< 幕間 > 鬼の密告
今回で妖世編完結です!
僕は茨鬼丸。
この居酒屋で働く店員(仮)だ。
奉行所では酒呑童子様の忠実な(自称)部下と知られ、与力の中でも"最強"と噂される外道丸様の右腕ではあるが、僕はただの居酒屋店員にして、板前兼給仕として振る舞っている。
今.....は。
仕事とは美徳であり、僕にとっては何よりの誇りだ。
それが、どんな形であろうとも。
そんな僕の前に、風切と村丸......奉行所のお尋ね者二名が扉をくぐった。
コイツらか......外道丸様が追っているのは。
まさかここに来るとはな。
どうやら認識阻害紐を使っているようだが.....僕にはバレバレだ。
村丸という剣士の事は奉行所の隠し帳に先程載せられたと外道丸様から聞いた。
妖世全体に村丸の悪名が広まるのにかかる時間はそう長くはないだろう。
恐らく、奉行所中が震え上がる“お尋ね者”になりそうだ。
だが、店の掟は「客は神」。
口に出して告発するなどもってのほか。
「いらっしゃいませ。ごゆっくりどうぞ」
そう言う僕の声は、いつもより少しだけ丁寧になっていたかもしれない。
心の中では、冷たい計算が巡っていた。
あくまでも今はお客様である二人に、僕は最大限のもてなしをしつつ、隙を見て奉行所に.....いや、外道丸様に通報できる備えを整えておかねばならなかった。
僕は小さな座敷席へと促した。
「こちらのお席でよろしいでしょうか?」
風切は涼やかに笑みを浮かべ、大きく頷いた。
チッ。盗賊の癖に清々しい.......。
「もちろん!にしても.....何度来てもいい雰囲気だな。村丸、座敷ってだけでもう特別感があるぜ?」
風切は村丸に声をかけるが、村丸は塩が入った小瓶や粉末状の胡椒に目を向けている。
何か思う事でもあったのだろうか。
まあいいや。
僕は膝をつき、柔らかな声で言った。
「当店の一番人気は、骨の髄まで溶かしたような深い味わいの『妖盃酒』と、自慢の炭火焼き鳥でございます。よろしければ、お飲み物とお料理、先にお伺いしましょうか?」
風切は笑顔のまま、まるで慣れているかのように言葉を紡ぐ。
「じゃあ.....、まずは、つくね、レバー、もも、ねぎま、砂肝、皮を2本ずつ!あと妖盃酒頼む!」
僕は嬉しそうにメモを取ってから、
「かしこまりました!すぐにお持ちいたします!」
と言い残して深々と一礼して立ち去った。
完璧だ。
■
それからおよそ20分後くらいだろうか。
僕は村丸と風切が頼んだ焼き鳥を"先に"持って来た。
「こちら、炭火焼きの特製盛り合わせになります!もも、皮、ねぎま、つくね、レバー、砂肝.......全て秘伝のタレで仕上げております!」
僕の声に、風切は嬉しそうにするが、村丸は表情一つ変えない。
表情筋死んだんじゃないのコイツ......?
まあそれは置いといて。
僕は奉行所の最強の与力の右腕として、いつでも召集を受けられる態勢を整えている。
そんな緊張感の中、僕は自分がなぜこれほどまでに仕事を愛するのかを改めて考えた。
それは魂の証明であり、僕自身の存在価値を示す大切な物だ。
しかし同時に、事態を見誤ってはいけないという責務もある。
外道丸様は何でもかんでも先走りしやすいからなぁ......。
だけど、今は"店員"として二人をもてなそう。
おもてなしの精神、大事に!!
そして僕は深呼吸一つしてから、再び厨房に戻る。
僕は厨房の奥で、指先に淡い光を宿した小瓶をそっと握りしめていた。
そこには、薄紫色に妖しく揺らめく粒状の睡眠薬が沈んでいる。
数十年前に外道丸様から貰った物だ。
妖盃酒にこの薬が溶け込めば、飲んだ奴の意識は途切れるはずだ。
効果は軽いし、そもそも効果が出るのは呑ませてから数分くらいと聞いているが、何もないよりはマシだろう。
僕は思わず、唇の端に笑みを浮かべた。
「さて.....やってやるか」
短く呟き、僕は腰の布帯から小さな布袋を取り出す。
その中から木製の細い匙を取り上げ、慎重に薬をすくい上げた。
微量とはいえ、光を反射して妖しく輝く粉末は、確実に呑んだ相手の身体を支配する。
僕は一匙分を酒の中にゆっくりと滑り込ませる。
その時、妖盃酒の色がわずかに濁ったが、気づかないだろう。
誰も気づきやしない。
「よし......完璧だ」
風切は気づきもせずに呑気に笑っており、その話を村丸は聞いている。
まさに最高のタイミングだ。
僕は平静を装って会話に加わる。
「どうぞ~!こちらが妖盃酒です!!」
声は明るく、何処か甘いようにも聞こえるトーンに似せてみた。
僕は怪しまれぬよう、ほんの少しのためらいも見せない。
(こいつら、これを呑んで夢でも見てればいいんだ......)
