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プラトニック ラブ  作者: 風音
第一章
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会話のチャンス


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼




「セイくん。……いま起きてる?」




真冬の寒さが厳しく空気の乾燥が増す、2月中旬。

場所は、物音1つしないほど静寂に包まれている保健室。


今日はセイくんと恋人になってから3回目。

そして今は、養護教諭が保健室を出て行ったばかり。

会話のチャンスが到来した。


リスクを背負ってまで保健室に出向かないと彼に会えない。

これが自分達の厳しい現状だ。

だから、こうやって養護教諭の不在時を狙ってカーテン越しにいる彼に呼びかけた。




「んー、何?」




眠りから覚めたばかりのようなボーっとした返事が届くと嬉しさのあまり口元が緩んだ。




「今日は何時から仕事に行くの?」


「んー、今から30分後くらいに学校を出る。後で杉田先生が声をかけてくれるから」




紗南は落胆するあまり生まれたばかりの笑顔が消えていった。


彼と会える時間はごく僅か。

保健室に到着してからはまだ5分足らずなのに、彼はあと30分以内にここを去ってしまう。


寂しい。

今この瞬間に会話が繋がったばかりなのに……。




「相変わらず忙しいね。会ったばかりなのに、もうすぐでお別れなんて……」


「またすぐに会えるよ」




卑屈になっている自分に期待を持たすような返事。

しかし、今の自分には満足いかず深いため息が漏れた。


ーーそう、これが現実。

芸能人はスキャンダルがご法度だから、デートが出来ないどころか我慢が強いられる。

だから、この先もデートといえるデートはこの保健室以外考えられない。




「そ……だね……」




紗南のか細い声は2枚のカーテン越しからセイの耳に届くと、セイは哀愁漂う眼差しで天井を見つめた。




「ごめん……」


「ううん、謝らないで。こうやって会えるだけでも嬉しいから」




小さなワガママでも迷惑かかるのは充分にわかってる。

だから、気丈に振る舞って理解ある彼女を演じた。


でも、海外公演の時みたいに長期間会えなくなるより、こうやってカーテン越しに会えるだけでも嬉しい。

会えない時間は、募りゆく悲しみが過去の喜びをかき消していたから……。



今は彼の私物を表す★マークが書かれている上履きがベッドの脇に並んでいるだけでも安心だし、カーテン越しから声が聞こえるだけでも幸せだ。




「実は最近塾を辞めて家庭教師を雇ったの。母親が塾に通う時間が勿体ないからって」


「確か、紗南は医大を目指しているんだよね。もしかして、雇い始めた家庭教師って男?」



「どうしてわかったの?」


「何となくそうかなって。もし男だったら嫌⋯⋯だから」




セイは両手で後頭部を支えて天井に目を向けながら素直に吐露した。




「もしかして、ヤキモチ妬いてくれてるの?」




彼の反応で幸せのバロメーターが右肩あがりになった。

そしたら自然と声が震えた。

自分から先に気持ちを引き出すなんてズルいよね。


彼の返事が気になるあまり左側のカーテンに目を向けたけど、当然姿は見えない。

でも、反応に期待を寄せている自分がいる。




「……そ、ヤキモチ」


「えっ!」




直球勝負をしてきた彼に対して素っ頓狂な声が漏れた。




「俺、お前との貴重な時間もゆっくり取れないほどハイペースな時間配分だから、恋愛の駆け引きや無駄な遠回りなんてしたくない。二人きりの時間は1分1秒でも大切だから」


「……セイくん」



「だから、気持ちは素直に伝えていくよ。お前は他の誰にも譲るつもりはないから」




カーテン越しから伝えられたセイの想いは、紗南の心をふわふわの毛布で包んだかのように暖かい。

紗南は感激するあまり鼻頭を赤くした。


彼は保健室で会う度に気持ちの込もったひと言をプレゼントしてくれるし、一段飛ばしの幸せを与えてくれる人。



紗南もセイのように素直になりたいと思った瞬間、ベッドから腰を上げて2人の間を阻んでいるカーテンを2枚を開けてセイのテリトリー内に侵入した。


いきなり大胆な行動に移したのは、保健室には2人きりだから。




「私っっ! セイくんに絶対心配なんてさせない。この先も……、ずっと……ずっと……」




全身の血が沸騰しそうなくらい興奮したけど思い切って恥じらいを捨てた。

そしたら、自分でもビックリするくらい大胆になってしまった。


本当は男性に想いを伝えたのは今日が初めて。

彼の恋人としてスタートさせたあの日は、ここまで気持ちをはっきりさせなかったから尋常じゃないほど恥ずかしい。

激しくリズムを刻むハートビートはまるで天地を彷徨うボールのよう。


ようやく掴んだ6年越しの恋。

この先一度たりとも後悔したくない。


すると、ベッドに横たわるセイは片耳にイヤホンを挿したままキョトンとした目を向けた。


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