恋の始まり
リセルはオルトン皇国の大商会であるハインズ商会の娘として、何不自由なく育てられた。
両親は、二人で必死に働いて小さな商会をオルトン皇国で一、二を争う商会にしたという。
だから、両親はいつも商売で忙しかった。自分と年子の兄チェイスの面倒を見てくれたのは、祖母のナタリアとメイドたちだった。
ナタリアは事あるごとに
「どんなに恵まれていても先には何があるか分からないものよ。私とあなた方のお母様のジョジーナはエルサス王国の貴族だったけれど、突然戦争に巻き込まれて、財産も領地もすべて失ったの。あなた達のおじいちゃんも亡くなった。だから、あなた達も恵まれているからってそれに甘んじていては駄目よ」
そう言っていたから、勉強はしたし、得意なものを見つけようとした。
リセルは刺繍好きなナタリアの影響なのか小さい頃から針と糸でいろいろなものを作るのが好きだった。刺繍はもちろん、ぬいぐるみの服や自分のエプロンも作った。
ナタリアはいずれ役に立つことがあるからと、リセルとチェイスに貴族のマナーも教えてくれた。
エルサス王国を出た時からジーナと名乗っている母も貴族相手の商売の時は元伯爵令嬢の立場がとても役に立っていると話していた。
母のジーナは楚々とした外見からは想像がつかないほど精力的に仕事に走り回っていた。
それでも、家に帰って来るとすでに寝ているリセルとチェイスの手を取って、「大好き、大好き」と頬や額に沢山のキスをして起こしてしまうことが何度もあった。二人にとっては少し迷惑だった。
父のマーレイも仕事では厳しい人だと聞いてはいたが、子供にはとても甘い人だった。だから父が家にいるといつもリセルやチェイスは彼に纏わりついていた。そうすると母が焼きもちを焼くのでリセルはそれも楽しかった。
リセルが九歳の頃、マーレイが暴漢に襲われ、その傷が原因で帰らぬ人となった。あの楽しい家族の団欒は突然消えてしまったのだ。
兄のチェイスはしっかりして見えた。知らないところで泣いていたのかもしれない。
リセルはショックでしばらく口がきけなかった。
(おばあちゃんの言うことは本当だった。先に何があるかなんて分からないものなんだ)と思った。
母のジーナは父が亡くなってからは殆ど食事もせず、すっかり憔悴し、もしかしたら母までいなくなるのではないかとリセルはとても心配した。
でも母は気を取り直してからは強かった。
「私が絶対に貴方たちを守ります。これからはどこに行く時でも護衛を二人ずつ付けます」
「それって学校の中もなの?」
リセルが聞くと、チェイスも
「えっ、恥ずかしいよね」とリセルと顔を見合わせた。
「恥ずかしさなんて、この悲しみに比べれば大したことはありません。分かったわね?」
「「......」」
二人とも俯いて返事をしなかった。
「もう、仕方がないわね。学校内は一人の護衛で対処してもらいます」
学校は、貴族の子女の淑女や紳士向けの学校ではない。
貴族の子供から平民の子供までの実力主義の学校で、初期教育学園は八歳から十二歳まで。一般教養のほか、外国語などを学ぶ。
その学園を卒業すると七割くらいの生徒は十三歳から十八歳までの専門教育学校に進む。授業内容は選択制になり、経営や法律、土木建築など専門的になる。
教育を受けるというのはお金がかかるから、裕福な家庭の子が多い。
メイドや執事見習いなども付いて来る生徒もいる。護衛一人くらいならば仕方がない、と二人は思った。
それでもリセルが学園の時は、年配の護衛騎士で温かく見守ってくれていた。
リセルが十四歳になったある日、いつもの護衛騎士が体調を崩し、臨時にキーナンと言う若い護衛が付いた。
キーナンはリセルに会った途端に
「嘘だろ! まさか、ホントか?」と小さな声で言った。
その言葉をしっかり聞いたリセルは、(この人最低!)と思った。
つまりキーナンの第一印象は最悪だった。
いつもの護衛騎士の話では、キーナンは、商会員として働いているが、騎士学校に通っていたこともありすごく強いと言う。だから護衛の人手が足りない時は護衛として駆り出されることもあるらしい。
