人は見かけによらない。状況も見かけによらない。
やあ。
俺は神様からチートをもらって異世界に転移した日本人。
深い森の中に放り出されたのでとりあえず人のいるところを探して歩いてるところさ。
一応道があるのでそれに沿って移動してるんだ。
「きゃあああああ! だれか、助けてえええええ!」
おっと、何かイベントだぞ!
助けるか助けないかグダグダ悩むのは時間の無駄!
どうせ大概の小説で助ける展開になるもんね。
さもなきゃイベント自体設定しないよ。
走って向かったその先には、少し開けた空き地があって、そこで3人の超絶美少女冒険者と、それを見下ろす黒い巨大なドラゴンが対峙していた。
「今助けるよ! 爆発魔法!!!」
躊躇なく魔法を打ち込む。気持ちいいなあ。魔法。
ドーン!!!
3人の超絶美少女冒険者が吹っ飛んだ。
綺麗に吹っ飛んで、べちっと地面に落ちる。
ヨシ!
オールオッケー!
「な、な、なんで私たちを攻撃するのよ!」
なんだ、まだ息があるな。
まあ理由を聞かせてやるシーンは必要か。
「知れたことよ。貴様ら、外見は超絶美少女だが…………実は中身は汚いおっさんだろう!」
「なっ!?」
ふふん。
「な……な……なぜ分かったああああ! こうなれば正体を見せてやる! ベンウェイ!!!」
3人の超絶美少女冒険者たちの皮が縦に裂けて、中から3人の汚いおっさんが出てきた。
ちなみに『ベンウェイ!』というのは、女に化けたおっさんが正体を表すときの掛け声である(参考:裸のランチ/映画版)。
「そしてそちらは実は中身は美少女ですね?」
俺は黒いドラゴンに優しく語りかける。
「はい。呪いでこんな姿に。何で分かったんですか?」
ドラゴンが可愛い声で返事する。
「なに、『人は見かけによらない。状況も見かけによらない』というタイトルに従ったまで」
「ありがとうございます。看破ってくれたおかげで呪いが解けて元の姿に戻れます。だけど全裸で戻っちゃうのでそこの汚いおっさんたちが消えてから戻ることにしますね」
「では紳士的に着るものを用意しておくね。汚いおっさんたちは今消すから」
「舐めるなあああ! 不潔で悪いかあああ! 三日風呂に入らなくたって死にゃあしねえええ!」
汚いおっさんたちが襲いかかって来た。
めんどくさいなあ。こうだ!
「召喚! 裁きの女神!」
「はいはーい、裁きの女神でーす。今日も元気に裁きまーす。このおっさんたちの判決はー? ジャーン! 有罪でーす!」
裁きの女神さんが降臨して判決を下す。
どどーん、と杭が3本落ちてきて、汚いおっさんたちがそれぞれ縛り付けられた。
【此ノ者、不潔ノ罪及ビ、中身美少女どらごんヲ襲イタル罪ニ寄ッテ、杭縛リノ刑ニ処ス】
そんな張り紙がおっさんたちに貼られる。
「はー裁いた裁いた。こいつらは王都の晒し場に送っておきますね」
「ありがとうございます裁きの女神」
「いえいえ、いつでも呼んでくださいね、軽犯罪から人道に対する罪まで何でも裁きますから。裁いちゃいますから!」
こうして汚いおっさんたちは消え、女神も神界に帰っていった。
「では元の姿に戻ります」
ドラゴンが美少女の姿に戻る。
サッとマントを着せてやったから裸は見てないよ。
紳士紳士。
神様からもらったチートに『美少女用着替え』というのがあったのでそれを着てもらう。
「何から何まで……ぜひお礼をさせてください」
「じゃあこの世界の案内を頼めるかな。別世界から来たばかりでなにも分からないんだ」
「お安い御用です! まずはこの道の先に街があるから、そこへ案内しますね」
そんなこんなで街に着いた。
異世界らしく街は壁に囲まれていて、街の入口の門の前には長い行列ができていた。
俺はドラゴンの中にいた美少女ちゃんを連れて行列を無視して先に進んでいく。
