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15 視える悪役令嬢は、踊る

仮面舞踏会と呼ばれているのは、その場に集う全ての者が、本音と建前を二重にまとって踊るからだ。


正確には、学園内で催される定期社交会──貴族子弟たちが社交礼儀と家柄を競い合う、いかにも上等な催し。だが実際は、誰が誰と踊った、どの家の跡取りがどの爵位に色目を使っているか、そんなものばかりを観測し合う場である。


私は、そんな舞台でひときわ目立つ位置にいた。


ヴァルトライン辺境伯家の令嬢。

ただでさえ注目されやすい身分の上に、あえて毒舌をふるい、周囲を挑発する態度を取っているのだから当然だった。


「またオリビア様が、シャルロット嬢に啖呵を……」

「王子の婚約者候補にあんな言い方を……」

「でも、誰も反論できないのよね。あの人、全部、視えてるらしいから」


──知っているのだ。

生徒たちの噂。教師たちの視線。私が“未来を知る女”として、恐れられ、距離を置かれていること。


だがそれでいい。私に優しく笑いかけてくる者ほど、未来では手のひらを返すのだと、私は何度も視てきた。


仮面をかぶるのがこの学院の常識なら、私はその中でもっとも毒の強い仮面を選ぶ。誰にも、私の素顔を覗かせはしない。


「そういえば、最近──また誰かいなくなったんですってね」


重なり合う笑い声の輪の中で、侯爵令嬢たちが囁く。


「ええ、ハーリス家の姉弟。爵位はあっても下町育ちの新興貴族ですもの。風に飛ばされたのよ、どこか遠くにね」


「風……それがどこから吹き込んで、どこに吹き抜けていくのか、考える者は少ないわ」


私は、まるで予言者のような口調でそう告げた。笑いの輪が一瞬だけ凍りつき、そしてまた意味ありげな笑みに溶けていった。


──視えてしまったものを、わざわざ口にする必要はない。


彼らが、もうどこにもいないということを。その未来が、か細く途絶えたことを。わたくしの仮面の下にあるのが、虚ろな顔であることなど、誰も知らなくていい。


「オリビア様、一曲お願いできますか」


声をかけてきたのは、侯爵家の次男坊。計算ずくの笑顔。甘い台詞。けれど、その未来は既に裏切りと終焉に染まっていた。


「あなたの未来、見えてますわ。踊るほどの価値もない」


微笑とともに、私は言葉で彼の立場を奪い、周囲の注目を意図的に集めた。悪役令嬢としての使命を全うするために。


──私の未来は、誰にも視えない。けれど私は、誰よりも未来に傷つき、誰よりも未来に飢えている。


「誰か……わたくしの未来を視てくださいな」


声には出せない、その願いを胸の奥にしまい、私は仮面を外さずに踊り続けた。ひとりきりの舞踏会を、誰よりも狂ったように、誰よりも華やかに。

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