12 視える悪役令嬢は、王国の終焉を視る
学院の掲示板は、いつだって“未来”に溢れている。
新設される研究科目の告知、社交行事の予定、爵位継承に伴う貴族子弟の転入情報。それらはどれも、「この国が明日も変わらずに続いていく」ことを前提とした情報だった。私は、その掲示板を冷ややかに一瞥する。
──滑稽だわ。
どんな美辞麗句が並んでいても、その裏側にある未来は、私には見えている。この国は揺れている。水面の下で蠢いているのは、泥ではない。血だ。粛清の風だ。
いくつも、そう、無限にも思えるほどあったはずの未来の可能性が、たったひとつの結末に向けて収束し始めているのを、わたくしは直視せずにはいられない。
「……ヴァルトライン侯の監査だと?」
教師たちの囁きが、風に紛れて聞こえたのは、ほんの数日前のこと。それが事実かどうかなど、私にとっては意味がない。その瞳を見ればわかる。
私の父は、王国に忠誠を尽くしてきた。西方辺境を束ね、内外の軍政を維持し続けてきた。だが、それは同時に、最も早く邪魔者とみなされる立場でもある。
──いずれ、父は排除される。
それが私の能力に映る、彼のたったひとつの結末だった。つまり、わたくしの未来もきっと彼のそばにある……。
掲示板の前には、未来に浮かれる貴族の子弟たちが笑い合っている。彼らは知らない。自分たちにあったはずの無限に思える結末が、どれほどわずかなものとなっているかを。
私はそこに立つ。仮面のままで。紅い花が風に揺れる。それは、遠い土地で流れる血と同じ色だった。
──この国の“未来”が既に歪んでいることに、なぜ誰も気づかないのか。
教壇から聞こえてくる歴史の講義も、社交の授業も、まるで何も変わらない顔をして続いていく。
そう。誰も気づいてなどいない。この学院にいる者たちは皆、自分が主役であると信じている。この世界は、決して終わらない物語だと、疑いもせずに。私だけが、終焉を知っている。私だけが、この国が静かに沈んでゆく音を聞いている。
それでも私は、何もできない。
──なぜなら、私は自分自身の未来が視えないからだ。私は悪役令嬢。誰の物語にも主役として登場しない存在。けれど、それでいい。私は今も、仮面を脱がずに立ち続けている。
笑うためじゃない。生き延びて、もう一度だけ彼を、この目で視るために。




