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プラトニック ラブ  作者: 伊咲 汐恩
第七章
42/60

タイミング



紗南が声楽教室を辞めてから空白だった、約6年間、俺は毎日後悔していた。




『足首が浸かるくらい大雪が降ったら、俺達はまた会おう』




小学5年生当時は、彼女と再会する待ち合わせの場所や時間などいった詳細を決めないまま別れてしまった。


ーーそう。

俺は再会のタイミングを運任せにしてしまった。

先に連絡先を聞いておけばいつでも会えただろう。


でも、約束した当初はまさかこんなに長い間会えないなんて思いもしなかった。

1年もしたら別れたあの日と同じように街に大雪が降って、偶然出会えて『また会えたね』なんてお互い頬を赤く染めたりして。


あれから、偶然が偶然を重ねて再会出来たけど、俺は度重なる忙しさに飲み込まれて、紗南から教えてもらった電話番号1つに気を緩めてしまった。

直接結び付くものがあれば大丈夫なんじゃないかと変な確信を抱いたまま現在に至ってしまい、6年前のあの時と同じようなミスをしてしまった。


思い返せば話す時間も沢山あった。

でも、肝心な事を話さなかった。


窮地に追い込まれてから気付いた、学習能力のない自分。

また、以前のように運任せにしてしまったら、自分達は確実に終わる。


本当は、2人の関係はここまでかと薄々気付いているけど、厳しい規則を破ってまで来たからこそ彼女の心に少しでも何か残していきたい。

本来なら一刻でも早く学校を出発しなければならない時間だが、もう後戻りは出来ない。




「確かにお前の言う通り、夢を叶えてあげる事が出来ない。……でも、よく考えたら、大雪の日を迎える為に、何年もバカ正直に待ち続けていたのに、1週間にも満たない音信不通に耐えられない訳がないんじゃないかって。


