からのものかもしれませんし、あるいは遺された心情を包んだ、悲しげな切手が貼られた便箋かもしれません。
荷の匂い、紙の擦れる音、封蝋の硬さ。
郵便は旅をして、受け取り手の記憶を軽く震わせる仕事でございます。
この小包や封筒は特殊であり、濡れても破れず、妖世の書簡は光を反射して読む者の心を揺らし、冥府の印章は冷たく硬い。
それらを仕分けするのが私の腕でございます。
朝食は湯に浸した豆腐と小さな塩鮭。
私はあまり朝食は食べませんからね。
何処かの国の文化では朝食は冷たい食事、とも聞いた事がありますが......
家を出ると、町はまだ煤色の靄に包まれていました。
まあ、そうですよね.....この時間帯ですから。
ちなみに、郵便配達局には二日に一度行くのですが、今日はそこに出勤していません。
郵便配達局自体に行かなくても、郵便物は何らかの手段で届けられますからね。
妖術のおかげなのでしょうか。
でも、本当に"何らか"であることは確かです。
瓦屋根に朝露が溜まり、路地の猫が伸びをして賢しげに私を見送りました。
この猫さんは猫目堂書房の前でも見かけましたね......
最初の配達先はこの妖世の集落のはずれにある小さな神社の巫女さん。
この辺の神社は二軒あるんですけど、その片方は廃社とされています。
何の神を祀っていましたっけ.....
道中、商家の軒先に貼られた貼り紙の文字、納屋の扉の軋み、川面に落ちる柳の影。
すべてが郵便の目的地を教えてくれます。
私は歩きながら、届くべき手紙の重量を鞄の中で確認し、単語の角ばりや切手の余白まで思い浮かべます。
それが私の習性でございます。
神社の石段を上ると、先に来ていた玉藻前の老巫女が待っておりました。
彼女は私を見るとにっこりして、封を一つ差し出します。
封筒は薄紫の紙に桔梗の印、裏には半透明の紐で結われていました。
「お気をつけてお過ごしくださいませ」。
彼女の目が少し潤むのを見て、私は胸の中で一筋の糸を織るようにして、その便を次の場所へ向けました。
そこから妖都へ移るのは、長い通路を一つ抜けるだけです。
表通りの鰯雲を越えて、古い石の鳥居をくぐれば、空気がふっと変わり始めました。
人の言葉が柔らかくなり、風が色を纏うように見えます。
妖都に入ると、道端の草が声を持ち、石灯籠が互いに囁き合う。
配達中、私の耳は細やかな音を探るのです。
誰かのための笑い声、誰かのための嘆き声。
妖都の路地は妖街よりもそれよりも曲がりくねっており、番地概念は気まぐれに変わります。
配達先の屋敷は、黒檀の門に蔓が絡まり、灯りは常夜灯のように微かに揺れていました。
門番の妖は舌を鳴らして私を見て、封筒の形状を嗅ぎ分けます。
私はいつもの決まり文句で応対しています。
「このたびはお届け物でございます。差し出し人と封印はこの通りでございます。」
相手は封を受け取り、封蝋を指で確かめ、目を細めます。
すると、その屋敷の空気が一瞬ふっと軽くなるのが分かると、私も何処か心が温かくなるのです。
昼下がりは冥界へ赴きます。
冥界特有の書簡は、普通のインクではなく、薄い鉛色の霞が紙に滲んでいるようなものが多い。
こちらは配達に際して注意が必要で、受取人の名は時として変名で書かれていても、封の縫い目が本物であればそれで足ります。
冥界は常に霧で覆われているので前が見えにくいのですが........