こんな狡過ぎる方法で相手を倒すなんて、本当ならどうかしている。
だけど、この世は強者が弱者を蹂躙する残酷な舞台だ。
だから、僕だってその一幕を演じざるを得ない。
意識を奪われた彼らは、きっと深い眠りの底で、恐怖と幻覚の狭間を彷徨うだろう。
「ちょっと席を外しますね。」
他の店員に軽く礼をしてから、そっと店の外へと足を踏み出す。
夜風が頬をかすめ、僕は深呼吸をひとつ。あとは待つだけだ。
お前らには眠ってもらうに限るぜ。
「さて......本番はこれからだな」
目の前には、首をかしげるように目を細めた小狐が、金色に輝く瞳だけを煌々とこちらに向けていた。
「来い、左夜」
呼びかけると、小夜はしなやかな身のこなしで僕の足もとへ飛び乗る。
尻尾を揺らしながら、その瞳が好奇心と忠誠を交えた光を宿す。
うん、いい子だ。
僕はそれを合図と見做し、懐から小さな巻物を取り出し、筆で文章を書き始めた。
〈外道丸様。かの"風切"および"村丸"が、先程僕が働いている居酒屋で発見致しました。御身のご裁断を仰ぎたく、まずは一報申し上げます。茨鬼丸。〉
僕は書き終えると紐を巻いて丸め、左夜に向かって転がすように投げた。
左夜は巻物を器用に咥え、しっぽを一振りして屋外へと跳躍した。
その細身の影は、ほとんど音もなく路地の闇へ溶け込む。
僕はそっと襖を閉じて、台所に戻る。
上手くいった......!!
僕は心の中でほくそ笑んだ。
僕が飼い慣らす子狐の左夜は、人妖の言葉を理解し、文を運ぶことが出来る。
今夜も、左夜は容易に遂行することだろう。
心の中で、僕はふたたびあの二人の面影を思い浮かべた。
しかしそれを表に出してはならない。あくまで、店員としての僕を演じきる。
「楽しみだな、外道丸様のご反応が」
柔らかな笑みを浮かべ、僕は袖口で軽く口元を覆った。
僕は忘れない。自分が何者であるかを。
仕事を美徳とし、与力たる誇りを胸に秘めながらも、最も大切なのは忠誠心。
そして、それを正しく使い分ける“仮面”なのだ。
夜風が隙間から吹き込み、障子を微かに揺らす。
見上げれば、満天の星は何も知らぬかのように冷たく瞬いている。
その星々の下、僕の仕掛けた小さな歯車は確実に動き出し、やがて外道丸様のもとへと一報を届けるだろう。
僕は扉をそっと締め、柱に寄りかかる。
「さあ、左夜よ。行っておいで」
最後の囁きを風に乗せ、僕はその足取りを見送った。
ここから奉行所は離れていたとしても、左夜のスピードはかなり速い。
遅くとも数分くらいで着くだろう。
闇に消えた小狐の軌跡を、僕はその目で追いながら、心の奥底で凛とした誓いを新たにする。
あとは頼みましたよ。
村丸を追う担当になった外道丸様。待ちに待った出番です。
外道丸様が命じる限り、僕は歯車として完璧に、しかし静かに回り続ける。
<村正逸話#12>
茨鬼丸は、ワーカホリックの妖です。
(基本的には上司みたいな存在である、外道丸の指示の元で動くことが多い。)
茨鬼丸は、とにかく「働くこと」そのものに価値を見出しており、休むことや怠けることを極度に嫌います。
あらゆる依頼を完遂させる姿勢と、徹底した自己管理、そして冷静沈着な対応力が武器です。
茨鬼丸の妖術は、姿形だけでなく「声・性格・所作」に至るまで完璧に演じ分けることができ、人妖問わず変化可能で、狐や狸などの化けることが出来る妖怪達すらも顔負けするレベルです。
ちなみに性格に関してはよくわかっていません。
依頼内容によって人格を自在に変える事が多いからです。
特に「義理・恩・契約」には厳しく、報酬の有無はあまり気にしない。
ちなみに、性別は誰も知らないとか。
そして、茨木丸は完璧主義みたいな所がありますが、実は作中で一度しくじりました。
それは、妖盃酒に睡眠薬を混ぜた事でした。
結果的に妖盃酒を呑んでしまった風切は寝てしまいましたが、吞んでいない村丸は普通に行動する事が出来、眠った風切を連れて逃げる事が出来ています。
(勿論茨鬼丸は全く気づいていない様子。)
風切は一度村丸に妖盃酒を進めていたので意外にも呑むか吞まないかは紙一重でした。
もしも村丸が妖盃酒の色の変化に気づいて、妖盃酒を呑まなかったのならば、村丸の観察眼はかなり鋭いということになるのかもしれません。




