< 幕間 > ダークヒーロー
◇ ◇ ◇
全てを語り終えた巫女が深呼吸をひとつすると、本殿の静寂が再び音を取り戻した。
夕闇に染まった社の奥、僕はまだ膝をついたまま、呼吸を整えようとしていた。
僕が今、何を聞きたいのか。
頭の中で、思考が何度も往復する。
家康を刺した話、追われて井戸に飛び込んだ話、そして異界である妖世へ落ちた話。
それらが一気に頭に流れ込んできたせいで、僕の中の情報処理回線はパンク寸前だ。
僕は深呼吸してから、次々と思いつくままに質問を並べた。
【妖世で最初に出会った妖はどんな奴ですか?】
【井戸を飛び込むとき、怖くなかったのかな?】
ぶはっ。
思わず吹き出しそうになり、僕は顔を手で覆った。
「質問は一度に三つまでにしましょう」
苦笑いしながら答える巫女の言葉に、僕はハッとした。
なるほど、勉強でもそうだな......まずはひとつずつ、ひとつずつ。
【妖世で、最初に出会った妖ってどんなのですか?】
巫女は少し目を細め、懐かしむように頷く。
「恐らく考えられるのは、『鴉天狗』です。それも.....ただの鴉天狗ではありません。"とある罪"を犯し、天狗としての道を破門された.....通称、"堕ちた鴉天狗"。」
とある罪.....?なんだろうそれは.......?
気になるけれど、とりあえず先にこの質問も聞いておこうかな。
「村丸は井戸に飛び込む時、怖くなかったんですか?」
これは僕自身も気になっていたことだ。
井戸の底がどうなっているかも分からないし、下手したら死んでしまうかもしれない。
巫女さんはしばし黙ったあと、静かに答えた。
「恐怖というより、彼はむしろ安らぎを求めていたのかもしれません。現世で突如背負わされた罪と苦悶から、心を解放するように。まあ彼自身は冤罪ですけど。」
安らぎを求めて井戸に飛び込む.....だなんて小説みたいなシチュエーションだけど、本人は真剣そのものだったらしい。
質問はこれでひと段落。
だけど......村正さんは、妖世でもやっぱりお尋ね者になってしまった。
悪名は高く目立つ。
けれど、評判はというと......どうやら、ちょっと違った。
「彼は逃げながら、助けてたんです。人や妖怪達を。」
いや万能かよ。
村丸が妖の町で道端の子狸に焼き魚を渡してたりする図を想像してしまって、つい口元が緩んだ。
「ですが、常に狙われていたのです。かつての罪を問われ、刀を抜けばまたお尋ね者と指を指され......それでも彼は、逃げなかった」
そこで、巫女さんはふっと笑った。
「いや、正しく言うと......ちゃんと逃げていた、のです」
うん、逃げてたんかい。
「でも、ただ逃げるだけじゃない。彼は、逃げながら前へ進むってやつだったんです」
それはなんだかちょっとカッコよかった。
逃げることに必死な人とは何処か違う。
後退してるようでいて、気づけば誰よりも前に進んでいる。
彼が描いた軌跡が、誰かの助けになってる。
そしてその助けた事が今後に繋がっていく。
そう。それは点と点が線で結ばれるかのように。
......それって、すごいことだ。
「あの......それって、村丸はヒーローってことですか?」
「ええ。現代風に言うならば、"ダークヒーロー"です。忌み嫌われながら、同時に称えられる存在。」
悪役の仮面を被って、誰よりも深く他人を救っていく男。
「......なんか、それって、ちょっとズルいですよね」
ぽつりと筆に任せて書いた一言を、巫女さんは黙って見つめていた。
いや、ほんとにズルい。
だって、そんなの聞いたら.....僕だって、少しは憧れてしまうじゃないか。
<村正逸話#7>
村丸は表情が表に出にくく、無愛想で無表情なキャラクターじゃないかと思う人も居ると思います。
でも実際には完全に無表情と言うわけではありません。
普通の人間よりかは感情豊かではありませんが、喜怒哀楽はしっかりと顔に出ています。
汗をかいたり、泣いたり、顔が赤くなったりとかもあると思います。
基本的にはほぼポーカーフェイスですが。