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村正 ~剣豪Mの英雄義賊剣譚~  作者: I嬢
猫目堂書房ノ編
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< 十二 > 怨霊退治

「で、どうやって封印した?俺たちにその霊がいる本の在りかを教えろ!」


寝子は静かに頷き、地図のように見える古い巻物を広げた。


そこには書棚の配置と、不気味な紋様で結界が示されている。


「これが本棚の配置図。藤代の怨霊を封じたのは、屋上の屋根裏小屋にある。そこで保管されている。」


その言葉に風切はにやりと笑った。


「よし、怨霊退治ってヤツか。俺様の出番だな!藤代の怨霊、覚悟しろっての!」


その掛け声に、村丸は呆れたように目を逸らしつつも、小さく笑みを浮かべる。その笑みには賛同の意味も籠っていた。


「お前が行くなら、俺も行く。二人でくたばらねぇようにな?」


風切は振り向き、満面の笑みを見せた。


「よっしゃ!なら決まりだな。」


寝子は複雑そうに眉をひそめ、しかしどこか嬉しそうに頷いた。


「そうだ。ただでやってくれるとは言わない。報酬として約束する。『妖世書あやかしよしょう』という文献を渡そう。妖世でも"最古級"の巻物だ。」


「最古級?!それはヤバい。待ってでも欲しいぜ!」


風切の目がさらに輝きを増し、村丸もその提案に静かに頷いた。


(そんな簡単に渡してくれるようには見えないが.....気のせいか。)


「行くか、村丸」


二人は並んで巻物を見つめ、緊張と興奮を胸に刻み込んだ。


そして風切が気合い満点に拳をぶんぶん振りながら奥の階段へと向かおうとした、その時だった。


「よっしゃー!んじゃ、まずはその屋根裏部屋ってやつだな!いっくぜ村丸、おんぶな!」


『なんで......』


「だって楽しいじゃん?ホラ、チームワーク大事!」


無茶苦茶な理由を叫びながら飛び出そうとする風切を、村丸が呆れたように追いかける。


だがその二人を、寝子は静かな声で制した。


「待て」


その声には微かな重みがあった。


振り返ると、寝子が片膝をついて息を呑んでいる。


『....どうした?』


村丸が眉をひそめて筆談で問うと、寝子は片手で腰を押さえながら、ぎこちなく立ち上がろうとした。


しかし、その瞬間。


「....ッッ....ぐ、っう!」


ゴキンッ!


そんな、あまりにも不吉な音が地下書庫の静寂を破った。


風切がぴたりと止まり、村丸も顔色を変えた。


寝子はその場で小刻みに震えながら、額に汗をにじませている。


「こ....腰が....!」


「お、おい、大丈夫か寝子ァッ!」


「ぐふっ....わ、悪い....ちょっと、立ち上がった瞬間に....ピキっと....」


「ピキじゃねぇよ!完全にギックリいってんだろそれ!」


風切はまさかのハプニングに爆笑しながらも、手早く駆け寄って寝子の背中をさすり始めた。


(急性腰痛症.......)


「つか、お前さ....二十代前半の見た目してて、実年齢いくつくらいなんだよ?」


「大抵....妖怪は....肉体の姿と、実年齢は一致しない....と言ったはずだろう....ッ....!君も.....そうだろう.....?風切....」


寝子は脂汗を浮かべながら、ようやく壁にもたれかかるようにして体勢を落ち着けた。


背中を伝って冷や汗がぽたぽたと床に落ちる。


「実は、数百歳になる....」


「うそーん?!めっちゃおじいちゃんじゃん!」


「若作りしてたんじゃなくて、マジで長命妖系....!」


村丸も思わず絶句し、風切は膝から崩れ落ちる勢いで大笑いし始めた。


「ま、まさかさ....藤代の怨霊を封印したのも、自分でやったとか言わないよな?」


「....うーんと.....封印術を施したのは....小生の祖父だが....封印の補強は、私の代で行った」


「腰痛めるくせに!?」


「今まで....薬草を煎じて飲んでいた....今のこれは....不意打ちだ....ッ....く、あああ....ッ!」


(おっさn......本当におじいちゃんだ.....)


村丸は、寝子の悶絶に一瞬たじろいだ。


「すまない....情けないところを見せた。だが....油断は禁物だ。」


「つまり....俺はいつもの調子で笑ったらヤバいってことか?」


「そういうことだ」


風切はにやりと口角を上げた。


「ま、それなら問題ねぇ。俺、笑いを封印する!」


そう言って唇をキュッと結び、しかし目元だけがどうしても笑ってしまっている。


「もう笑ってんじゃねぇか....」


村丸が肩を落とすのを見て、寝子はつい小さく笑った。


「....いいな、君たちは。笑いながら死地に向かう覚悟がある。昔の仲間たちを思い出すよ」


「なに?お前にも仲間いたのか?」


「....いたさ。もう、皆死んでしまったけどね。」


(冥界送りにされた、ということか.....)


