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05 視える悪役令嬢は、氾濫を視る

わたくしには、他人の未来が見える──正確には、“彼らが選ぶ可能性のある複数の道筋”が、幽かに浮かび上がって視える。


それは、言葉の綾から。身振りの迷いから。交わした視線の微かな揺らぎから。たった一言、ほんの一瞬の逡巡が、まるで蜘蛛の糸のように、数え切れぬほどの「選ばなかった未来」を連れてくる。わたくしの脳裏では数え切れないほどの未来が氾濫する。


たとえば──手を伸ばしかけてやめたそこの彼の告白の先に、数年後の絵にも言えぬ幸福が見える。そこの彼女の論戦を避けた沈黙の裏に、落第と追放の影がある。


多くの人間は、「それ」を知らずに済んでいる。全てを知らずにいられることは、祝福だ。知ってしまえば、信じることができなくなる。信頼も、友情も、恋も、家族さえも──。


わたくしは、知ってしまった。


だから、見下すのだ。「選び損ねた未来を自覚していない」彼らを、滑稽な道化として。


──滑稽で、愛おしい。けれど、それ以上に、憎い。なぜあなたたちは、そんな顔で笑っていられるの?


「オリビア様は、ほんとうにお綺麗ですね。ご実家の話、また聞かせてくださいな」


そう囁いた侯爵家の令嬢は、三ヶ月後に婚約者の不義を知る。けれど、それを誰にも言えず、吐くような微笑で受け入れる未来が、いま見えている。


しかし、彼女はそれを選ばないで済むのかもしれない。それはいくつかの選択の先の、ただ未来の可能性のひとつだ。


「あなたには似合わないわ、その色」


わたくしは静かに言う。そして、結果的に舞踏会の場で彼女が選ぶことになるその衣装が、どれだけの評価を落とすのかを、心の中で数える。


相手が傷つこうと、関係はない。わたくしは“優しさ”など信じていない。未来は無慈悲で、裏切りに満ちていて、選ばれなかった可能性の未来だけが確実に積み重なってゆく。


だからこそ、仮面をつけるのだ。


氷の仮面。

傲慢な仮面。

誰よりも強く、誰よりも冷たいわたくしを演じていれば、誰も落胆と絶望に満ちた本当のわたくしに手を伸ばそうとはしない。


──ねえ、どうしてあなたは、視えなかったの?


十年も前、あの森で出会ったあなた。どうして、たった一人、あなただけの未来は、わたくしには視えなかったの?

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