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14 視える悪役令嬢は、正義の王子を諌める

昼下がりの庭園。王族のために設えられた専用区画は、貴族学院の中でも最も静かで最も退屈な場所だった。


その石畳の端に、王家の第二王子──レオン・ルーランドは佇んでいた。整った顔立ちに蒼銀の髪、北東の辺境伯を叔父に持ち、王族に相応しい気品と威厳を備えながら、その眼差しには常に「怒り」に似た焦燥が灯っている。


「またひとつ……王国の傷が広がった」


噛みしめるように吐き出された言葉。わたくし、オリビア・ミル・ヴァルトラインは、軽やかに扇子を揺らしながら、その背後から現れる。


「まあ。何かご不満でも?」


「君は聞いただろう。ハーリス家の姉弟が姿を消したことを」


「ええ、聞きましたわ。病気療養という建前で学院から除籍されたのでしょう? ありがちな話ですわね。──地位も金も薄い者ほど、常に見えぬ風に吹き飛ばされる。貴族社会の摂理ですわ」


わたくしの声音は、透き通るほど冷ややかだった。


「それを、当然と受け入れるのか?」


「当然とまでは申しておりません。──ただ、王子殿下のように、それを悲しめるお立場が羨ましいだけですわ。理想を口にすることの尊さを、私には笑う資格すらありませんもの」


「君は──そんな皮肉を本気で言っているのか?」


レオンの目が射るように細められる。わたくしは笑った。冷たい仮面を、微動だにせずに。


「すべての“正しさ”が実を結ぶのなら、貴族の家に生まれたすべての子供は幸福になっているはずです。それでも滅びていく家があるのは──正しさが世界を救うほどには、世界が甘くないという証明ではありませんか?」


風が吹いた。白薔薇が一輪、レオンの足元に落ちる。彼は黙ったまま、それを拾い上げると、やがて小さく呟いた。


「……この国は、僕の思っていたよりずっと冷たい」


「ようやくお気づきに? でもご安心を。殿下が震えている間にも、世界は誰かの悲鳴で温まっていますわ」


扇子を閉じ、くるりと舞うように踵を返す。仮面は、崩れない。それが、オリビアという“悪役”の選んだわたくしの立ち位置だった。


──彼の未来は、もう視えない。近くに途絶えている。だからこそ、彼の正義は、眩しすぎて哀れだった。

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