< 幕間 > 村丸の受難
スランプ来た.....でも頑張ります.....
夜の神社は静かだ。月は薄く、二人の輪郭が長く伸びる。風切は低く一言だけ吐いた。
「来るな、八岐大蛇が。」
言葉に冗談の欠片はない。村丸は黙って頷く。声は出さない。
(週一しか剣を振ったことがない。つまり素人だ。だが、八岐大蛇が来るまでは時間は十分にあるはずだ。)
風切はにやりと笑い、木刀を手に取る。柄は擦り切れている。
「さーてまずは教科書は捨てろ。教科書に書いてある美しい所作じゃ相手は死なねぇ。でも攻撃を喰らったら死ぬ、分かるか?」
(分かる。怖いけど分かる。喰らったら死ぬって言われると本当に怖い。でも八岐大蛇が来るから覚えるしかない。)
最初は素振り。風切の口ぶりは軽いが、指示は細かい。
「足を固めろ。歩幅は拳二つ分。刀の重心は腹の高さ。振るときは膝を曲げろ。猫背は論外だ。」
(拳二つってどれくらいだっけ。大股にしすぎたら転ぶ。)
木刀を握る手の位置を何度も直されるたび、村丸の心臓が跳ねる。力を抜けと言われても腕は自然と力む。
次は受けと返し。風切が速く打ち、村丸は避ける。だが避け方が下手で、何度か木刀に弾かれてよろめく。
「顔だけ逃がしてるな。戦場じゃ顔だけ逃がしても意味ねぇ。」
(顔だけ早回しで、体が残ってる。その場合は首筋を掴まれて終わりだ。)
昼を挟んで次は奇襲の練習。風切の表情が鋭くなる。
「でかいやつを相手にしたときは、一瞬で“普通の人”になれ。注目されないことが九割だ。」
(普通って何だ。俺の普通は昼寝だ……それで大蛇に気づかれないのか?)
午後は「ためらわない一突き」を徹底的に叩き込まれる。川の石橋で濡れた石の上で踏ん張る訓練も行い、転倒からの素早い起き上がりまで叩き込まれた。
冷たい水に打たれて転ぶたび、村丸は内臓がひりつくのを感じる。それでも風切は即座に言う。
「転んだら周りを見ろ。敵の頭がどっちを向いてるか、それが攻めるポイントだ。」
(転ぶのも情報収集か。転んだふりも、いつか使えるかもしれない。)
夕方、疲労で体が言うことを聞かない状態で、風切の木刀が軽く村丸の肩を叩く。それは褒めと確認だった。
「今日はここまで。多少はマシになったぞ。」
(多少マシって褒められたのか? 褒められたら喜んでいいのか。)
二日目、筋肉痛が襲う朝。風切は既に境内で待っていて、無慈悲な朝メニューを告げる。腕立て、腹筋、木刀での突き返し、石を抱えての山一周。呼吸は荒く、体は悲鳴を上げるが、心は「八岐大蛇を倒す」という言葉で何度も立ち上がる。
(筋肉痛は若さの勲章……とか言われても今はそんなポエム聞きたくない。)
午後は疲労の中、一突きを実践して当てた瞬間、風切は静かに頷く。
(当たった。距離、角度、心。全部見えた。)
しかし体は限界を告げ、村丸はその場に倒れた。それを見下ろして風切は言い放った。
「無理するな。体は武器だ。壊したら意味がない。だがお前は今日、自分への信頼をひとつ手に入れた。」
(信頼……宝物のようだ。)
三日目、いよいよ実戦に近い一対一。風切は手加減を約束するが、その手加減は厳しかった。木刀が飛び交い、村丸は幾度も地面に叩きつけられる。だが立ち上がるたび、動きは微妙に変わっていた。防御の時の穴、身体の使い方、足の運び。風切は容赦なくそこを突き、村丸はひとつずつ直していく。
四度目の交戦あたりから、風切の表情に真剣味が混じる。
「よし、今度は本気で来い。」
(本気って何だ……)
最終盤、木刀同士の打ち合いは音と間の応酬になる。村丸は腰を落とし、剣と身体を一体化させる。筋肉痛はあるが、意志が動きを補完する。それが彼の今の強さだった。互いの刀がぶつかるたび、風切は小さな指摘を入れる。だがその指摘は叱責ではなく、師としての確かな導きだった。
やがて打ち合いは止まり、互いの木刀が交差して静止する。息を揃えて吸い、吐いた瞬間、風切が刀を下ろした。
「これでいい。」短く、しかし深い言葉。村丸も刀を下ろし、肩で荒い息をしながら背筋を伸ばす。
(終わりは始まりだ。)
婚儀前夜。行灯の炎は低く揺れ、木々の影がゆっくり伸びる。風切の口数は少なく、師として、隣に立つ者としての誇りが顔に乗っている。村丸の目は静かで強い。迷いはもうない。何度も倒れて、何度も起き上がった彼の決意は伊達ではない。
最後に風切は短く囁いた。
「明日、頼むぞ。」
言葉は少ないが重い。村丸は小さく頭を下げる。言葉は要らない。木刀が教え、その教えに従ったからこそ、二人は同じ景色を見る。夜風が通り過ぎ、杉の葉が囁く中で、二人の影が並んだ。
<村正逸話>
村丸は風切に短期間の修行を受けていましたが、他の面々の行動についてもちょっと説明します。
(本文にしたかったのですが、力尽きたのでここで話しますね。)
まず、風馬は変わらず天狗としての修行を続ける中で師匠に何度か八岐大蛇についての情報を求めたようです。
その情報を元に妖術を更に磨いたそうです。
次にれとろと寝子は二十五話でもあった通り、お酒を準備していました。
れとろが元々八岐大蛇(妖怪)に詳しいだけあって、寝子が持つ文献を読まなくてもすぐに八塩折の酒が必要だと分かったのですが、意外と年代物だったので仕入れるのに苦労したそうです。
地雲は変わらず郵便配達の仕事を続けながらも、周囲の情報に耳を傾けています。
意外と皆婚儀の日に備えて色々していた事が分かります。