さっきまでは間に第三者が絡んでる事を知らなかったから話をただ鵜呑みにしていたけど、大雪の日を信じて待ち続けてくれた事がお前の全てじゃないかな」




口を黙らせてじっと聞き入る紗南。

全開の扉から差し込んでくるセイのひと言ひと言は、灼熱の炎を浴びているかのように、熱く胸を焦がしていく。


私は気持ちが揺らぎそうだったから、心にブレーキをかける為に、ブレザーのポケットの中に入っている勇気の飴を握りしめた。


止まれ。

止まれ。

止まれ……。

胸の中で暴れ狂う感情よ、今すぐ止まれ。


いま以上に心が乱れぬように大きく深呼吸して、重く考えすぎないように唇を噛み締める。


よし、もう大丈夫。

これで何を言われても我慢出来る。


このまま話を聞いていないフリを続ければ、彼は諦めてアメリカに向かう。

そして、自分の夢を叶える為に語学にダンスに目一杯時間をつぎ込めるだろう。

私が邪魔をしなければ、最終目標としているオールマイティな歌手として更なる飛躍が出来る。


冴木さんと約束をしたからじゃない。

自分自身と約束をしたんだ。

ファンの一員として彼の未来を応援する事を決断したんだ。


だから、私は彼を手放した。



でも、勇気の飴を強く握り締めながら何度も心に誓っているけど……。

心のブレーキは、しっかり効いているはずだと思っているけど。

たった一度だけ瞬きをしたら、瞳に止まっていた涙がポロッと握り拳の上にこぼれ落ちた。




『この瞬間は伝説になる』と、普通科の生徒達は誰しもがそう思っていた。


芸能科に在籍していたのがあからさまになったトップアイドルのセイが、普通科に在籍する誰かに会う為に規則を破って東校舎に侵入。

誰もが目を疑うほどの驚愕的な事件だ。


生徒達は最後まで伝説を見届けたいが為に、授業をそっちのけで廊下にどっとなだれ込んだ。

1階と2階の教室はほぼ空席に等しい。

廊下はまるでお祭り騒ぎのようで人と人がぶつかり混雑を見せる。


教師はこの一連騒動を収めようとして生徒達の間に割って入るが効果はない。

セイが誰に向かって叫んでいるのかがとても気になり、生徒達はそれぞれ近くにいる相手と噂話で盛り上がる。


親友なのか。

それとも彼女なのか。


セイのスキャンダル報道が世に出回っていない事と、名前を伏せた上に警戒深く話を進めている為、なかなか確信付けない。


生徒達の気がセイに集中しているお陰で声を押し殺しながら教室で涙している紗南が渦中の人物だという事はまだ誰にも気付かれていない。

しかし、4人ほどしか着席していない教室内の紗南の席から3つ斜め後ろに座ってる菜乃花だけは異変に気付いていた。


今まで度重なる恋の障害の経緯を聞いていただけに、肩を落としている紗南の後ろ姿を見たら、やりきれない気持ちでいっぱいに。



先に観念したジュンは、ふてくされながら警備員に連行されて階段を降り始めた。

一方、セイは力づくで身体を引き寄せる警備員と、新たに手が加わった1年生の教師の力によって階段へ引きずられて行く。

最後の最後まで抵抗して足を踏ん張らせるが、流石に大人の力には敵わない。


でも、まだ諦めない。

僅かな時間の中で残していかなきゃいけない大切なモノがあるから。




「お前は誰に何を言われたとしても、創り上げられた未来を勝手に歩み始めるんじゃねぇよ。お前はお前のままでいいじゃねぇか……」




彼の声は心が泣いてるように思えた。

だから、私の腰は今にも椅子から離れそうになっている。

足に力を入れて地面を踏ん張り続けないと、理性を保てなくなりそう。




「君! 暴れないでおとなしくしなさい。他の生徒に迷惑がかかる 」


「離せよ。まだ俺の話は終わってねぇよ」



「いいから、今すぐ抵抗を辞めなさい」




騒動を食い止めてくる大人達と言い争っても、もうこれ以上何をしてもダメだとわかっていても、セイは最後まで足掻き続けるつもりでいる。


しかし、努力は実らずセイの身体は階段の方へ離れて行くせいか、紗南の耳に入る声が段々遠く小さくなっていく。

10年前の冴木の侵入騒動の伝説だけを伝えられていた教師達は、これが境界線の猛威だと思い知らされた。




「お前の言葉に納得してねぇから……。本心を曝け出すまでは、絶対諦めないからな……」




セイの声はじっくり耳をすませなければ聞こえなくなるほど、遠く小さく消えていった。

ここで鼻をすすったら泣いてるのが人にバレちゃうから息を止めて我慢をした。

流れた涙は頬に零したまま。

他の生徒達が教室に戻って来る前までに拭えばいい。


いま理性を捨てて彼の元に向かえば、あの時に失ったもの全てを取り戻す事が出来たかもしれない。



今朝『別れよっか』と偽りの気持ちを口にしたけど、本当は今この瞬間ですら幸せになりたい。

2人の間にそびえ立つ障害が何もなければ、彼の所に真っしぐらに駆け寄って『大好きだよ』って伝えたかった。

恋人になってからまだ一度も気持ちを伝えていないのに、最後は気持ちを伝えられぬまま……。


この世の中は残酷だ。

決して思い通りになんてならない。

欲しいものを得るには、きっと大切な何かを犠牲にしなければならないのだろう。


思い返せば、一番最初に大切な物を捨てたのは、小学5年生の時。

開業医の両親の元で生まれ育った一人っ子の私は病院の後継になる事が決まった。

同時に歌手という夢を捨てざるを得なくなってしまった。


夢を諦めたくなかった。

抑揚をつけるのが下手でも、譜面通りに歌えなくても、歌は生きがいそのものだったから。


でも、自分には兄妹がいないし、病院の後を継いでくれるような親戚もいない。

それに、父親一代で病院を潰してしまうのは気が引けるし、早かれ遅かれ人の助けになりたいとも思っている。

だから、中学を目前にして歌手という夢を諦めて、病院の後継になろうと決意した。



でも、改めて考えてみたら、歌を辞めた時に手放したのは将来の夢だけじゃなくて、大好きな彼との未来も手放していた。


断ち切れない想いは長く続いた。

窓の向こうの景色を見るたびに今年は大雪にならないかなって。

今年こそは彼に会いたいなと思って、目をつぶって両手を合わせて神様にお願いした。


それから、長い歳月を経て偶然に偶然を重ねようやく彼と再会出来て、最終的には2人の気持ちは1つに繋がっていたのに……。

境界線の向こうにいる私は、現実という重石に押しつぶされてしまった。

付き合っている間にちゃんと気持ちを伝えていれば、また違う未来を辿っていたのかな。



家庭の事情で夢の入り口が変わってしまったように、夢の出口もそれぞれ別々のところに用意されていたような気がした。


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