「おい、ちゃんと並べよ!」
列に並んでいた兄ちゃんが話しかけてきた。
「並ぶ必要は無いな。なぜならこの行列は…………実は握手会の行列だからだ!」
「何ィー!?」
並んでいた人たちの中の何人かが驚いた顔をした。
「そうだよー」
「これから異世界偶像のマルシェちゃんが来るんだー」
「門の横の会場で握手会さ」
握手会に並んでいる人たちが俺の言葉を肯定する。
「街に入るだけなら門は素通りできるから並ぶことないし」
「オレら昨日から並んでるぜー」
「L! O! V! E!」
「「「「マルシェちゃん!!!」」」」
何人かが恥ずかしそうに列から離れる。
さっき俺に注意してきた兄ちゃんも。
間違えて並んでしまった人がけっこういたね。
「行列は見かけによらないってことだね」
「あ、あの、私、後ろの方に間違えて並んでいた美少女です。ありがとうございました。急ぎの用に遅れるところでした。おかげで助かりました。何かお礼をさせてください」
目深にフードをかぶって顔を隠した少女が話しかけてきた。
「おっと、急いでいるなら早く行きな。待ってる人たちがいるんだろ。ここにな!」
「は、はい! ありがとうございます! あとで必ずお礼します!」
フードをかぶった少女(マルシェちゃん)が駆けていく。
門を素通りして街に入って行った。
街の中で準備を整えて、輝く偶像となってここに現れるのだろう。
のし上がれよ。スターダムに!
「すごいです! えーと、えーと」
ドラゴンの中にいた美少女ちゃんが興奮して話しかけてきた。
「どうした?」
「名前を聞いてませんでした!」
「いまさらかい。ちょっと待って、今考えてるから」
「考えてるって、誰が?」
(作者が)
「長太郎、だそうだ。門馬長太郎。チョータと呼ぶといいらしい」
「門馬長太郎、呼ぶときチョータですね! 私の名前も今考えました(作者が)! シルミアル、呼ぶときシル、です」
「そうか。君がシルなら」
「あなたはチョータ!」
「それでさっきは何を言いかけてたん?」
「ああ、行列の正体を看破ったのがすごいと」
「なあに、そんなのは」
「『人は見かけによらない、状況も見かけによらない』ですね!」
「そうそう」
門を素通りして街に入る。
「では街を案内しますね。まずここが治安の悪い裏通りです。あそこでムサい髭面男が幼女を誘拐しようとしてますね」
「たすけてー ゆーかいされるー」
治安の悪い裏通りでムサい髭面男が幼女を誘拐しようとしていた。
「ふむ、あれをどう見る?」
「見かけによらない状況だとすると、髭面男の中身が美少女で、幼女の正体が汚いおっさん、といったところでしょうか?」
「いい線は行ってるけどね。爆発魔法!」
髭面男と幼女の両方が吹っ飛んだ。
ついでに俺たちの背後から忍び寄って来ていた悪者たちも吹っ飛んだ。
「幼女誘拐シーンに気を取られているところを後ろから襲いかかる企みだったってわけさ。そして真の被害者は…………ここだー!」
そこに置いてあった樽を壊すと、中から縛られた女騎士が出てきた。
「くっ、感謝する! 幼女誘拐シーンに気を取られていたら背後から襲われてしまったんだ! 礼がしたいが急いでいる! スタンピードの兆候を上に報告しなければ!」
「そうか、俺たちもいっしょに行こう」
「では来てくれ! いっしょに来る意味が分からないけど! わたしバカだから!」
そんなこんなでこの街の騎士団本部にやってきたのさ。
そして女騎士が報告するのさ。
「団長! スタンピードです! 森に魔物が溢れています! このままだと魔物の群れにこの街が襲われます!」
「なんだと! ではお前ら騎士団員はこの街を死守せよ! ワシは逃げる! ワシだけでも逃げ延びる」
