09 視える悪役令嬢は、鏡を覗く
わたくしは、他人の未来を視ることができる。選ばれなかった人生、その枝分かれ、その果て──。しかし、この十五年の人生で彼の未来だけが視えなかった。
そしてもう一人、私が未来を視ることの叶わない人間がいる。そう、それは、オリビア・ミル・ヴァルトライン。わたくし自身の未来だけは、視ることができない。
明日は、どんな服を選ぶのか。何を話し、誰と過ごすのか。そんな些細なことすら、わたくしには何ひとつ視えない。まるで暗闇の中で手探りするように、わたくしは恐る恐る選ばなければならない。
夜の寮室。鏡台の前で静かに髪を梳いていると、不意にそう思い至る。
あの少女は十七で婚約を破棄され、あの教師は三年後に亡命する。それらは確定ではないけれど、可能性として明瞭に存在している。なのに。
「わたくしは──どうなるのかしら」
思わず呟いた声は、夜の静寂に溶けていく。鏡に映るのは、誰よりも先を知っている少女。けれどその眼差しには、自分自身への無知が宿っている。
父の後を継ぐ?
王国の崩壊を生き延びる?
あるいは……魔王に殺される?
冗談のような仮定に、わたくしは苦笑した。けれど──この国で起きる“予見されなかった事態”が、確かに近づいている。
王都の空気が変わった。
学院の教師の声が揺れている。
誰もが気づいていないふりをして、目を逸らしている。
まるで、わたくしの能力では視えぬ巨大な意志が、すでに水面下で蠢いているように。
──自分の未来を視ることができないということは、自由であると同時に、恐ろしいことだ。
運命に抗うことも、
諦めることも、
すべて、わたくし自身の選択に委ねられている。
けれど、もしも、わたくしが視えないものを持った者と、再び出会えるのなら。そしてその人が、わたくしの未来を選び直すきっかけになるのなら。淡い希望を胸に抱き、願わずにはいられない。
「……ねえ、あなた。わたくし、どうなるの?」
鏡の中に映る少女に問う。
彼女は、何も答えなかった。
ただ、わたくしと同じ顔で、静かに微笑んでいた。