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村正 ~剣豪Mの英雄義賊剣譚~  作者: I嬢
猫目堂書房ノ編
14/90

< 十一 > 猫目堂書房

村丸は息を切らせながら、風切を背負って細い横丁に滑り込んだ。


肩にずしりと重い風切の体が、やけに現実感を持ってのしかかる。


石畳を踏み鳴らす足音のリズムが不規則になり始めていた。


(このままじゃ......)


そう思った時、彼の目に飛び込んできたのは、ひときわ古びた木造の店だった。


軒先にぶら下がる油紙の灯りがわずかに揺れ、そこには煤けた看板が掲げられていた。


『猫目堂書房』。


(古本屋.....?貸本屋......?確か、風切が言っていたような......)


誰がそんな名をつけたのか、癖のある字体で書かれている。


店の前には若い男が立っていた。


まだ二十歳そこそこのような青年だが、目は糸目なのか、伏し目がちなのか、閉じている様に見える。


片眼鏡をかけており、冷静で知的な雰囲気をして片手を腰に当てている。


服装は黒と白を基調にした書生服。


袖や裾には、妖や呪術に関連する模様があしらわれている。


彼は村丸に気づくと、すぐに手を振って合図した。


「そこの剣士のお兄さん!こっち、早く!」


声は小さいが、明らかに切羽詰まった調子だった。


(.....なんだ......?)


「細かい話はあと!! ついて来て!」


青年は素早く格子戸を引き開けると、内側から身を乗り出して村丸の腕を引いた。


村丸は風切を担いだまま、無理矢理中へと押し込まれるようにして入った。


「こっちだ、地下がある」


その声と同時に、裏の本棚がぐらりと揺れ、奥から隠し階段のような狭い通路が現れた。


「これは逃げ込む奴のためにあるんだよ。回転式本棚ってやつだ。人間の世界で行われている、第二次世界大戦で死んだ人間達から教わった。その人間は......とてもいい人だったよ。.....死んでしまったのが惜しくなるくらいに。」


(第二次世界大戦.....?江戸よりもまだ未来の話か.....?)


青年はにやりと笑いながら、手際よく入り口を閉めた。


村丸は風切を支えながら地下へと降りて行く。


下には薄暗い空間があり、古本が天井まで積み上がり、ところどころに煤けたランプが吊るされている。


その一角に毛布が敷かれ、簡易な寝台のようになっていた。


「ああ、そこの寝台使っていいよ。」


その言葉に村丸は頷き、その寝台に風切を寝かせると、壁に背を預けてどっと息をついた。


「そうだ.....君達は、あの外道丸に狙われているんだよね。.....村丸君。風切君。」


(知られている......)


村丸はいつものように


『......知っているのか。噂が広まるスピードは速い。』


「ああ。もう有名人だよ。」


足の震えが止まらず、汗が額をつたう。


 ◇ ◇ ◇ 


その頃、地上では、外道丸の足音が静かに近づいていた。


石畳を踏む下駄の音が、夜風に紛れて響いてくる。やがてその音は『猫目堂書房』の前で止まった。


静寂。


店の前でしばし佇んだ後、外道丸は扉に視線を送り、わずかに眉を寄せた。


「......気のせいか」


彼は扉に手をかけることなく、視線をすっと逸らすと、そのまま歩き去っていった。


足音はやがて遠ざかり、夜の闇に溶けていった。


 ◇ ◇ ◇ 


地下の空間で、村丸は深いため息をついた。


『......行ったか.......?』


「しばらくは戻ってこないね。音で分かる。」


青年は、ランプの灯りを調整しながらそう呟いた。彼の目は真剣で、年齢に似合わぬ落ち着きがある。


「名は?」


二十桜寝子はたざくらねこ。一応この店の主さ。寝子さん.....とでも呼んでくれ。」


「若いな......」


「見た目はな。でも、ここは俺の代で三代目だ」


寝子はそう言って、茶の入った湯飲みを差し出した。


村丸は茶を受け取り、ぼんやりと風切の寝顔を見つめた。


「助かった......恩に着る」


「礼はいい。あんたら、今夜を生き延びなきゃならない。話はそれからだ」


二人の沈黙の中、古い時計の針が静かに時を刻んでいた。外道丸の狂気も、眠りも、この小さな地下室では遠いもののように感じられた。


だが、嵐の夜はまだ、終わっていなかった。


「さあ、店内をご案内しようか。」


寝子の口から漏れたその声は、地下の静寂を切り裂くかのように響いた。


寝子はゆっくりと立ち上がり、村丸に軽く手招きをした。


暗がりの中、寝子の姿はより一層浮かび上がって見える。


彼の肌は白く、どこか透き通るような不気味さを纏っている。


「ほら、こっちだよ。」


寝子は細長い通路を指し示し、その先にある階段へと歩を進める。


寝子が手に持った小型の行灯が揺れるたび、壁に掛けられた埃をかぶった書物や巻物がざわめくように影を落とした。


村丸は疑念を拭えず、周囲を警戒しながら後を追う。


(寝子って.......本当に人間なのか?)