「なんですと! それでも騎士団長ですか! 恥を知りなさい!」
「市民を守るのが我ら騎士団の務め!」
「あなただけ逃げるなど許されません!」
騎士団員たちが口々に団長を非難する。
騎士団長は丸々と太った中年のおっさんで、周りにいる騎士団員はみんなハクいマブい 女騎士たちだった。
シルミアルが状況を注意深く観察している。
「ここはあまりひねらずに素直に解釈していいよ」
「つまり、太ったおっさん騎士団長の中身が美少女で、女騎士たちの中身が汚いおっさんということですね!」
「だいたい正解。ああ、樽に入ってた女騎士は除外していいよ。そっちは中身も女騎士だから」
「なるほど、見かけ通りのこともあるんですね!」
「さて騎士団長さん。家訓で太ったおっさんの皮をかぶって生活している実は中身が美少女の騎士団長さん。あなたは逃げるフリして魔物の群れに突っ込んでこの街の市民を強制転移魔法陣で避難させる時間を稼ごうとしていますね?」
「む、なぜ分かったのだ? それに私は家の掟で正体を看破った者と結婚しなければならないのだがどうしよう」
「おっと、看破ったのはシルミアルですよ。相手が女性ならとりあえず掟は無効になる決まりのはず」
「おや、謙虚で紳士」
俺は女騎士団員たちに向き直る。
「さて、女騎士団員に化けている中身が邪教の信者のおっさんたち。お前らはスタンピードを利用して街の住人を生贄にして太古の邪神を復活させようと企んでいたな?」
「ぬう、バレては仕方がない、ベンウェイ!!!」
邪教の信者どもが女騎士団員の皮を脱ぐと、中から不健康なおっさんが出てきた。
「あれ、『汚いおっさん』じゃなくて『不健康なおっさん』でしたか。ちょっと違ってましたね」
「大して変わらないから正解の範囲内だよ、シル」
樽に入っていた女騎士が愕然とした顔をする。
「みんな本当はおっさんだったのか!? お風呂と着替えを他の人と別にしてて良かった! 良かったあ!」
「不健康で悪いか! 運動不足で一日一食で昼夜逆転生活してたって死にはしない! まずはきさまらから太古の邪神様の生贄にしてくれる!」
邪教の信者が襲いかかってきた。
めんどくさいなあ。
「おっさんごときにかける手間は無い! 裁きの女神が相手だ!」
裁きの女神がそこにいた。
まだ呼んでなかったんだけど。
「さばきさばき さばきのめーがーみっ☆
あなたのハートを ジャッジメント
せいぎのてんびん
どちらにかたむくのー かなっ?
むざい ゆうざい ゆうざい むざい
はんけつでたなら
くうそじょうこく みとめませー んっ♡」
裁きの女神が歌って踊っている。
「マルシェちゃんと握手してきた今の私は最っ高にハイってヤツだあああ! 不健康なおっさんは、有罪!」
【此ノ者、不健康ノ罪及ビ、中身美少女騎士団長ニ反抗シタル罪ニ寄ッテ、地獄ニテ強制労働500年ノ刑ニ処ス】
邪教の信者の不健康なおっさんたちに貼り紙が貼られ、首に鉄の首輪がはまった。
「町の人を生贄にしようとした罪と、太古の邪神を復活させようとした罪は?」
「んー、この人たちがスタンピードを起こしたわけじゃないし、太古の邪神ちゃんは実はいい子の美少女なので復活させるのは悪いことじゃないですからね。無罪!」
そんなわけで邪教の信者な不健康なおっさんたちは地獄に落ちていき、裁きの女神も神界に帰っていった。
「では不健康なおっさんたちも消えたことだし、私は太った中年おっさんの皮を脱ぐとしよう。中身は全裸美少女騎士団長なのだよ」
今度もサッとマントをかけてやって着替えも渡したよ。
見てない見てない。
「おや、紳士だね」
「そうだ! スタンピードです! 団長殿! どうしましょう! わかりません! わたしバカですので!」
