06 視える悪役令嬢は、王国の未来を見る
学院から王都ハイルリンの中心部までは、馬車で十分。その道すがら、わたくしは窓の外に目を向ける。今日の空は、酷く澄んでいた。まるで──何かが張り詰めたあとの静けさのように。
「オリビア様。お父上からの使いでございます」
馬車の扉を開けた執事が、小さな封筒を差し出した。家紋入りのそれは、わたくしが読むことを前提に送られている私信。
父、レイブン・ミル・ヴァルトライン辺境伯。ルーランド王国の南西部を預かる“将軍”にして、王国軍事の要の一人。その彼からの書簡には、こう綴られていた。
《近ごろ王都にて、貴族評議会内で不穏な連携が見られる。教会も絡み、北東の辺境伯を中心にした一派が“東方進軍”の再議を試みている。特にガウルを根城にする“悪魔たち”に関する情報が、彼らの動きを加速させているらしい。我々の南西の領地は静かであり、動揺は必要ない。お前は学院にて、いつも通りの振る舞いを心掛けるように。──父より》
“悪魔”。
わたくしは、その言葉にわずかに眉を寄せた。
ここ数日、王都では妙な噂が流れている。
──ガウルの地に、魔王が現れた。七つの“悪魔”を従え、王国及び大陸に復讐を始めるという。
荒唐無稽。しかし、笑い飛ばすには、火種が多すぎる。父が報せてきたこと、それはつまり、近い将来、再びこの国に戦禍が訪れるという意味だ。
あの男たちは、祖国の名のもとに他者を蹂躙することにためらいがない。その血を、わたくしも確実に引いている。
馬車の揺れが、心に重く響く。
視ようと思えば、視えてしまう。“もし、王国が悪魔たちと開戦すれば──”という未来の連なり。
血。
炎。
瓦礫に沈む王都の姿。
父の名の刻まれた断罪の石碑。
それでも、父は動くだろう。王国の柱石であるという誇りと、誤った確信を胸に。
わたくしは“悪役令嬢”として学院に戻る。誰にも知られぬように、この国がゆっくりと死に向かって進んでいることを、ただこの両の瞳に映しながら。




