04 視える悪役令嬢は、完璧な悪役を目指す
わたくしは、何も言えなかった。
シェリルが去る日、彼女の寮室には花と手紙が置かれていた。手紙は、わたくしの筆跡だった。
《ごめんなさい。あなたの未来は、わたくしには視えていたのに──》
けれど、それが出されることはなかった。出す資格がないと、わかっていた。出す意味がないと、わかっていた。
彼女の未来は、わたくしが壊した。あるいは、変えようとしたことそのものが、間違いだったのかもしれない。他人の未来に干渉しようという行為そのものが、愚かしく無意味なことだったのかもしれない。それ以来、わたくしはもう、誰にも忠告をしない。視えた“未来”に、手を伸ばすことはしない。例えそれが、本心からくる善意であっても。
わたくしは、“悪役”でいい。
誰からも憎まれていい。
恐れられて、避けられて、孤独で構わない。
──なぜなら、あの少年だけが、わたくしの“視えなかった未来”だから。あのひとときだけが、全てから解放されていた。
今でも夢に見る。森の中。木洩れ日と、彼の声。
彼だけは、すべての“選択肢”の外にいた。
だから、「わたくし……あなたを、また視てみたい」
わたくしの唇からこぼれた独り言は、誰の耳にも届かず、白い大理石の壁に消えていった。
視えてしまう者にとって、何も視えないということが──どれほどに、自由で、残酷で、美しいことか。
わたくしは、笑っていなければならない。誰も近づかないように。誰にも、同じ痛みを負わせないように。今日も、講義室の窓から学院を見下ろしながら、わたくしは完璧な“悪役”を演じ続ける。
「まあ、あの子……新しい令嬢のつもり? 髪の巻きが三世代古いのに?」
わたくしの毒舌に、周囲は気圧される。それでいい。それがいい。わたくしの罪は、わたくしが抱え込むだけでいい。
──それが、未来を視てしまう者の、唯一の贖いだから。