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村正 ~剣豪Mの英雄義賊剣譚~  作者: I嬢
復興ノ章 < 中 >
89/93

< 七十三 > 握り飯、再び。

美味しいご飯の描写を書くのは、時間帯にとってはかなりの苦痛です......

村丸の身体が一瞬、変わった。


立ち上がるその姿勢に、もう村丸の柔らかな影はなかった。


目は鋭く細まり、口元には冷たい笑いが走る。


刀の意思は肉体を支配し、動くたびに剣客の所作が染み出した。


動作は無駄がなく、鎧袖一触のような確実さを伴っている。


まるで人間の動きが洗練され、研ぎ澄まされたように。


「ふん、風切か。面白ぇ。貴様と刃を交えるのも久しい。」


村正は笑うように喋る。


言葉遣いは侮蔑と闘争心で満ちている。


江戸の下町の啖呵を切る男のような、気取らないが刺すような口調だ。


風切の顔に緊張が走ったが、彼はすぐに身を構える。


羽を広げ、片足を踏み込み、昔からの癖のように目線を刃に合わせる。


だが相手は一瞬で踏み込んできた。


刀身が風を裂き、その軌跡が空気を震わせる。


最初の交差は、衝撃的だった。


村正の振り下ろす一撃は重く、風切は反射的に弾かれ、砂塵が舞う。


だが彼は鴉天狗。


空中戦の素早さと鋭さで、すぐに距離を取り返す。


羽ばたき一つで宙を舞い、刃の届かない角度からの攻撃を試みる。


「ちっ、やるじゃねぇか!だが.....遠慮なくやらせてもらうぜ!てめぇのその"覚悟"ってやつ、見せてみろよ!妖術・旋転囲繞!」


空中での攻撃は鴉天狗らしい旋回を伴い、風切は羽を高速で振るって風圧を作り出す。


刃の一撃を受け流しつつ、反撃を叩きつける。


二人の間......


