< 四十七 > 村丸女装作戦
道はひっそりとした脇道へ続き、そこには小さな通関所があった。
通関所の柱には、指名手配の紙が何枚もはり付けられている。
「見ろ。」
葬がぽんと一枚の紙を指さす。
「ほら、ここにも……『妖刀・村正所持』ってある。顔写真は掲載されていないが。」
蓬はじろじろと紙を見て、「へー、指名手配ってのは派手だねー」と無邪気に言う。
すると三つの目を持つ妖怪の通関の係官が近づき、低い声で問う。
(三つの目.....寝子みたいだ。)
「あんたたち、ここを通るには許可証が必要だ。名を名乗れ。」
葬は頷いて、「俺は葬、叫喚地獄の常駐獄卒だ。連れている者は蓬と、こちらが.....」と言いながら村丸の顔を見る。
村丸は筆を取り、淡々と名を書いた。
『村丸。旅人。』
「村正……か。」
係官は小さな声で呟き、耳打ちするように周囲に聞こえるように付け加えた。
「その刀を見せる義務がある。指名手配書に名を連ねる者、危険物の所持者は申告せねばならん。」
葬は冷たく「扱いは私がやるし、いざとなれば私が責任を.....。」と返すが、係官は首を振る。
「.......閻魔庁の通達だ。妖刀と自認される刃は、特例扱いだ。持ち主が何をしたか関係なく、まずは所持状態の確認と報告が義務だ。」
係官は書類を広げ、複数の文様と朱印を押した。
「ここに署名を。」
係官は淡々と手続きを進める。
村丸は仕方なく署名を書くと、葬は無言で村丸が腰に差している妖刀・村正が収まっている鞘をそっと取り上げる。
村正の柄が静かに光を放つ。
やはり、周囲の空気が少し震えた。
「ひっ.......!」
係官の手が震える。
「安心しろ。抜かない限りは安全だ。」
葬は短く鋭く言うと、村丸に鞘を渡す。
「ふ、ふむ......そうか。これは記録する。閻魔庁へ速やかに通報する。だが、今はこの道を通す。閻魔庁の受付に行け。どうせそこで事情説明を求められるだろう。」
そして係官が開けた通路を進むと、姿はだんだんと増える。
地獄の通りには小さな露店、証人役の亡者、役人に群がる者達が多い。
閻魔庁へと向かうか、閻魔庁から流れてきたかのように散らばっている。
赤い飾り縄、骨でできた門灯、紙に描かれた朱い印。
行く先々で係員が意味のありげな判を押し、行列の列を整えていた。
(まさにあの世って感じだな。妖世もだが。)
葬は時に蓬に小さな注意をし、時に村丸の鞘をちらりと見ては確認する。
時折、彼女の表情がふっと和らぐ瞬間もあったが、すぐに引き締められた。
「葬さんってさ、なんでそんなに手馴れているの?」
蓬が訊ねると、葬は肩越しに笑った。
「三途の川で鍛えられたからだ。だがそれは黒歴史だ。誰にも言うなよ。」
蓬がくすくす笑う。
「えー、また黒歴史?面白いなあ。聞きたい!!」
葬はぴしゃりと「聞くな」とだけ言って、足を速めた。
蓬は舌を出してふざけるが、その足取りは真剣だ。
二人の後ろには小さな隊列が続き、喧噪の中に規律が生まれていた。
やがて彼らが進んだ先に、閻魔庁の外観が見えてきた。
最初に目に入るのは、遠く高くそびえるその姿だ。
層を成す屋敷のように段々になった建物が、赤い世界の中で異彩を放っていた。
屋根の重なりは幾重にも折り重なり、何層にも連なってそびえる風景だった。
蓬が感嘆して声を上げる。
「わぁ、閻魔庁って屋敷みたいな層が重なってる!写真映えしそうー!!」
その言葉を聞いた葬は目を細め、「油断するな」と一言。
通路には閻魔庁の役人たちが列を成し、視線は彼らへ向けられていた。
葬は一歩進んで、胸の札をもう一度鮮やかに打ち付ける。
「我が名は正倉葬。叫喚地獄の獄卒を務める者だ。今回の来訪は蓬の依頼、及び村丸の事情の取り次ぎのため。閻魔大王様の御前へ伺いたい。」
役人の一人が獄卒名簿をめくり、葬の名を確認する。
閻魔庁の立て札に目を走らせるように、帳面の端に朱が押される。
「葬殿……なるほど。では、"あの方"の秘書の許可が下りれば通れる。だが、近頃は厳しい。妖刀や八岐大蛇がらみの案件は大事だ。身分を証明出来る物は?」
葬は軽くため息をつき、手際よく小さな巻物を取り出して役人に差し出した。
「これでいいか?」
巻物には葬の印と、叫喚地獄に関する情報が記されている。
「いいか?二人共。抜け道はない。正面から行くのだ。大王は面倒事に対しては厳格だからな。私が要点をまとめる。蓬、お前は後ろで大人しく。村丸、刀は鞘に収め続けろ。」
蓬は「うっす」と応じる。
役人が巻物を受け取り、部屋の奥へと走る。
重い扉が軋んで開き、その向こうからは低い声が聞こえた。
葬は深呼吸を一つして、足を踏み出す。
「ここから先は公の場だ。口を滑らせるなよ。」
葬は囁くように言う。
その声は小さいが、同行者(蓬と村丸)の耳には十分に届いた。
門の奥へ進むにつれて、人の数が増える。
白い屋根の影が重なり、層を成す廊下が続いていく。
葬は時折振り返り、二人が着いてきているか確認しながら歩いた。
やがて大きな玄関前に到る。
そこには祭壇のような空間があり、供物の香が鼻腔を満たす。
葬は一つ深く息を吐いてから、静かに玄関をくぐった。
「これで閻魔大王様の前まで行ける」
葬は小さく言い、肩の力を抜いた。
(ここが.....)
