03 視える悪役令嬢は、沈黙を選ぶ
微笑みとは、盾でもあり、剣でもある。そのどちらにもなりきれぬ者は、学院では生き残れない。
今となっては笑える話だが、かつてわたくしも、本当に誰かを助けようとしたことがあった。愚かにもより良い未来を願ってしまった。それは一年前、わたくしが十四歳の頃。まだ王都学院に入って間もない頃のことだった。
彼女の名前は、ルーナ・エリムス。
父は下級貴族でありながらも清廉で知られた役人、母は身分こそ低いが教育熱心な商人の娘だったという。本人もまた、控えめで穏やか。何より、意志の強い眼をしていた。
──そして、彼女の未来には“破滅”の影が何より色濃く映っていた。
講義中に不注意な発言をし、その場で教師に怒鳴られる。それを聞いていた近衛兵の縁者が、父の過去の公文書改竄を掘り起こし、家ごと断罪される──。
彼女自身は何も知らない。無邪気に笑いながら、わたくしの前に座っていた。「何も言わなければいい」ただ一言、それだけで防げる未来だとわかっていた。
わたくしは、彼女を呼び止めた。
「シェリルさん。今度の講義、先生の話を遮らないようにね。特に政庁制度について話すときは……気をつけた方がいいわ」
あれは、たぶん、優しさのつもりだった。未来を少しだけ、ほんの少しだけ、変えてみたかった。
──結果、彼女はその日、黙っていた。
だが、別の生徒が語った別の話題を受けて、講義の終わりに彼女がぽつりと漏らしたのだ。
「……でも、父だったら、そんなこと、しなかったと思います」
その何の気もない言葉が問題だった。なぜ、その程度の発言がその後の未来を生んだのか。後は、悪意の連鎖だった。
彼女の父が関わったかもしれない数十年前の行政事務にまで疑いがかけられ、証拠もなく貴族院で取り沙汰され──結果、家門は剥奪。父は自害。彼女は実家ごと王都を追放された。それは、あっという間の出来事だった。
未来は変わらなかった。いや、違うわ。未来は変わった。けれど、“より悪い方”に。