そんな思いが頭をよぎるが、声をかける勇気は湧かなかった。


何より今は風切を守ることが最優先だった。


二人を率いる寝子の背中は、その動きのひとつひとつが計算され尽くしたように滑らかで、どこか狡猾な印象を与える。


彼の額には、包帯で巻かれた痕跡のようなものがかすかに見えた。


『その帯、少しズレている。』


村丸が思わず指摘すると、寝子は立ち止まり、にっこりと笑った。


「ん?おっと。」


その笑顔は、真夏の夜に飛び交う蛍のように淡く、しかしどこか禍々しかった。


「気づくとは、兄さんもいい目をしてるね。」


彼は右手を額にやり、その包帯をそっと引き上げた。


そこに刻まれているのは、人間にはあり得ない第三の目......赤黒い瞳がゆらりと瞬いた。


村丸の心臓は一瞬、凍りつくほどの衝撃を受けた。


『妖怪か?』


「.....そうかもしれないね」


寝子の声は冷静そのものだった。


「額の目は小生が生まれた時からあるんだ。ただ.....邪魔だし、あんまりいい物ではないよ。」


そう言いながら、寝子は階段を再び下りようとした。


村丸は僅かな逡巡を経て、再び足を踏み出す。


階段を下りきると、そこは妙に広い書庫だった。


天井まで届く書架には、古今東西の書籍が所狭しと詰め込まれている。


中には薄墨で書かれた暗号じみた巻物や、骨董のような皮革装丁の本も見受けられた。


「ここで取り扱うのは、本だけじゃない。忘れ去られた記憶や、絶対に口外してはいけない秘密、失われた技術や呪文......そうしたものを扱うんだよ。」


寝子は屈託のない笑顔を浮かべながらも、その背後で影が蠢くように動き、まるで空気が歪むかのようだった。


(へぇ。知識の宝庫っていうやつだな。)


「この書庫にはね、人間界と妖世の狭間で紛れ込んだ書物が数多くある。普通の店では手に入らない代物ばかりだよ。」


村丸は興味をそそられると同時に、強い得体の知れない恐怖を感じた。


この場所に長居はしたくない。


そんな直感が、身体中を駆け巡る。


「では、少しだけ読んでみるかい?」


寝子は書架の一冊を抜き取り、薄明かりの下にかざした。


その表紙には、血のように赤い文字で『見届けられし者の証言』と刻まれている。


「これは、かつて神に見捨てられた者たちの記録だ。読む者は、その恐怖をほんの一瞬だけでも追体験する。だが、その恐怖を越えた先に、本当の知識があるとも言われているよ。まあ小生はただ、本を集めて並べているだけだけどね。」


寝子は得意げに胸を張り、その微笑はどこか不気味に歪んだ。


時折、地下書庫の静寂を切り裂くように、寝子の解説が続く。


彼は世界の仕組みや、妖世の成り立ち、人間と妖怪の関係性などを幾つもの逸話を交えて語る。


しかし、その語り口は正確な事実なのか、それとも寝子自身が作り出した虚構なのか、誰にも確かめようがない。


(優しそうだが、とてつもなく胡散臭い.....)


だがどちらにせよ、村丸はこの男の言葉から目を離せなくなっていた。


「さて、風切が目を覚ます頃合いかな。使われていたのは効果が軽い睡眠薬だろうからね。」


寝子は巻物を机の上に静かに置いた。


その動作と同時に風切の腕が少し動き、風切の瞼が完全に開いた。


まだ眠気の残る頭を振りながら、彼女は伸びを一つした。


「ふぁ......っと。」


その様子を見て村丸は心配そうに筆を走らせる。


『無事か?』


風切は豪快に伸びをしながら笑った。


「心配すんなって、ただの睡眠薬だろ?短時間眠くなるくらいの軽いやつでよかったよ。」


風切は頭を掻き、寝子を見やる。


村丸が慌てて風切の肩を抱えようとするが、風切は軽く振りほどいた。


「それより、そこのお兄さん。てめぇ、なんでオレたちを助けたんだ? ただの好奇心?」


寝子は奥歯をかみしめるように唇を動かし、慎重に言葉を選んだ。


「いや?特に理由は無い。だが.....匿ってやったかわりに少し頼みたい事があるんだ。君達に討伐してほしい相手がいる」


「討伐?妖怪か?!」


風切の目が輝いた。


討伐という言葉には、いつも以上に食いつきが良い。


人の為になると思ったからなのだろう。


「そうだ。数百年前、本に封印した霊がいる。その名は『藤代の怨霊』。」


「藤代の怨霊?聞いたことねぇぞ!」


風切は大きく驚き、体を乗り出す。


「書生は藤代の怨霊と呼んでいるが、実際には藤代御前とも呼ぶ。津軽為信に不倫され、夫を殺された後、為信の求婚を拒絶して死んだ悲劇の美女だ。.......その後、怨霊となり、為信を呪ったんだが.....呪いの力を制御できず、この妖世全体を呪おうとしていたから封印したんだ。」


「は、はぁ!?そんな奴、ほっとけねぇだろ!」


風切は拳を固め、顔を紅潮させた。


(何故だろうか。.......厄介なことになりそうだ。)

<村正逸話#13>


二十桜寝子は、妖世の中でも大規模な街である、妖街に位置する猫目堂書房の店主。


人妖問わずに皆大好きで興味津々。

(人妖観察が最近の趣味らしい。しかし、話の節々が何処か胡散臭い為、人妖には好かれてはいない。)


店内の蔵書は人間が読めるものから妖怪用の禁書、呪書まで取り扱っています。


猫目堂書房の中は外観よりもとてつもなく広く、迷いやすいらしい。


いつも店の奥の椅子で座って寝ている(昼寝好き)そうなので、購入する時・貸出する時・本に関する相談等がある時は、容赦なく叩き起こしましょう。


村丸達が逃げている事にいち早く気づき、咄嗟の判断で匿った時は、店前の掃除の途中だったそうです。

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