それからは、たまに、リセルの護衛としてキーナンが着くようになった。
専門教育学校は教科選択の単位制なのでチェイスと一緒に学校へ行くことがなくなった。チェイスは授業のない日は母ジーナの秘書見習いをしている。
だから馬車には護衛と二人きりになる。
キーナンが護衛の時は、こんな失礼な人とは絶対に口を利かないとリセルは決めて、本を読んでいるか外を見ていた。
そんなある日、キーナンがリセルに聞いた。
「リセルお嬢様は私が嫌いですか?」
「う~ん、どうだろう。あなたのことは何も知らないから何とも言えないかな」
「そうか、まずはそこからか」
「?」
「私は、現在十八歳で半年前にあなたと同じ学校を卒業して、ハインズ商会に商会員として採用されました。私の父には四人の妻がいまして、私は六番目の息子になります。父の跡を継ぐのは身分の高い妻の息子の三人から選ばれるので、四番目以降の息子は自分の生きる道を自分で捜さなくてはいけません。私はまず騎士になろうと思って騎士学校へ行ったのですが、なぜか二年ほどで教師が私に教えることはもうないと言われまして、学校にも私に勝つものがいないものですから、面白くなくなってしまいまして、それでは商人になろうと思い立ち、学校を変えたわけです。卒業してハインズ商会に採用されたことはとても幸運でした。まだ見習いなので時間はあります。そこでお嬢様の護衛を引き受けたのです。これで私のことは分かっていただけたでしょうか」
「は? えーと、少しは。でも、やはり分からないわ」
「なにがですか?」
「どういう人間なのかってことかな。でも、もういいわ。別にあなたに興味があるわけではないし」
「いや、それは困る。私に興味を持って欲しい。どうしたらいい?」
「そんなこと私にわかるわけないじゃない。もう知らない!」
リセルがぷいっと、そっぽを向くと
「か、かわいい」
キーナンはそう言って頭を抱えてしまった。
今度はリセルが戸惑う番だ。面と向かってこんな風に言われてしまったら、これからキーナンを気にしてしまうではないか。
それでなくても、彼の外見だけは短いダークブラウンの髪に緑の瞳が魅力的で、絶世の美男と言われる皇帝陛下にどことなく似ているのもリセルの好みなのだ。
キーナンは、正式名をキーナン・ルロイ・オルトンと言う。この国、オルトン皇国の第六番目の皇子だ。
父親は皇帝のオールディン・ウォルシュ・オルトン。
オールディンには皇妃と第一から第三までの側妃がいる。
皇妃には二人の息子がいて、第一側妃に一人の息子。第二側妃に二人、そしてキーナンの母である第三側妃に一人。また、会わせて三人の王女たちは、国や外国の貴族たちと結婚、あるいは婚約が調っている。
四人の妃のうち二人の妃は近隣諸国の王女で一人はこの国の公爵家の娘だから、オルトン皇国の南西にある小国の公爵家の娘であったキーナンの母が地位的には一番低い立場だ。政略結婚でないのはキーナンの母だけともいえる。皇帝のオールディンが外遊した時に見初められたのだ。
キーナンの母アリアナのそのまた母親、つまりキーナンの祖母シェイラはその小国シャトナの神子だった。シャトナには昔から不思議な能力を持った者が生まれる。彼らは神子として神殿に仕えることが義務付けられている。
シェイラはほんの少し先の予知ができることと、人の持つ霊力や人格を色で見ることができた。
シャトナの公爵家に嫁いだ後は、四人の子供をもうけたが、誰もシェイラの能力は引き継がなかった。
シェイラはそのことを喜んだ。能力故に要らぬ苦労を強いられることもあるからだ。
アリアナがオールディンの歓迎舞踏会で見初められたときは、ある程度予測していたことだったので驚きはしなかった。また彼の持つ色も覇者の色、藍色だったので、国もしばらくは安泰だろうと思った。
アリアナは不安そうではあったが、国としては大国の皇室と縁づくことは願ってもないことだったので、アリアナはオルトン皇帝の第三側妃として嫁ぐことになった。