「ああ、村丸。安心しとけって!私が居る。」
閻魔庁の奥へと、三人はゆっくりと進んでいった。
外の叫喚は遠ざかり、代わりに厳粛な気配が満ちてくる。
葬の背中は頼もしさそのものだった。
彼女は仕事を部下に任せ、肩の荷を渡し、閻魔庁への道を切り開いた。
彼らが今向かうべき、閻魔大王の座がある場所へと一直線に。
.....と思いきや葬がふと立ち止まり、眉間に一本の皺を寄せた瞬間、空気が一瞬だけ静まった。
「待て。」
葬は低く言った。
「少し迂回するぞ。近くに小間があるはずだ。そこで、ちょっとした準備をするぞ。」
蓬が首をかしげながらもぴょこんと膝を曲げる。
「えー?何それ何それ?楽しみ!!」
葬は一瞥して、「静かにしろ。」とだけ言い、淡々と歩を進めた。
そしてとある部屋の前までやってくると扉を一つ開ける。
そこは閻魔庁の侍女控室のような小さな部屋だった。
白い壁に、使い込まれた鏡台、布箱が幾つか重ねてある。
香の残り香がほのかに漂う。
蓬は興味津々に棚の布をめくる。
「なにここー?更衣室?かわいいじゃん!」
葬は無言で奥の箱を引き出した。
「そうだな......更衣室みたいなもんだ。でも少し借りるだけにしておくよ。ここは閻魔庁で働く女性の人妖限定の場所みたいな所だからな。」
箱の中身は丁寧に畳まれた着物、袴、帯、小物類、髪飾り。
どれも落ち着いた色合いで、戦装束の硬さとは違う柔らかさを湛えている。
葬の指先は迷いなく一着を選んだ。
薄墨色の袴に白地の上着、控えめな花柄の半襟。
袴の裾にはさりげない刺繍が施されている。
(は?いやまさか.....待てよ.....嘘だよな?尊厳が.....)
「これを使うつもり?」
蓬がわくわくした声で尋ねると、葬は一言。
「そうだ。閻魔大王様の秘書が男性を極端に恐れるからな。近づくと慌て、書類を落とし、場合によっては失神する。対面が不可能になることすらある。だから、村丸を一時的に"男性に見えない"ようにするんだ。」
(えっ.....つまり.....)
葬は短く頷いた。
「そうだ。閻魔庁は礼儀を重んじる場所だから、秘書が動転すれば手続きが滞る。それは今回のような特異案件では致命的だ。だから、我々は彼女の癇癪を起こさぬよう、対策を取る。名付けて.....村丸女装作戦。」
(そのまんまだな。何の捻りもない。)
蓬は両手を胸の前で合わせ、「本当?それ演出効果高いー。」と目を輝かせる。
(やっぱり....女装って事だな.....うん。こんな勘当てたくなかったのに。終わった.....もう男として生きられないのかもしれない.....)
そんな事を考えながらも、仕方ないと割り切って村丸は心の中で小さくため息をついた。
<村正逸話>
【 閻魔庁公式指名手配書#・■■■■■■(汚れていて読めないようだ......) 】
氏名:村丸
特徴:
・いつも無表情や無口が多い。
・妖刀を握ると人格が豹変する。
・■■■■■■(汚れていて読めないようだ......)
罪状:
・妖刀「村正」を所持し、幾度となく暴走。
(死傷者人妖数は百を超えていると思われる。)
・■■■■■■(汚れていて読めないようだ......)
賞金額:
百両
備考:
・対象は本人よりも刀のほうが危険。
・ただし盗賊の「風切」など関係者に遭遇すると、逆にこちらが袋叩きにされる。
・■■■■■■(汚れていて読めないようだ......)
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発行元:
閻魔庁治安維持局




