4話 シンシア先生との出会い
「女家庭教師を、ラビニアとジュリアに?」
「ああ。相応しい教育を、二人にもと思ってな」
お義父様とお母様が結婚して間もないある日のこと。
ラビニアお姉様とピアノのレッスンをしていた時に、隣の部屋から二人の声が聞こえてきた。
「ピアノとダンスのレッスンなら、今の教師で十分ですのに?」
「それ以上の教育をと思っているのだ、私は。実際エラには、その女家庭教師に教育をさせている」
「まぁ、我が娘の教育に、ヘンリー様は不満がありますの?」
「姉妹は平等に扱いたいのだ。3人への教育も平等にと思ってな」
私は正直、勉強はあまり好きではない。
レッスンを受けるなら、ダンスや乗馬のほうが楽しい。
――でも、あの天使と見違えるほどかわいらしいエラ、あの義妹と一緒にいる時間が増えるのなら。
「私、どんな勉強でも頑張ってみせますわ!」
「どうされたのです?ジュリアお嬢様」
ピアノ教師のマリア先生に言われ、私は我に返った。
「何でもありませんわ、先生」
そう言って私は、レッスンに戻る。
正式に女家庭教師であるシンシア・ジョーンズ先生を紹介されたのは、その3週間後のことだった。
赤茶色の髪を後ろで結わえ、控えめなドレス姿の彼女は、女性に似合わぬ眼鏡をかけている。
「緊張しなくてよいのですよ、ジュリアお嬢様」
眼鏡の向こう側のエメラルドグリーンの瞳が、私を優しく見つめる。
「いえ、その、眼鏡が珍しくて――」
私がそう言いかけると。
「大丈夫よお義姉様。シンシア先生は厳しいときもあるけど、本当はとっても優しいのよ!」
天使のように透き通った、義妹エラの声に私は励まされる。
「それにね! シンシア先生はね、ローズベリー王立魔法アカデミーを出ているから、何でも知ってて賢いの!」
「ローズベリー?」
私が聞き返すと、エラのアメジスト色の目が輝いた。
「ローズベリー王国は、ナーロッパ大陸の北西にある小さな島国だったんだけど、魔学の発展により産業革命が興り、海洋貿易で発展して今では7つの海を支配していると言われているの。連合王国とも呼ばれているわ」
「すごい!エラって何でも知っているのね!」
私はそう言ったのだけれど、
「――」
エラは押し黙ってしまった。
「――?」
一瞬の沈黙が流れたけれど。
「ラビニアお嬢様、ジュリアお嬢様。これくらいで驚いていてはいけません。私の授業はもっと難しいことも教えていきますよ」
シンシア先生の言葉に、ふとラビニアお姉様をちらりと見ると、厳しい顔つきになっている。
「ラビニアお嬢様、ご安心を。私は基礎的なことから教えますので――」
「――冗談じゃありませんわ!」
突然、ラビニアお姉様が怒って、部屋を出ていった。
私はラビニアお姉様のあとを追う。
「どうしたのお姉様、突然――」
私がお姉様に声をかけると、キッとその目で私をにらんだ。
「エラって本当に生意気な子ね。――きっと、あの女家庭教師が色々吹き込んだんだわ。わたくし、二人とも大嫌いよ」
「お姉様、これからエラと3人で彼女に色々教わるのよ。最初からそんなのでは――」
「だったらあなただけ教わればいいじゃないの!わたくしは今のままで十分なんだから!」
「お姉様――!」
私はラビニアお姉様を引き留めたけれど、お姉様は考えを改めなかった。
そして、お姉様のその考えが後々まであとを引き、エラのその後の運命を決めることも、まだ私は気づいていなかったのだった。
このお話の舞台であるグランバーグ王国は、まだ女子教育が盛んではなく、上流階級の子女は女家庭教師に教わるか修道院で教育を受けるしかないという状態。
女性ながらアカデミーに留学できたシンシア先生は、かなり恵まれた境遇だったという設定です。
実際、史実の前近代のヨーロッパにおける女子教育って、ほぼ修道院くらいしかなかったらしいですが、、、
この辺も後ほどきちんと調べられたらと思ってます。
あと、エラのセリフに出てくるローズベリー王国はアカデミーへの入学を女性にも開いているあたり、少なくともグランバーグよりは色々と進んでいると思われます。
ローズベリーが舞台のお話も後々書いていきたいなー、などと思っていたりします。