そしてキーナンが生まれた。
キーナンが五歳過ぎてアリアナに聞いたことがある。
「どうして、あのお妃さまの後ろに赤いもやみたいのがあるの?」
あの時の驚いた母の顔は忘れられない。
「キーナン、それはいつも見えてるの」
「見える時もあるし、そうでない時もある」
「そのことは、お母様以外には絶対に言っちゃだめよ。約束できる?」
「はい」
「その代わり、もう少し経ったら、お母様の祖国のシャトナに行っておばあさまに会いましょう。おばあさまもあなたと同じように人の周りに色が見えるの。だからお話を聞きましょう」
七歳になって、やっとシャトナの祖母に会えた。
「あなたはどのように人の色が見えるの?」
「色のついた霧のようなものが人の後ろにゆらゆらとするのです」
「私は人の頭の上に輪になって見えたけれどね。それでいつも見えるの?」
「いいえ、昨年、熱を出してからは見ようとしなければ見えなくなりました」
「自己防衛をしたのね。それは良かったわ。私は修業が必要だったけれど。それでどんな人がどんな色なの?」
「お妃さまたちは濃い赤から少し薄い赤」
「それがどういう意味か分かる?」
「たぶん、お母様のことをあまりよく思っていないのではないかと思うのです」
「なるほど。他には?」
「たいていの人は薄いオレンジ色かな。灰色や、茶色の人もいます」
「陛下は?」
「きれいな藍色です」
「自分の色は、分かる?」
「いいえ、鏡に映しても全く分かりません」
「あなたもなのね。自分のことは自分で知らなくてはいけないということね」
「はい」
「これから様々な人と出会って、どういう人がどの色を纏っているかを学ぶことになるでしょう。色が複雑で濃い人はあまりいい人ではないから気をつけましょうね」
「わかりました」
「キーナン、能力があるからと言って、すべてが上手く行くなんてことはないわ。その力があるために悩むこともあるかも知れない。謙虚に生きるのよ」
「はい」
「それから、真っ白な人に出会った時は、あなたの運命の人だから大切にしなさい」
「運命の人って?」
「あなたのお嫁さんになる人よ。その人と一緒になると幸せになるの」
「おばあさまもそうなのですか?」
「ええ、そうよ。いつ出会えるかは分からないし出会えないかもしれない。それは、おばあさまにも分からないわ」
「運命の人......」
『第四皇子以降は自分で自分の道を見つけるように。爵位を持つものばかりを増やしてもしようがない』と陛下から言われていたので、キーナンは八歳から騎士学校に行くことにした。
そして、そこで別な能力にも気が付いた。
なぜか相手の繰り出す技が分かってしまうのだ。シェイラの言葉がいつも脳裏にあったから、それに奢らず鍛錬を怠ることはなかったので、いつの間にか誰もキーナンを倒せなくなってしまった。教官もしかりだ。
だから、キーナンは騎士学校をやめて、商人になった方が面白いのではないかと思うようになった。
そこで十五の頃にチェイスたちと同じ学校に移った。
チェイスが専門教育学校に入学してきたのは、それから一年後だった。チェイスは綺麗な緑色を纏っていた。人の話をよく聞き、頭もいい。大金持ちなのに謙虚さを持っている。好奇心も旺盛だ。喧嘩の仲裁も上手いから周りの者に慕われている。
キーナンはいつしか彼と一緒に働きたいと思い、ハインズ商会で雇ってもらおうと決めた。
それが、運命の人との出会いになるなんて人生とは分からないものだ。
学校では、自分は女子生徒に人気があることは知っていた。でも誰一人白い靄を纏っていなかった。
キーナンに寄ってくる女子生徒はたいてい濃淡の差はあれピンクだった。
正直、うんざりしたし、運命の人とは出会うことは無いのかもしれないと思った。
だから、白い靄を纏うリセルと会った時は喜びと同時に驚きも大きかった。
つい、「まさか」と言ってしまった。そのせいてリセルに嫌われたかもしれないとは思った。