いや、一人の鴉天狗と一道具の間で激しい攻防が繰り広げられる。


村正の手数は不規則だが致命的。


刃が触れた地面はささやかに炸裂し、土と泥が宙を舞う。


風切は身体能力でその刃を避けるが、時折体勢を崩しそうになる。


血は出ていない。


だが受けた衝撃は骨まで響く。


「貴様、まだ動くか!」


刀の声は弾んでいる。


まるで楽しんでいる子どものように、過剰な殺意が笑いと混じる。


だがそれが恐ろしい。


冷徹な喜び。


刃は笑うのだ。


風切は一瞬、離脱するために高度を上げ、空中で軸を回し、足場を作る。


地に着いた瞬間、羽ばたきの反動で地面を蹴り、村正の脇を抜けるが、追尾する。


刃先が風切の背をかすめ、黒い羽根が舞った。


痛みは生温かい。


「っぐ........どこまでしぶといんだ!お前!!」


風切は叫び、高度から体当たりしようかと考え、一撃浴びせようと......したが、刃が頬をかすり、その際、血が一筋、面頬に光った。


風切は顔をしかめるが、驚くべきことに笑みも見せる。


戦いはまだ続く。



 ◇ ◇ ◇



数十分後。


村正に身体を乗っ取られた村丸は、無言のまま満身創痍寸前の風切を見下ろしていた。


理性など一片も感じさせない、獣のような光がその奥に宿っている。


細い唇の端が吊り上がり、喉の奥でくぐもった笑い声を漏らした。


「......へっ、やるじゃねぇか。鴉天狗の兄ちゃんよ。ちょいと見直したぜ。多分。」


声は村丸のものだが、響き方がまるで違う。


江戸の路地裏で喧嘩を売る無頼漢のような調子。


村正の声だった。


「......まったく、やれやれだ」


風切は肩を竦め、ため息を吐いた。


本来ならこのまま殴り飛ばしてでも止めるところだが、今の村丸......いや、村正は、ただの剣士じゃない。


一歩でも踏み込めば、今の疲れた状態じゃあ容赦なく斬り殺される。


それほどまでに鋭い気迫が、辺りの空気を斬り裂いていた。


「おい村正。村丸の身体を返せ。」


「はぁ?あの坊主にゃ勿体ねぇんだよ、こんな上等な肉体はなぁ!」


村正が下卑た笑みを浮かべながら、刀を振るう。


その風の中で、風切は羽ばたくように後ろへ跳んだ。


「ちっ......まったく、こりゃ駄目だな。」


「逃げんじゃねぇよ、鴉!」


「逃げてねぇさ。ただ......」


風切は懐から何かを取り出した。


藁で包まれた小さな包み。


鼻をくすぐる香ばしい匂いが漂った。


「......腹、減ってんだろ?やるぜ。これ。」


村正の動きが止まった。







「はぁ?」


「握り飯だよ、握り飯。朝作ったんだ。中身は梅干し。好きだろ?」


その瞬間、村正の目がわずかに揺れた。


金色の瞳の奥に、ほんの一瞬.......「"村丸の"元からある人間らしい」影が差した。


「......んなもんで釣られるとでも......思ってんのか?」


「いや、釣られてくれよ。こっちは命がけだぜ。」


風切はにやりと笑い、掌の上に握り飯を置くと、白米の粒が陽を反射して、金色に輝いていた。


村正は無言のまま、じり、と一歩踏み出し、刀を構えたまま、風切をじっと見据える。


「......梅、か?」


かすかな呟きと共に、刀をゆっくりと下ろした。


その手がわずかに震えている。


「......梅干し、かぁ......何故だろう。懐かしさを感じる。村丸こいつが食ってやがったんだろうな。」


「そうだろ? 村丸、梅好きだもんな。」


「......チッ、黙れよ。」


「まあいい。ほらよ、食え。腹、減ってんだろ?」


「ふん......こんな小せぇもんで腹が膨れるかよ。」


そう悪態をつきながらも、村正は手を伸ばして握り飯を掴む。


白い米粒が光を受けて、まるで雪玉のように輝いていた。


そして........一口、噛んだ。


次の瞬間、音がした。


「ガツッ、ガツッ」と、まるで獣が骨を噛み砕くような音。


風切が思わず目を丸くする。


「お、おい......お前、それ喰いもんだぞ? 戦場の敵じゃねぇんだから。」


村正はまるで戦闘でもしているかのような勢いで、両手で握り飯を掴み、口いっぱいに米を押し込んでいく。


一度風切は前に村正に握り飯を渡したことがあるのだが、村正の食べ方は何と言うか........やはり見ていて慣れない。


頬が膨らみ、喉が上下に動き、梅干しの酸味に顔をしかめながらも止まらない。


「......っ、酸っぺぇな、これ!」


「それが旨いんだよ。」


「ふん......理解できねぇ連中だ」


そう言いながらも、村正は二つ目の握り飯を掴んでいた。


指の隙間からこぼれる米粒を気にも留めず、またもや獣のようにかぶりつく。


風切はその様子を、呆れたように笑いながら見ていた。


「まるで野犬だな......いや、野犬の方がまだ上品かもな。」


「うるせぇ、鴉が......」


「おうおう、悪かったよ。.....そうだ、村正。お前......昔、人間だったこと、あんのか?」


「......さぁな。覚えちゃいねぇ。生まれた時から刀だ。」


淡々とした答え。


しかし、ほんの一瞬。


その声には"懐かしさ"のような震えが混ざっていた。


「へぇ、そうかい。なら......少しくらいは思い出してもいいんじゃねぇのか?」


「思い出す? そんなもんに何の意味があるんだ。」


村正の視線が、腰の刀に落ちた。


鞘は先程の襲撃で割れ、今は布で応急処置をしているだけ。


この男は、ただの剣の化け物ではなく、"何か"を喰らって生きる存在だ。


だが同時に、その力は使いようによっては巨大な武器にもなる。


風切は、ちらりと村正を見やると、相変わらず飯を掻き込んでいる。


そして村正は喉を鳴らして、口の端に米粒をくっつけたまま、「......まだあんのか?」と、まるで子どものような顔で言った。


風切は笑いをこらえきれず、肩を揺らす。


「ねぇよ!お前が二個共喰ったんだよ!」


「ちっ、ケチくせぇ鴉だ。」


その軽口の裏で、風切の頭の中は静かに回転していた。


(それにしても.......村正。此奴の力、使えねぇだろうか......それと.....村丸の意識をどう取り戻すか......)

<村正逸話>


風切が作る握り飯は、見た目は素朴だがどこか丁寧さが滲むような一品です。


米は少し硬めに炊かれており、形はやや不揃いながらも手の温もりが感じられる。

(ちなみに基本的には毎日二個携帯している。)


具は塩と梅、たまに余り物の焼き魚をほぐして入れることもあります。


味は派手ではないが、妙に記憶に残る優しい旨さがあるらしい......。

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