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08 視える悪役令嬢は、視えないを見る

その少年は、()()()()存在だった。けれど、彼のまわりにいた者たちは、視えていた。


「アッシュ兄さん、手に泥が……」

彼のことを「兄さん」と呼ぶ少女は、銀色の髪に静かな眼差しを持っていた。その声には、震えるような慈しみがあった。


「お兄ちゃん急にいなくならないで!」

しがみついて、その言葉を発した青い髪の少女は、わずかに眉をひそめたが、言葉には不満どころか、不思議と誇らしさが滲んでいた。まるで“兄に心を預けること”そのものが、彼女にとっての誇りであるかのように。


わたくしは──息を詰めた。


「お前ってやつは、目を離すとすぐいなくなるし、すぐに新しい家族を連れてきやがる」

「アッシュ。いい? 仕方ないけど、仕方くないからね」


わたくしは暫くの間、言葉も発せずに彼らのことをただ見ていた。目の前にいるのは、家族だった。ただの集まりではない。魂と魂が互いを認め合い、手を取り合う者たち。それが何故だか一目でわかってしまった。アッシュ・グエン・ローリーを中心にして、確かにひとつの“光”を成していた。


それが、わたくしには眩しかった。


いや、眩しすぎたのだ。


わたくしの家には、愛はなかった。あるのは血筋と責任と期待だけ。父はわたくしの未来を、道具としてしか語らなかった。母はすでに名ばかり。姉たちは優しかったが、それは弱い妹としての扱いに過ぎなかった。


──けれど、彼らは違った。


アッシュを中心に、兄妹たちは自由だった。

言葉を交わさずとも、目で理解し合い、互いを守り、遠慮なくぶつかり合う。何より、その誰もが彼の存在を信じて疑っていない。それが一目でわかってしまったのだ。


視えた未来は、時に血塗られていた。

死も、争いも、別離もあった。だが、ここにいる家族のどの未来にも、奇妙にこの少年の姿は存在していなかった。まるで未来がこの少年を避けるかのように、空白だけがそこにはあった。しかし、彼らの未来は、その空白を中心にして、曖昧にぼやけながら、どこかで必ず()()()()いたのだ。


わたくしには、それがなかった。


だから、怖かった。

あの輪に入りたいと、願ってしまいそうになることが。


「じゃあな、お嬢様。気をつけて帰れよ」


彼──アッシュは、最後に笑ってそう言った。その笑顔は、酷く優しくて、そして、取り返しのつかないほど、遠かった。


わたくしは、立ち尽くしたまま、何も言えなかった。ただ──小さな手を、そっと胸元に重ねた。

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