ある冥界の屋敷の扉の前で私は立ち止まり、鈴の音のような声で名を呼びます。
扉が開くと、そこには黒い剣士がいて、手は細く冷たく、その指先に付く炭の跡が消えません。
彼は受け取った手紙に息を吹きかけ、封を解き、読みながら目元を和らげます。
私は影に溶け込むように一歩下がって待ち、読み終えた彼が私に微笑んだ瞬間、私の胸にも小さな暖かさが戻ってまいります。
午後三時は地獄へ赴きます。
ここへの配達物は、罰を受ける者への督促や、改悛を促す案内状、あるいは業の整理の書類など......事務的な物が多いイメージです。
地獄での配達は配達先が最も厳格であり、受け取りには証明の言葉を要することがしばしばです。
門番は炉の火の熱よりも鋭い目をしており、私は事前に焼き印を磨き、文面を吟味して渡します。
受取人の反応は様々で、怒りを露わにする者、泣き崩れる者、あるいは無言で受け取り戸を閉める者もおります。
私はどの様子にも動じず、ただ丁寧に封を渡して挨拶をするだけです。
「この度はお届け物を賜りました。御一読の程、お願い申し上げます」。
言葉の力。
これが私の何よりの道具でございます。
そして全ての配達を終えて帰路につくと、街は夜の衣を纏い、店先の明かりが点々と残っております。
私は配達記録帳に今日の出来事を記し、忘れものがないかを確かめます。
床に就く前、私は今日受け取った一枚の絵葉書を取り出します。
小さな草原に咲く花が描かれたもので、差出人は名を伏せておりましたが、裏に「ありがとう」とだけ書かれております。
私はそれを枕元に置き、目を閉じながら小さく呟きます。
「こちらこそ、ありがとうございます」と。
私は決して大きな感情を声にしない種族かもしれませんが、日々の配達の中で受け取る微かな礼節が、私の胸を温めることだけは確か.....だと思います。
深夜十二時くらいでしょうか。
私の一日は、郵便袋の蓋を閉める音とともに終わります。
寝支度を終え、外套を畳んだその時でございました。
静寂という薄衣を纏った部屋の片隅で、小さく震える音がいたします。
どうやらその音の正体は私の家の固定電話からの電話のようでした。
ああ、この時間でしたか。
私はため息を一つ落とし、布団から身を起こします。
深夜、こちらを呼ぶ者は限られております。
なので、恐らく"あの方"の話でしょうね。
「........はい。地雲でございます.......」
応答した瞬間、相手の呼吸が短く漏れました。
低く湿った声。
『例の五人......今どこにいる?』
質問自体は単純でした。
「本日は動きは特にありませんでした。....."偶然を装った出会い"の行動はしませんでした。ええ。.....目立つ行動は、特には。」
私の声が一音だけ低くなったのが、自身でもわかりました。
「本日、お一人が少々........心の隙のようなものを見せておられました。疲れでございましょう。そこにつけ入る者が、いなければ良いのですがね......」
これは事実の報告でございます。
ですが、それがどう受け取られるかは、相手の耳が決めることでございます。
電話の向こうで、誰かが小さく舌を鳴らす音がしました。
感情を殺したような、しかし抑えきれない苛立ちがほんの一瞬混ざる音。
『........なら、暫く"寄り添って"おけ。お前がやることは、それだけだ。』
「寄り添う......でございますか。しかし私には仕事が........」
『違うか?お前の本来の役目はそういう役目だろう。人にも、妖にも。ほぐして、話させて........必要なことだけ拾う。今さら言うまでもない。』
私は微かに目を伏せました。
土蜘蛛としての性質を見透かされたような言い回し。
しかしそれを否定する理由もございません。
「........もちろん、お望みの通りに。」
短く返すと、相手はしばらく沈黙を続けました。
まるで私の声音の揺らぎまで測るように。
『いいか、地雲。お前は"混ざりすぎるな"。長くそばにいると、余計な情が生まれる。そうなると、お前自身が危うくなるぞ。』
低い声は、忠告とも、牽制とも取れます。
あるいは......別の意味にも。
「........お気遣い、痛み入ります。しかし私は、いつも通りでございますよ。誰にも染まりませんから。」
その言葉を発している間、自分の声がいつもより柔らかく、そして冷たく響くのがわかりました。
嘘は申しません。
ただ、真実の中から必要な部分だけを選び取って並べる。
それもまた、私の仕事でございます。
電話口で、相手が小さく笑いました。
ひどく乾いた笑い声。
その後、唐突に通話は切れました。
誰と電話していたかって?
それは.......
<村正逸話>
この本文の内容を時系列的に表すとすると、六十一話~六十二話の間くらいです。
というか何で私達に語り掛けるように地雲は話して居るのでしょうか.....
もしかしてここがラノベの中だと気付いた......?




