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プラトニック ラブ  作者: 伊咲 汐恩
第四章
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噂話




ーーKGKの留学の件が一斉報道された日と同日。

セイは仕事の合間を縫って1時間目の授業だけ出席。

教室までの道中は、みな留学報道の話題で持ちきりに。

芸能科の生徒達は廊下をスタスタと歩くセイの全身を撫でるかのような目線を向けている。



KGKの人気は全国規模な故に校舎内にはライバルが多数存在している。

芸能活動を休止して2年間も日本を離れるのだから当然喜ぶ生徒も。

芸能界という舞台に男女は関係ない。

留学中は誰もが生き残りを賭けた勝負時となるだろう。


しかし、セイにも仲の良い友達もいる。


『アメリカでダンスを頑張って来いよ』

『マイケル リーのサイン宜しくな』

『更にビッグになって帰って来い』


このように、心から応援してくれる温かい仲間に勇気をもらえるから今日まで挫けずに頑張って来れた。



セイはカバンの中から教科書を取り出して机の中に仕舞うと、机の奥でクシャっと何かが崩れる音がした。

中を覗き込むと、小さく折り畳まれた手紙が3通。

早速取り出して1枚1枚開いてみると、3通とも全て名前と電話番号だけが記載されていた。


1人目は、国民的グループのアイドル歌手。

2人目は、現在売り出し中の新人女優。

3人目は、人気アニメの声優。


過去の経験から踏まえると、彼女達は友達以上の関係を望んでいる。

このように、大事な話を口で伝えようとしないのは、何処かで自分を守ろうとしているから。



万が一、彼女達の手紙が校内で紛失してしまう事があったら、学校どころか世間に知れ渡ってしまう可能性がある。

小さなミスがタレント生命の命取りになる可能性も。

だから、手紙を落とさぬように制服の内ポケットにしまった。


丁寧に断る時間もないので、1時間目を終えたら迎えに来る冴木さんにこの手紙を渡して処分してもらうつもりだ。

このように、手紙の処分1つで第三者に頼るしかない現状だ。



すると、背後から耳に偉そうに喋る男のある会話が届いた。




「ついこの前、兄貴が西門前で女と抱き合っててさ。俺が青蘭に通ってるのを知りながら、人目を憚らずに堂々とやらかしてくれるよな。しかも、相手は普通科の女」




セイは『西門で女と抱き合っている』『相手の女は普通科』というキーワードに、ふと気が止まった。

自身のタイムリーな悩みと酷似している。


セイは人を見下すような言動からして顔を見なくても誰だか特定出来たが、確認の意味も込めて背後の声の主へと目を向けた。

すると……。


間違いない。

身長は180センチ半ば。

8頭身のスリム体型。

鼻が高く、薄い唇でシャープな顎。

前髪を立たせている漆黒ショートヘアー。


彼は、今人気急上昇中の雑誌モデルの一橋 涼(いちはし りょう)

最近はモデル活動に加えてバラエティ番組にも出演している。



彼は自他共に認めるほど容姿端麗だが、欠点が1つ。

人の気持ちもお構いなしに言いたい事は口にしてしまう毒舌タイプ。




「やるじゃん、お前の兄貴。……で、その普通科の女って兄貴の彼女なの?」


「んな訳ねぇだろ~」




一橋は親友と2人で堂々と毒舌トークを繰り広げている。

この2人は普段から女の話ばかり。

入学早々、丸1日学校に滞在した事がない自分ですらそう思う。




「ね、どんな女だった? 普通科の女だからどうせ分厚いレンズ眼鏡のガリ勉ちゃんでしょ」


「んー、脇役女優レベルって感じ。……ってかさぁ、あんなところに美人なんて居る訳ねぇだろ。普通科なんて所詮イモ畑。俺らは常に美しい華しか見てねぇんだからよ」




事件当日まで記憶を蘇らせた一橋は、一瞬だけ目にした紗南を見下したようにケタケタと嘲笑う。




「ははっ、お前ブスは相手にしない主義だもんな」


「ブスは一般人の男でも相手してりゃーいいの。でさぁ、兄貴はその地味女の家庭教師をしてるんだけど、そいつは医大目指してるんだってよ。女ってさ、カタすぎるとつまんないよね~」




医大。

そして、家庭教師。

ビンゴがリーチに差し掛かると拳に汗が滲み出した。

今はただ渦中の人物が紗南ではない事を願っている。




「すっげぇ。さすがガリ勉科。華やかな俺らとは根本的に違うわぁ」


「問題なのは、そんなどうでもいい話を俺に語っちゃうくらいその女に入れ込んでるって事。……はぁ、参ったよ」




1度点火してからの暴走トークは止まらない。

しかも、今日は一段と酷い。

今回は一橋の身内話だっただけに気に食わない点や不満がいくつかあったかもしれない。

でも、よく知りもしない普通科の生徒を愚弄するような物言いに、部外者までもが聞き入る事態を引き起こしている。



それまでは他人事だと思って聞いていたセイだが、最後の言葉が耳に届いた瞬間、手の甲に血管が浮き出るほど強く拳を握って歯を食いしばった。



怒りの感情に任せて、思わず拳を勢いよく机に叩きつけそうになった。

それから一橋の元に向かって好き勝手言ってる口を黙らせる為にネクタイをキツく捻り上げて、胸に留めていた想いを全てブチかましてやりたかった。



でも、理想と現実は違う。

人一倍大事なものを背負っているから、どんなに苦しくても気持ちを制御しなければならない。


セイが極限状態にまで陥ってしまった理由。

それは、一橋の会話の中に出てきた女が紗南と確信してしまったから。

普通科から医大を目指す生徒なんて、然程多くないはず。



イライラする……。

紗南をイモだのブスだのと見下して嘲笑う一橋と、ここまで好き放題言われても何も言い返せない生き地獄の自分に。

今はただ時間が過ぎ去るのを静かに待つしかない。


これが、山ほどライバルが存在する芸能科に通う芸能人の宿命。

いまこの瞬間に口から発狂の声が漏れてもおかしくないくらい腸が煮え滾っている。

俺は抱き合った現場を見ただけで、価値観を憶測する一橋が無性に気に食わなかった。



紗南はブスじゃない。

寧ろ笑顔は他の人とは比べ物にならないくらい最上級だ。

自由を捨てた俺に多くの幸せを運んでくれる。

見ただけじゃわからない魅力が盛り沢山なのに、悪く言われる筋合いはない。



俺には紗南が一番で、日本を留守にしてる隙に気持ちが離れてしまう事がいま一番怖い。

だから、紗南に想いを寄せている男が居ると知らされてしまった以上、気持ちに余裕がなくなった。

最近は感情制御という鎧を身に纏った自分が本当に幸せなのかと疑問に思っていた。

きっと、芸能人じゃなければここまで不憫じゃなかったはず。



日々積み重なっていく課題によって、徐々にセイの精神状態が追い詰められていく。

我慢ばかり強いられているせいもあって、不透明な未来に頭を抱えた。


出発日が迫る中、幸せ絶頂期を迎えて留学を決意したあの頃には無かった、気持ちの迷い。

こんなに中途半端な気持ちのままアメリカに出発していいものか、正直迷いが生じていた。


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