こちらが運命の人だと思ったところで、相手はそう思っていないということをキーナンは初めて知った。
愛しい人を手に入れるためには努力しなくてはいけないのだ。
キーナンも忙しくなってきたから、リセルの護衛をするのは、一、二か月に一度の割合だった。それでも急がずに少しずつ距離を縮めて行った。
馬車の中では天気の話から始まって、仕事の話やリセルが服飾店で見習いを始めた話、共通の科目の試験問題の話などをして、楽しい時間を過ごすようになった。
お蔭で試験の成績が良かったと言われた時は嬉しかった。
リセルが十五も半ばになった頃に、キーナンは悩み始めた。
貴族と違って、結婚や婚約を急ぐ必要はないのかもしれないが、それでもリセルが自分以外の誰かと結婚なんて許せるはずもない。
そろそろ、ジーナ商会長にリセルと結婚させて欲しいと伝えなければならない。ジーナ商会長はキーナンが第六皇子と言うことは知っているし、彼女のことだから『リセルの気持ち次第』と言うだろう。
だが、リセルに本当のことを伝えたら、リセルは自分と距離を置きそうな気がする。
彼女が運命の人だからなのか、ふんわりとカールされた亜麻色の髪。透き通った大きな美しい青い瞳。桃色の小さめな唇。そして彼女の一挙手一投足がキーナンの琴線に触れるのだ。だから距離なんか置かれたら、もう何も手につかなくなりそうだ。
そういえば、リセルとはデートもしていないではないか。最近は少しは自分に好意を持っていてくれそうな気もするが、もっともっと自分を好きになってくれればどんなことでも受け入れてくれるに違いない。
というわけで
「リセルお嬢様、今度、どこかに......」
「キーナン。二人きりの時はリセルって呼んでいいよ。キーナンにお嬢様って言われると背中がむずがゆくなるの。なんでだろ?」
「では、リセルさん」
「だから、二人の時はリセルでいいよ」
キーナンは、今までの努力が報われたと心ひそかに喜んだが、ここは押さなくてはならない。
「リセル、俺と一緒にどこかに行かないか? 行きたいところはない?」
「ん? そうだ! 今、南の国のザヴィエから舞踏団が来ているの。民族衣装が素晴らしいって評判だからとても行きたいの。でも、興行している場所が少し治安に不安があるのと、時間が遅いから、母さまが許可をしてくれなくて。キーナンと一緒なら大丈夫かもしれない。頼んでくれる?」
「分かった。何とか説得するよ」
「わー、ありがと。キーナン大好き!」
キーナンは知っている。この『大好き』は恋愛感情からくるものではないと言うことを。
でも、積み重ねが大事だから今はこれでいいと思うことにした。
キーナンはジーナに時間を取ってもらって商会長の部屋でリセルがザヴィエの舞踏団の公演に行きたいこと。自分が説得を頼まれたこと。必ずリセルを守るので行くことを了承して欲しいと頭を下げた。
「話はわかったわ。それであなたはリセルのことをどう思っているの?」
「好きです。大好きです。将来は結婚したいと思っていますし、出来れば今は婚約だけでもしたいのですが」
「あなたの立場を思うと、即答できないわね」
「というと?」
「皇室から再三問い合わせが来るの。あなたは自分が思っているほど自由じゃないかもしれない」
「すぐ上の兄は音楽演奏家になって放浪していますし、その上の兄は鉱物の研究であちらこちらの山を歩いて、同じ研究家の人と結婚もしています。なぜ私だけが?」
「縁談があるのかもしれないわよ。まあ、とにかくリセルを悲しませることだけはやめてね」
「どんな障害があっても、乗り越えてみせます」
「そう......。今回は公演に行ってもいいわ。リセルも楽しみにしているでしょう。ただし少し離れたところに護衛を二人ほどつけるわ」
「分かりました。ありがとうございます」
そして、キーナンがデートだと思っている日がやって来た。
リセルが作ったと言う白いレースの付いた青いワンピースと小さな真珠のイヤリングがとても可愛らしくて、、思わずその頬にキスをするところだった。