その一言に、空気が一瞬張り詰めた。


「....だから、お前達のような若い人妖には、同じ轍を踏んでほしくない。頼む。あの書を、永遠に閉じ込める手助けをしてくれ」


「....分かった」


村丸が静かに答えると、風切も刀を抜いて軽く空に振った。


「よっしゃ!藤代の怨霊、今度はオレ様が"冥界送り"にさせてやるぜ!成仏準備しとけよ!」


そして寝子の荒い息づかいを背に、風切と村丸は地下の沈黙を振り切るかのように、古びた石階段を駆け上った。


腰を押さえながら呻く寝子の声が、薄暗い空間に淡く響き渡る。


しかし二人の足音は止まらない。


「さあ、屋根裏はもうすぐだな。」


風切は肩越しに村丸を一瞥し、軽口混じりに促した。


だがその瞳は真剣で、いつもの遊び心は影を潜めている。


(....ああ)


村丸も頷く。


「くれぐれも気をつけて行ってくれ.....いてて......うう......」


頭上からは、振り返るたびに寝子の呻き声と、階下へ倒れ込みそうな像書架の軋む音が届く。


階段はひたすらに続き、ひと息つく間も与えない。


石段には長年溜まった埃と黒ずみがこびりつき、一歩ごとに足裏が滑りそうになる。


かすかな月光が、隙間から差し込んだだけの薄明かりを頼りに、一段一段を確かめるように踏みしめる。


途中、小さな踊り場で二人は息を整えた。


壁には古い提灯がひとつ掛かっており、紅色の炎がくすぶっている。


その炎は、かすかな風にも揺らめき、まるで「来るな」と拒むかのようだ。


「村丸、まだ行けるか?」


風切は短く呼吸を調えながら問うた。


「大丈夫だ。だがさっきの鏡のことが気になる....」


村丸は肩越しにちらりと背後を見る。


そこにはもう、寝子の影も呻き声もない。


ただ、冷たい風が階段を鳴らすばかりだ。


先に階段を上がるのは風切。


村丸もそれに続いた。


やがて、最後の踊り場に差し掛かる。


そこには太い梁が頭上を覆い、複雑な結界紋が柱に描かれている。


朱色の線は半ば消えかけているものの、古びた力を宿していることは明らかだ。


(....ここが結界の終わりか?)


そこには木の扉があり、鍵穴の周囲には黒い液体が滴り落ちた跡がある。


「鍵は開いている....だろうな?まあ閉まっていても俺がこじ開けるけどよ.....」


(多分な。)


ガチャリ。


重い鉄扉がひとりでに開き、二人は顔を見合わせる。


扉の向こうには、埃が立ちこめた小部屋。


天井まで届く本棚が三方を囲み、中央には使い古された木箱が置かれている。


「いよいよ、か....」


風切は剣を抜き、柄を地面に突き立てた。


『見つけたぞ、藤代の怨霊を閉じ込めた本はあそこだ。』


村丸が筆を走らせてから、その短冊を風切に見せては指差す。


木箱の蓋には朱色で『藤代怨霊封印書』と草書体で刻まれている。


二人はそろって箱に近づき、周囲を警戒しながら蓋を外した。


内部には、羊皮紙に包まれた古書が一冊。


赤い紐で結ばれ、紋様が夜光虫のように緑色に淡く光っている。


「さっさと終わらせようぜ!」


風切は肩越しに村丸へと目配せし、村丸も小さく頷いた。


二人の影が踊る屋根裏で、挑む決戦。


その幕は、今、静かに上がったのだった。


風切はゆっくりと息を吐き、本を抱えたまま膝を曲げ、慎重に表紙を開いた。


羊皮紙のしなやかな手触りとともに、紐がほどける音が小さく屋根裏に響く。


カサリ。


その瞬間、本から飛び出したのは、漆黒の文字と金銀の光の粒子。


文字は古代の呪文じみた曲線を描き、意味を解読することは到底できない。


無数の光点が屋根裏を縦横無尽に飛び交い、空気を震わせる。


「な、なんだ....この文字は....!」


村丸の声がかすかに震え、剣の柄に手を掛ける。


(美しい.....綺麗.....だが、直視していると思考が鈍りそうだ......)


一つひとつは美しくも、下手したら理性を侵すほどの嫌悪感を伴っていた。


やがて文字の奔流は一つの渦となり、禍々しい足音のような低いうなりを上げる。


その中心から、霧がゆっくりと立ち上がった。


霧は形を変え、やがて女性の上半身を持つ姿を浮かび上がらせた。


長い黒髪は乱れ、顔はうっすらと笑んでいるが、下半身は骨の集合体のような鋭い肢が無数に絡み合い、床板を這い回る。


「こ、こいつが....藤代の怨霊か....」


(異形すぎる......)


村丸は恐怖に顔を少し強張らせた。


怨霊は艶めいた唇を薄く開き、囁くように告げる。


「ふ、ふふふ......封印......解いちゃったんだね......憎い......憎たらしい.......」


その声は何処か怖がりながら発しているようにも聞こえるが、甘美で、不気味に室内に波紋を広げた。

<村正逸話#13>


猫目堂書房の店主・二十桜 寝子は、ぱっと見は二十代前半の涼しげな青年に見えます。


長い睫毛に細い輪郭、すらりとした書生姿。


肌には艶があり、声も落ち着いていて心地よく、客からは「好青年な兄さん」と思われがちだ。


だがその実態は、妖世でも屈指の古株妖怪。

(推定年齢200歳以上。)


いくら若い外見をしていても、ふとした拍子にその年寄りっぷりはどうしても滲み出る。


その年寄りは枷になることもあり、逆に功を奏す事もあるらしいですが、殆どは枷になりやすいです。

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