< 四十二 > 冥道鉄道
「じゃ、出発!地獄行き......じゃなくてまだ地下鉄の妖世駅行きー!だね!えへへ、こういうの気分爆上がりするっしょ?」
(ちかてつ.......初めて聞く。)
『......暗いな。』
「暗いって?あー、そりゃそうだよねー。でも大丈夫!!すぐ着くから!」
村丸は小さく頷き、彼女の後ろに続いて釜の中へ足を踏み入れた。
歩くたびに彼の下駄が乾いた音を立てた。
「わー、やっぱり響くー。お化け出そう!村丸、もし出たら守ってよねー?」
蓬がからかうように笑う。
村丸はその声に冷静な眼差しを返し、再び筆談する。
『......逆。』
「なにそれ!私が守るの?うけるー!でもまあ、私のほうが元気あるし、いっか!」
二人の足音は交互に重なり、下へ下へと続いていく。
するとかなり開けた所にやって来た。
「ねえねえ、ムラっち!見て見てー!ここが『妖世駅』の内部だよーっ☆」
突然、隣から明るい声が飛んだ。
「あ、そうだ!私の本名伝えてなかったっけ!私の本名はねー!十七夜月浪 蓬、っていうの!漢字で書くと超カッコいいでしょー?長いから呼び名は『蓬』でオッケー!閻魔様の代理でお迎えしてたんだけど.......いやー、良かった、ムラっち無事っぽくて超安心ー♪」
遠くからは、不規則な汽笛のような音が混じる。
汽笛、列車。
筆を取り出した村丸は、ぎこちなく文字を書く。
『ここは......どこだ?これは何だ?』
蓬は両手を大きく広げて、ぱあっと嬉しそうに言った。
「えへへー、ここは『妖世駅』!冥道鉄道の駅だよー!あのね、冥道鉄道ってのはね、地獄とか幽界とかを繋ぐ路線なの!!」
「列車、というものは......?」
村丸の字はぎこちない。
彼の頭には車輪も蒸気もなかったのだから無理もない。
蓬は目を輝かせ、即座に身振り手振りで説明を開始する。
「いい質問ー!列車ってのはね、線路の上を走る"大きな乗り物"なんだよ。たくさんの部屋(車両)が繋がってて、乗ると旅ができるの。馬が必要ないし、あっちの方(遠い世界)までビュンって行けちゃうんだよ!!あ、ムラっち、江戸の人間だっけ?へー!んじゃ初めて見るよね、ウケるー!」
蓬の表現は妙に現代風で、村丸の目には全部が新しい玩具のように全てが映ってしまうのだ。
周囲の景色もまた、妖世駅らしい雑多さで満ちている。
ホームの向こうには古い木造の待合室がある。
窓口の看板の脇には小柄な狐面の駅員が座っており、煤けた制服の裾には墨のような黒い斑点が付いている。
「ほら、見てよ!」
蓬は指差し、ふいに声量を上げた。
少しずつ人影が集まり、皆それぞれに奇抜な装いだ。
「まぁ、見た目は怖くないでしょ?妖も人も混じってるからさぁ!.....妖世でもそんな感じでしょ?あんま来たことないから知らんけど!」
『なら、今度.....妖世について綴った絵手紙でも送るか?筆談だと長くなる。』
「え、いいの!?ありがとー!!」
券売機は木箱のような外見をしており、その前には「切符をお求めの方は一枚百文」と墨で書かれた札が揺れている。
すると村丸は再び筆を取り、問いかける。
『切符は......どうやって買う? 金(銭)はどこにやればいい?』
「ん、ちょっと待っててねー。券売機は待ち時間多そうだし......窓口の方がいいかな。」
(けんばいき、というのか。あれは。)
彼女は小走りに窓口へ向かい、窓口の向こうにいる狐面の駅員を呼んだ。
「おっちゃんー!乗客ー!」
蓬は大声で手を振り、まるで常連のように振る舞う。
窓口の向こうの駅員は、きょろりと目を細め、古びた笛を鳴らす仕草をしてからにこやかに応じた。
彼の前には、鉄製の切符切りと、大小の書類が整然と並んでいる。
墨で書かれた運賃表が掲げられ、その横には小さな地図が貼られている。