舞踏団が興行している劇場の前の道は狭く、馬車の乗降場からは少し歩かなくてはならない。
キーナンは「ここはあまり安全と言えない地域だから俺の手を離したら駄目だからね」と言ってずっとリセルと手を繋いでいた。
劇場に座って、リセルに「もう大丈夫」と言われても、聞こえないふりをしていた。
劇場からの帰り道は、リセルは興奮して
「あの衣装、ぴったりと体についているのに動きを邪魔にしなかったわ。もしかして伸び縮みする生地なのかしら? 欲しいわ。それに足のスリットが魅力的。踊りも素晴らしかった」
「気持ちは分かるけど、リセルはあのような服は着たらだめだからね」
「私だってさすがに街中では着ないわ。家の中でなら良いでしょ」
「じゃ、俺だけに見せて」
リセルは目を見開いていたが、その時に自分たちの後をつけて来る者の気配に気が付いた。
護衛ではない。多分護衛はその後ろにいるのだろう。
リセルに今の状況を怖がらせずに伝えなくてはならない。
「リセル、後ろから三人のよろしくない奴らが付いてくる」
「でも、まだ周りに人がいるわ」
「たぶんあの路地にひっぱり込むつもりだ。そこにも一人いる。金持ち目当ての常習犯だろうな」
「どうするの?」
「後々のために懲らしめておきたい。リセルには指一本触れさせないから」
「わかった」
「こちらから路地に入る。そうしたらリセルは路地の壁に背を付けてしゃがんで目をつぶって十を数えて。その間に始末をつける」
リセルは大きく頷いた。
路地に入ると案の定三人の男たちがやって来た。一人も路地の後ろから出て来た。
リセルはキーナンの言われたとおりに壁に背を当ててしゃがんで目を瞑った。バタン、ドンという音がしたけれど目を開けずに数字を数えていた。
六まで数えたところで
「リセル、もう大丈夫だよ」
男たちが目の前に倒れていた。
「キーナン一人で倒したの?」
「ああ、大した奴らじゃなかったよ。気を失っているだけだから安心して。じゃ、行こうか」
続けて通りに向かって「後はよろしく」と言った。
「もしかして、母さまが護衛を付けてくれていたの?」
「ご明察」
「相変わらず過保護だよね」
「初代会長のことがあるからね。心配なんだ」
リセルは自分の部屋に戻り、ぬいぐるみのララちゃんを抱えた。考え事をする時にはいつもそうする。
キーナンの温かい大きな手。凛々しい横顔。思い出すと何だかドキドキする。
学園時代の男の子には感じなかった想い。
(あんな風に扱われたら、誰だって好きになる。私だけ特別? それともみんなに優しいの?)
今までのことを考えると嫌われてはいないと思う。でもすごく不安になる。いろいろな思いが頭の中に浮かび、リセルはなかなか寝付けなかった。
次の朝、仕事でジーナを迎えに来たキーナンに玄関の広間で会った時は顔に熱が上がるのが分かった。
「会長、お嬢様の顔が赤いのですが、熱でもあるのではないですか? 今日は学校を休ませた方がいいのでは?」
そうキーナンに言われてリセルの顔を見たジーナは彼女の気持ちを悟った。
「朝のスープがちょっと熱かったのよ。ね、リセル?」
「う、うん。心配してくれてありがとう。じゃ、学校へ行くね」
それからは、度々、キーナンに誘われるようになった。だからリセルは思い切って聞いてみた。
「キーナンは、皆に優しいの? 好きな人はいないの?」
「この際だからはっきり言うけれど、好きなのはリセル一人。大切なのもリセル一人。リセルは?」
直球で返されて、リセルはしどろもどろになってしまった。
「えーと、キ、キーナンが好きかも......」
「嬉しいな」
キーナンは宝物を扱うように優しくリセルを抱きしめて、額や髪にキスをした。
リセルは思った。
(両想いって奇跡のようなものだって誰かが言っていたけれど、奇跡が起きたわ!)
キーナンにとっても、二年近くの努力が実った瞬間だった。
短編にするつもりが、少し長くなり、三つに分けました。よろしくお願いします。