< 七十四 > もう戻らない
丸一日かけてやっと一話書けるか書けないかくらいの小説って(元)毎日投稿している私としては大分地獄だと気付きました。でも精度えぐそう。
火盗の拠点。
あの屋敷に潜り込むには、ただの妖怪じゃ心元が無い事を風切は知っている。
人間なんてもってのほかだ。
罠が仕掛けられているかもしれねぇし、相手の妖力がどれほどかも読めやしない。
だが、もし相手が真正面から来ようとも、あの最凶の刃があれば切り抜けられる。
風切はそう直感していた。
しかし、問題は一つ。
それはどうやって今の村丸.....いや、村正に人間の理性を保たせるか。
先程のまま暴走させたら、この村を斬り捨てかねない。
だが村丸には似合わぬ、鮮やかに笑う村正を前に、風切は腹の底で痛いほどの決断を固める。
風切は薄汚れた握り飯があった包みを握りしめ、呼吸を整えた。
向かい合うのは、村丸の身体を締めつけるように立つ、一振りの刃の化身だ。
その黒い目がこちらを見据え、笑いが探るように空気を裂く。
「なあ、村ま.....じゃない、村正。」
「んだよ、まだ喋んのかぁ?」
「ちょつと頼みがある。」
「はぁ?俺に?」
辺りに笑いの余韻が残る。村正の口許に米粒がくっついていた。
光がその輪郭を鋭く照らし、刀としての顔が、獣にも似た表情で浮かぶ。
もう、村丸は人間じゃない。
人ならざるものに乗っ取られている。
風切はゆっくりと唇を動かす。
盗人の口調であっても、真剣さを隠しはしない。
「お前の腕を借りたいんだ。」
「ふーん、戦か?」
「.....まぁ、大まかにいえばそういうことだ。」
村正はくすり、と笑った。
刃の光が笑いを濃くする。
「へっ、面白ぇ。で、誰をぶった斬ればいいんだ?」
「その前に飯の喰い方、ちょっと直せ。村丸が可哀想だから。」
「うるせぇ!これがオレの作法だ!」
そのまま村正は米を掴み、むさぼるように食らいついた。食う音が田の静けさを乱す。
一粒、また一粒。
まるで人間の味を確認するかのように、むしゃむしゃと。
風切はそれをただ眺めていた。
冷たい月影の下、無表情でありながら歪んだ存在が米を噛む。
「......やっぱお前、ただの妖怪じゃねぇな。」
「ほぉ?いまさら気づいたのか、風切。 」
村正の声は実に乾いている。
刃の冷たさが音になって聞こえるようだ。
風切は一瞬考えるふりをした。
警戒と観察。
盗人の目は相手の癖を読むのが仕事だ。
「お前、その力は今使えるのか?」
「力?オレは元より斬るしか知らねぇ。そもそも力なんざ最初から有るさ。」
村正の動きが一瞬、鋭くなる。
空気が引き締まり、夜風が逆に唸る。
「喋りすぎる口はすぐに斬られるもんだ」と、次に村正が言い捨てるや否や、刃先が風を穿った。
風切は反射的に身を翻し、土煙の中に転げた。
頬を一筋血が伝う。
「ちょっ......待て!今の不意打ちはズルだろズル!今はそういう時間じゃねぇ!」
「知るかァッ!喰らいたくなったら喰らう。斬りたくなったら斬る。それがオレだ!」
村正の笑いは刃物のように鋭く、理も情も通じない野性そのものだった。
風切は短刀を抜き、忍びのように身を低くして応じる。盗人が戦う時、技術は"奪う"ために研がれている。
戦士の突きや斬りではない。
間合いと速度を誤らぬ工夫。
それが風切の武器だ。
村正が踏み込み、風を裂いた。
風切は腰を捻り、紙一重でそれをかわす。
だが村正の連撃は容赦ない。
草が裂け、土が跳ねる。
その瞬間、風切は勝負を決めるべく動いた。
一度やった事があるから何とかなるはず。
そのような希望を抱いて、すれ違いざま、彼は相手の身体の一部を狙う。
獲物を取るのが盗人の本能であると同時に、生き残る術でもある。
「へっ!」
風切は笑ってみせ、村正の右手から刀をはたき落とした。
その不意打ちに村正は眉をひそめ、「貴様ァァ!」と咆哮する。
だがその刀と鞘は素早く風切に盗られていた。
一瞬、獣の牙を抜かれたような喪失の影が、村正の表情をよぎる。
「封印する気か?無駄だぜ、坊主。」
村正の笑みが嫌なほど冷たい。
風切の顔色が変わる。
こういう時は大抵嫌な予感がすると分かっているからだ。
「鞘が砕けちまっているんだよ。そこ。」
鞘。
唯一の妖刀・村正の封じの器が欠けた。
言葉は重く、風切の胸に落ちた。
封印が利かない。
つまり、刀は従来以上に自由に、残酷に振る舞えるということだ。
そして、"村丸"はもう戻らない。
いや、この表現では語弊がある。