地図には「冥道幹線」「幽谷支線」「冥界快速」など、見慣れない路線名が踊っている。
「さて、ムラっち。ここで切符を買うんだよ。いくら分と、どの駅まで行くかを決めるの。で、お金を出すと、ここの駅員さんが切符をくれる。ほら、切符ってのは小さな紙で、列車に乗るときに見せるやつだよ?」
蓬は口を早口に畳み掛け、しきりに手を動かして説明する。
江戸での旅の感覚とはまるで違う。
列車で遠方へ行くというのは、馬や舟とは次元の違う速さを示す。
行くべき先が決まれば、切符は必要だ。
だが言葉は古風で、どこか官僚的だ。
「冥道本線、地獄止まりの切符であれば三百文。支線や快速なら加算あり。お支払いは此方の籠へ。
金貨であれば俗金、霊貨は調合してから受け取り致す。」
村丸は「文」の概念はわかるが、霊貨だの俗金だのと聞いて困惑した。
懐の財布に目をやる。
江戸で持っていた小銭入れが懐にはあるが、使えるのか。
慌てて筆を走らせる。
『江戸の銭しかない。支払えるか?』
「安心して!本当は六文銭が良いんだけど......最近だったら別の硬貨でも買えるようになってるはず。とにかく切符買おっか!私は手帳見せれば無料だけど.......」
蓬は村丸の肩をぽんっと叩いて、彼を窓口の列に押し出す。
列は短いが、並んでいるのは様々な妖怪たちだ。
河童の親子、鋏を持った骨女、提灯をぶら下げた小人達。
それぞれが旅慣れた風情を漂わせている。
村丸は蓬に導かれ、少しぎこちなく列に並ぶ。
彼の心中には不安と、ほんの少しの好奇心が混じる。
鉄の帯(道)の向こうに広がる世界........地獄であり、冥界であり、長い旅路である。
そのための切符を、今から買おうとしているのだ。
窓口の人が次の客を呼ぶと、村丸と蓬はその場所に向かった。
「ムラっち、買うときは落ち着いてねー。切符って、意外と大事なんだから。お守りみたいなもんだよ?あと、切符を無くすと駅員さんにめっちゃ怒られるから注意してねー。マジで怒るからー!」
村丸は深く息を吐き、筆を取り直す。
紙に大きく「冥道本線、地獄駅まで、一枚」と丁寧に書いた。
(江戸の銭は確かにあるが、額が足りるかどうか.......)
そして、この世界で受け取ってくれるかどうかはまだ分からない。
一応村丸は中にある銭を全て出した。
すると、窓口の幽霊はその銭の半分を受け取るとすぐに切符が手渡される。
薄い和紙に幽かな朱の印が押された、小さな紙片。
「よーし買えたね!閻魔様の代理の蓬がいるから、なんとかするよー!さぁ、ムラっち、切符持って改札行こ!列車、待ってるよー!」
村丸は切符を握りしめ、余った銭を片付けてから蓬の後を追った。
それを見た窓口の駅員がかなり低い声で「......良い......旅.......を......」とだけ呟いた。
<村正逸話>
妖世駅の改札窓口に立っている駅員は、一目見ただけで「人間ではない」と誰でも分かります。
顔全体が黒い靄に覆われており、鼻も口も輪郭すら見えない。
あるのは、光を放つ二つの目だけです。
それでいて、制服は妙にきちんと整っていて、ネクタイまできっちり結ばれているのだから結構違和感を感じる者が多いが、至って普通らしい(?)です。
そして、更にに奇妙なのは.......この駅員が双子であるということ。
片方は冥界駅で勤務し、もう片方は妖世駅で勤務している。
二人の区別は殆どつかず、唯一の見分け方は「立っている場所」でしかないです。
妖世駅にいるから「あ、今日は妖世担当の方か」と分かり、冥界駅にいるから「あ、じゃあ冥界担当の方ね」となります。
最も顔からは感情がまったく読み取れないので、彼らが内心どう思っているかは永遠の謎。
(ちなみにちゃんと話せるけど、めっちゃゆっくり話す。)




