01 視える悪役令嬢は、冷たく微笑む
──微笑みとは、凶器である。
誰よりも優美に振るい、血を流さずに殺すための道具。わたくしはそのように教えられて育った。
ルーランド王国、王立学院。その名が示すとおり、ここは選ばれた者たちの園だ。格式、資産、家系、血統。すべてを兼ね備えた者だけが許される学び舎。そして、その中にあってさえ、わたくし──オリビア・ミル・ヴァルトラインは、一段高い場所に立っている。
ヴァルトライン辺境伯家。西の守りを一手に担う軍門の家系。戦で栄え、剣で秩序を敷いてきた誇り高き家の令嬢。その名に相応しく、わたくしは王立学院において「冷血の令嬢」「氷の華」などと陰で囁かれている。
本当に馬鹿馬鹿しい。愚かな字、愚かな噂──。
「オリビア様の前で口を滑らせた者は、三日と経たずして退学よ」
「一度睨まれたら最後、立場も、命だって全て持っていかれる。まるで“人狩り”ね」
ふふ、なんて愉快な比喩でしょう。嘘ではない。わたくしは容赦なく、敵も味方も「可能性」ごと叩き潰す。感情的な衝突は好まない。代わりに、試験の一点、言葉の綾、教師の信頼、舞踏会の座席──あらゆる局面で「未来の地雷」を見つけては、他者の優位を事前に破壊しておく。
なぜか?
それは、わたくしには“未来の可能性のすべて”が視えてしまうから。選ばなかった可能性を含んだすべてが、憎たらしくも、わたくしの目には映り込んでしまう。
失言による評価の失墜。愛人問題で屋敷が炎上する未来。騎士団での裏切り。親が不正に手を染めて粛清される日。……皆、無垢な顔で笑いながら、絶望の縁に立っている。その「可能性」が、影絵のようにわたくしの視界に常に浮かんで見えるのだ。
反対もそう。そこに立っている人間が、なぜそのような無様な現実を生きているのか、愚かしく思ってしまうような未来が視える。誰かがどの道を選んでも、「別の幸福への道」が透けて見えてしまう。
だから、近づかない。誰かと絆を結べば、必ずそこに「崩壊の未来」が見える。幸福から滑り落ちた「哀れな未来の現実」が透ける。だったら最初から、毒を盛る。爪を立てる。嘲笑う。
「まあ、そのドレス……さすがは平民上がり。色彩の毒が目に痛いこと」
「貴族の嗜みを語るなら、まずは口元の品位を覚えてからにしなさいな」
わたくしの微笑みは冷たい。けれど、その冷たさは、わたくしを守る「最後の境界」だった。
この力のことは、誰にもはっきりとは言っていない。言えば哀れみか、狂気としか受け取られないから。だから、悪役でいい。そうでなくては、生き残れない。
──ただ一人、例外がいた。
あの少年。森の中で、たった一度だけ出会った、その名だけを知ることができた彼。彼の未来だけが、その絶望も、幸福も、何ひとつだって、わたくしには視えなかった。純粋に現在だけを生きる魂そのものが立っているかのようだった。それが、どれほどに……恐ろしく、そして羨ましかったことか。
この目は、如何様にも使えたでしょう。如何様にも王国の権威に取り入れたでしょう。政治、軍事、経済、との分野にでも活用して地位も、名誉も、栄光も、全てを手にできたでしょう。でも、視えなかった彼を思えば、そんなものの一切がくだらなく思えてしまうの。