"風切らが知る村丸"はもう戻ってこないのだ。
「この身体は、もうオレのもんだ。」と、村正は低く宣言する。
村丸の面影は薄れ、鋭い刃の意志だけが濃くなる。
風切の心は慌てたが、表に出すのは愚かだと知っている。盗人が見せるのは落ち着きだ。
「ふん、そうかよ。ならそれを精々俺が有効活用させてもらうぜ。」
彼の中にあるのは恐怖だけではない。
仲間を守るという純粋な執着。
村丸を取り戻したいという願いだ。
村正は鼻で笑った。
「使う?盗人の発想は面白ぇな。お前は人殺しよりも奪う方が似合いそうだな鴉天狗の落ちこぼれ。」
「お褒めに預かり光栄だ。だが今は喋るより先に、話を通さねぇと話にならねぇよ、オンボロ刀。」
「はぁ!?!?!?!」
どうやら村正の逆鱗に触れたようだ。
そのことに気づいては、急いで風切は村正の説得を試みる。
「今、俺たちは金がねぇ。家も柱が落ちかけ、田は不作だ。村を立て直すには金が必要だ。」
「ふん、で?」
「お前の動き、使えりゃ潜入も護衛もできる。金を稼ぎ、人を守る。その見返りは考える。 」
「人のために動く.....?笑わせんな。オレが斬るのは斬りたいときだけだ」
言葉尻は冷たいが、村正の眼には、ほんの一瞬だが好奇の色が走る。
「仲間にしようって話じゃねぇ。だが、今ここでお前が暴れると村が潰れる。それはまずい。」
風切は縄の準備を見せる。
盗人の手は速い。
だが迂闊に縛れば逆に事を荒立てる。
「使えるように.....落ち着かせてからな。」
村正は吐き捨てるように笑い、「ほう、封じられぬ刃をどう落ち着けるつもりだ?」と呟く。
風切は躊躇わずに回答した。
「俺の最強の"得意技"でな。」
その言葉の意味は、村正には理解も納得もされなかったが、風切は手早く縄を取り出した。
背後から、盗縄が飛ぶ。
紐は宙を切って、村正の腕を捉える。
「おっと、動くなよ」と、風切は低く囁いた。
縄は古い技だが、解けぬ結び方は盗人の誇りだ。
村正は暴れ、刃を取り戻そうとする。
だが今は刀がない。
人の身体は、武器を失えば薄くなる。
その顔に浮かぶのは憤怒と屈辱。
しかし、縄が締まるたび、怒りは少しずつ静まっていった。
「暴れても無駄だぜ。今のお前じゃ、ただの人の皮を纏った奴だ。」
風切は静かに、だが真剣に語りかける。
「封印が効かないなら、別の方法で鎮めるしかねぇ。お前を"働かせる"ことで、暴走を防げるかもしれないからな。人間の心を手に入れてもらうぞ、村正。」
「働かせる?何を言ってやがる?」
「金稼ぎだ。潜入して金を盗む。そうすりゃお前も刃を振るう理由が生まれる。敵は多いから、斬り放題だ。」
村正は鼻で笑い、「金が目的だと?」と言い放つが、その声には狩りの興奮のようなものも混じっている。
風切は縄をさらにきつく締め、相手の視線を奪った。
縄越しに見える村丸の顔は、時折きゅっと歪む。
相手が最凶の刀だろうが、肉体は人間だ。
風切はそれを知っているからこそ、迂闊に強く縛れない。
でも、目の前の村丸の体内に"本来の村丸"がまだいる。
そう信じるには足りない証拠だが、それでも信じたいと風切は思う。
「いいか、村正。これは取引だ。お前は暴れない。俺たちはお前を使う。条件が反故になれば、容赦はしねぇ。鞘のことは後で考えるつもりだ。先に金を稼ぐぞ。条件は、必ず仲間を守る事だ。お前は斬ればいい。だが、人も妖怪も滅ぼすな。」
村正は少し黙った。
月光がその顔を冷たく照らす。
やがて、歯を鳴らして笑った。
「狂った約束だが......面白ぇ。やってみるか。斬り甲斐のある仕事なら、金でもなんでも走るぜ。」
風切はほっと息を吐いた。
期待と不安が交錯する瞬間だ。
封印の欠けた刃がいつ暴発するかは分からない。
彼は縄を確かめ、村正の顔を見下ろす。
ほんのわずかに、村正の瞳が光ったように思えた.....が、気のせいかもしれない。
「へっ......意外にもこの世界は江戸よりもやはりまだまだ斬り甲斐がありそうだなぁ。」
その笑いが風に乗り、村の向こうへと消えていく。
風切は背中でそれを聞きながら、拳を固めた。
「村丸を必ず取り戻す」。
風切の決意はそこにあった。
< 村正逸話 >
風切は(何処から取り出しているかは分からないが)色々持っているらしいです。確認される限り、御結び以外にも帳面だったり、筆だったり、扇子だったり。寝子さんから借りた本(内容不明。歴史書と思われる。延滞期間2カ月目)だったり......自分の指名手配書も持っているらしい......?




