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プラトニック ラブ  作者: 伊咲 汐恩
第九章
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久しぶりの彼



「紗南……、久しぶり。元気だった?」




名前を呼ばれて気付いた。

息が止まりそうなほどびっくりした。

聞き覚えのある声は、疑問から確信へと結び付いたから。


そう、一緒にハーモニーを奏でた声の持ち主。

それは、心から再会を待ち侘びていたセイくんだったから。




「あっ……、え、セイくん?」




まるでUFOでも見た後のような反応に。

まさか、本当にセイくんに会えると思っていなかった。

名前を呼ばれても未だに信じられない。




「うん」


「どうしてここに? しかも、ベッドの下の上履きが生徒のものだし」




今は嬉しいという気持ちを通り越して、風船のように恋心が膨れ上がっている。

再会したら言いたい事が沢山あったのに、不意打ちを食らったせいか何も考えられない。




「その上履き? 西校舎は警備員が巡回してるから面倒だと思って東校舎から上がったんだけど、想像以上に床が冷たかったからその辺にあった上履きを適当に借りた」


「適当に借りたって……」



「後でちゃんと返すから」


「いや、上履きの話は別にいいんだけど……。さっき杉田先生はセイくんが来ている事を教えてくれなかったから、てっきり普通科の生徒がいるかと」



「こんな悪天候の日に具合が悪かったら、普通帰るだろ」


「そうだよね。でも、さっき杉田先生に生徒が横になってるかと聞いた時に、『随分長い時間横になってる』って言って、私の話に便乗してたから、てっきり生徒がいるかと……」



「俺なら昼飯も食わないで2時間以上もベッドに横になってたよ」


「もぉぉ、そうじゃなくって……」



「杉田先生がここに来てる事を言わなかったのは、お前が俺との再会を心待ちにしている事を察したのかもな」


「嘘ぉ……」




まるで2年間離れていた時間が嘘だったかのように、彼とは自然に会話を交わしていた。




「ねぇ、久しぶりに星型の飴が食べたい」




セイは恋人だったあの頃に時計の針を巻き戻したかのようにそう言った。

すると、紗南は身体を起こしてカバンに手を添える。




「ちょっと待ってて。いまカバンから出すから」




昔は制服のブレザーのポケットに忍ばせていた飴。

大学生の今はカバンの中へ。

2人の思い出がたっぷり詰まっている飴は、いつでも口に含めるように持ち歩いている。

カバンから飴を取り出して2年前と同じように横になってカーテンの下から手を大きく伸ばした。




「はい、どうぞ」




隣から合図が届くと、セイもカーテンの下から手を伸ばす。

そして、手探りしているセイの手が飴を持つ紗南の手に行き届くとギュウっと強く握りしめた。




「ようやく捕まえた」


「えっ……」



「どんなに長く伸ばしてもなかなか届かなかったお前の手。でも、今日ようやく届いた。……これって奇跡だよね」


「セイくん……」



「俺、もう二度と手を離さないから」




身体が冷えて氷のように冷たくなった紗南の手は、セイの温もりがじんわりと伝わった。

そして、橋渡しのように繋がった手の間には、幸せ絶頂期だったあの頃のように再び暖かい未来を迎えようとしている。




「2年前はお前の事をゆっくり考える暇がないくらい仕事三昧だった。悲しませてごめん」


「そんな事ない。セイくんはテレビに向けてエスマークを作ってメッセージを送り続けていてくれたし」




私は知ってる。

彼は私がいないところでも見えないところでもエスマークを送り続けていた。

もしかしたら、自分でも無意識のうちにそうしていた可能性もある。


でも、身体に浸み込んでしまうくらいエスマークを作っていてくれたのは、私の事を考える時間を多く持っていてくれた証拠。


だから、貴方に夢中だ。




「あの時の自分は何もかもが不足していた。分刻みの忙しさに追われていた東京を離れ、アメリカの広大な地でぼんやりと空を見上げた時、自分がここまで来れたのは多くの人に支えてもらえたお陰だなって気付いたんだ。


でも、助けてもらうばかりじゃなくて、自分がもっと努力を重ねて独り立ちが出来るようになって一人前として成功する事が出来たら、もう一度お前の所に会いに行こうと思ってた」


「セイくん……」



「なぁんて、カッコいい事を言ってみたけど、実は俺をここに連れて来てくれたのは冴木さんなんだ」


「えっ! あの冴木さんが?」




セイの口から冴木の名が挙がると、紗南は急に胸がドキッとした。




「そ、大切なものを置いて2年間アメリカで頑張ったご褒美だって」


「うそ……」



「昼前に冴木さんが空港まで車で迎えに来てくれたんだけど、最後まで行き先を教えてくれなかった。だから、てっきり新居か仕事先に連れて行くと思ってたんだ。……でも、到着した先は母校。


到着後にどうしてここへ連れて来たかと問い尋ねたら、『もし、私が福嶋紗南さんだったら、今日はここに来るはずよ』と言って、変な自信を覗かせていたよ。きっと、お前がここに来る事がわかっていた。そこで、俺達の交際が認められていた事に気付いたんだ」


「嘘みたい…。昔は猛反対していたのに」




信じられない。

あの冴木さんが交際を認めてくれたなんて。

2年前は最後の最後まで強気な姿勢を崩さなかったから、セイくんとはもう一生縁がなくなっちゃったかと思った。

でも、別れた後も私達の事をしっかり考えていてくれたんだね。


ずるいよ……。

ありがとうの言葉だけじゃ足りないくらい感謝してる。



紗南は冴木の思いやりが積み重なるように身に沁みていくと、涙が枕へ流れていった。




「ズビッ……、っぐ。……ズビッ……っ」




声を漏らさぬよう注意を払っていたはずが、すすり泣く声がカーテンから漏れていた。

すると、セイはすかさず反応する。




「泣いてんの?」


「……ううん。泣いてなんかない」




ちっぽけなプライドを守る為に嘘をついた。

証拠隠滅するかのように右手でゴシゴシ涙を拭う。




「相変わらず泣き虫だね」


「泣き虫なんかじゃないっ…」



「まぁ、そんなところも全部引っくるめて好きだけど」



「……っ!」




ほんの小さなプライドは、一枚上手な愛によっていとも簡単に崩される。

まるでモグラ叩きゲームのモグラになったような気分に。


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