6話「聞いてくれよ。家に美少女が二人居るんだけどさ、マジでツラい。」
メイダントには様々な酒場がある。
チセがイリーゼットと共に向かったのは、
その中でも特に物静かな…
いわゆるプライベートバーのような
オシャレなお店だった。
「やぁーーー!!」
イリーゼットは扉を蹴破る。
「ワァァァァアァァァァァ!?待て待て待てって!!」
店主がビックリして手に持ったグラスを落とし割る。
「こんにちは!ツレイ、奥の部屋を使わせて!」
「…お邪魔する…」
「ふぇ!?何だ、何かやらかしたのかと思ったじゃねぇかよ…」ツレイと呼ばれた、幸薄そうな雰囲気の男性は箒を手にする「てか、他の客が居たら帰って二度と来なくなるから、頼むから静かに来てくれないか…?」
「え、やだ」
「何でだよ!?マジでこの店潰れるからやめてくれ!」
「挨拶は元気よくってエステルにも教えてるもの」
「あぁ、言うこと聞けないお嬢ちゃんだなァ?後でパチパチするオレンジジュース持ってきてあげようなァ?」
「あ、そう、密造酒が欲しいな」
「わぁーーーわぁーー!!お客様こちらになりますぅ!!」
……チセが理解をやめてやり取りを見つめているうちに、
ツレイは店の奥、ストリングカーテンを開けて
奥へと自分達を案内する。
「…あんた、見かけない顔だな?」
案内されている間、ふとチセの隣にツレイが並んで
声をかける。
「チセと申す。この街の邪なる者どもを成敗すべく、そこのイリーゼット殿とこれから作戦会議にござる」
ツレイはそれを聞いて何度か頷いた。
そして。
「…カッコいいと思ってるのか?その喋り方」
……。
「にゃんでぇぇぇぇぇぇ!!!?」
チセは慟哭した。
「え、ダメなの!?東方から苦労してここまで来たのに、カッコよく母国の言い回しで話す事すら許されないの私!!?」
「あァ、泣かせた?」
イリーゼットが悪魔のような微笑みで振り返る。
「ぁぁぁぁぁ違う、そうじゃなくて!俺が悪かったよ!悪かったから剣を抜くのやめてくれ二人とも!!」
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
「…んーとね」
イリーゼットがテーブルにメイダントの
詳細な地形が描かれた地図を広げる。
ちなみにここは狭い流し場と、
いくつか簡単な食器群が入った戸棚と、
このテーブルセットがあるだけの空間だ。
…どう考えてもあのツレイの居住スペースだ。
奥の部屋っていうから個室だと思っていた。
チセはツレイに少し申し訳ない気持ちになる。
「今、ここに居るの私達」
「あぁ」
「で、スーツの製造工房はここ」
………。
んん?
「待ってくれ」チセは片手で頭を抱える「待ってくれ?」
「うん、あんまり待つの得意じゃないけど」
「えぇと」
「ご質問はご意見箱にお願いします」
「聞かないスタイルぅ!!?」
「そ、そうじゃなくてだな!!」チセはイリーゼットを見つめる「何でもう既に敵の本拠地がわかるんだ!?」
「龍王ケイオス氏からの情報筋です」
「いや誰ぇ!?この店に入る前は分からないような雰囲気だったよね!?いつ!?いつ分かったんだぃ!?」
「ネズミと友達なんだ」
「いみふめーーーい!?」
「それに…」急にイリーゼットの表情が真剣になる「多分ね…身内の犯行の気もするのよね」
「身内?」チセは首を傾げる「と、言うと?」
「あのね、チセちゃん」
イリーゼットの視線が向けられる。
キラキラと見えたアクアマリンの瞳は、
よく見れば雪原に穴を開けたクレバスのような、
吸い込まれ、帰って来れなくなりそうな。
そんな深みをたたえていた。
チセは自然と唾を飲み込む。
「…あのスーツは、市井に出回っちゃ困るよね?」
「…どう言う意味だ?」
「そのまんま」イリーゼットは視線を逸らさない「一般的な人達でもある程度の収入があれば、アブソルーブスライムの耐久性を持った服が手に入る。将来ここが敵の手に落ちたとしても、その服を持っている人は生き残れる」
イリーゼットの言わんとしていることは、
何となくチセには察せた。
確かにこの辺境の街は常に魔物や魔族の襲来を
受け続けている。
魔王は行方が知れず、
人類と魔の者達との闘いは既に決したはず。
だが依然として旧魔王領の精兵は
虎視眈々とこの街を狙い続けているのだ。
だが。
「…それが分別のつかぬ外道の手に渡るのなら、何の意味もなかろうよ。内部から食い荒らされるだけだ」
「分かった」
イリーゼットは地図を丸めて片付けると、
ツレイの店の方へと歩き出す。
少し遅れてチセも続く。
「お、もう良いのか?チーズとワインを見繕っ」
「うまい!」
「ちょ、おま」
「うまい!うまい!」
チセが追いついた時、
空の大皿と空の二つのグラスをお盆に乗せた
ツレイが呆然と立ち尽くしているのが見えた。
「お、お邪魔した」
チセは軽く頭を下げてイリーゼットの後をついていく。
「お、おぅ…次からはちゃんと客として来てくれ…」
「またね!ツレイ!」
「てめぇは二度とくんな」
店を出ると、大量のネズミの集団が
ワサワサと通りへと消えていく。
(あんまり衛生的じゃないな、この辺は)
あんなにお洒落なバーがあるのに、勿体無い。
「行こう!チセちゃん!」
「あぁ、イリーゼット」
「長いからリゼでいい!」
「分かった、リゼ!」