「予定通り、私が魔物の群れに突っ込んで時間を稼ぐ。その隙に女騎士は強制転移魔法陣で市民の避難を頼むよ」
「それでは団長殿が死にます!」
「これが騎士団長としての使命」
「そんな!」
「大丈夫ですよ、樽に入っていた女騎士さん、太ったおっさんの皮をかぶっていた美少女騎士団長さん。もう街中を魔物が歩き回ってますけど、よく見てください。実際は森の小動物たちがハロウィンパーティーをやってるだけです」
「あれっ? ホントだ! あのアトミックウルフは子ウサギさんだ! かわいい!」
「あのワイバーン13ProMaxはコマドリさんだね。かわいい」
「あのドラゴン.44マグナムはカナヘビさんですね! かわいい!」
太ったおっさんの皮をかぶっていた美少女騎士団長さんが俺に向かって頭を下げた。
「感謝するよ。危うく森の小動物をいじめてしまうところだった。ぜひ何かお礼をさせてくれ」
「まずは名前を聞かせてもらえるかな。俺の名は門馬長太郎、呼ぶときチョータ。こちらのレイディはシルミアル、呼ぶときシルだ」
「うむ、私は美少女騎士団長ティティウスボーデ、呼ぶときティティだ」
「わたしは女騎士フィッカ! 呼ぶときフィッカだ!」
「分かった。ティティさん!」
「うむ、チョータ殿」
「フィッカ!」
「はっ! チョータどの!」
「シル!」
「はい! チョータ!」
「マルシェちゃん!」
「はいはーい、みんなのアイドルあなたのマルシェでーすっ。呼ぶときマルシェちゃん! お礼をしに来ました! チョータさん、と呼ばせていただきます!」
異世界アイドルマルシェちゃんがそこにいた。
「ちょうどいいね、お礼してもらう約束の人がみんなそろった。まとめてお礼をしてもらおうかな。別世界から来たばかりで何も知らない俺に、この世界の観光案内を頼むよ!」
「あんだけいろいろ暴いといて何も知らないとか言っちゃいますか」
「まあ、知らないこともあるだろう。ではせっかくだから森の小動物たちのハロウィンパレードを見に行くとしようか」
「変装しなきゃですね! 私のファンの人たちに見つかったら騒がれちゃうから!」
「段取りはまかせた! わたしバカだから!」
そんなわけで、マルシェちゃんに合わせてみんなで変装することになった。
みんな俺の目の前で着替え始めるもんだからあわてて部屋から出たよ。紳士紳士。
変装の内容は神様からもらったチートの一つ、『ハロウィン仮装セット5人前』で、色違いのカボチャ衣装だ。
みんな着替え終わって街に繰り出す。
「チョータ、私たち今、見かけ通りじゃないですね」
「ああ、真実の姿をカボチャの中に隠してる」
森の小動物たちのハロウィンパーティーの発生に便乗して、街の人たちも思い思いに仮装をまとっていた。
街も人も華やいでいる。いつもとは違う装いの中に本当の姿をしまいこんで。
「そこのカボチャのみなさん! 焼きそばはどうだい! 最初のお客さんだからおまけしてあげるよ!」
バニーガールが店員をしている焼きそばの屋台から声がかかった。
「爆発魔法!」
「ぎゃあああああああ!」
屋台とバニーガールが吹っ飛ぶ。
「こいつの正体は性悪な化けタヌキで売ってるのは馬のフンだ。被害が出る前に退治できて良かったな」
べちっと地面に落ちた性悪タヌキに裁きの女神が判決を下す。
呼んでもいないのによく来るね。
「はいはーい、裁き裁き。【カチカチ山ノ刑ニ処ス】っと。ふー、今日も裁きました! カボチャのみなさんこんにちは! ってマルシェちゃん!? 青いカボチャはマルシェちゃんですか!?」
「あ、裁きの女神ベルザカートさん、いつも最前列で応援してくれてありがとうございます」
「あああ、マルシェちゃんにカボチャがこんなに似合うとは、当然だな! 知ってた! 善キ物全テをその身に宿すそれは奇跡か必然か! 我が偶像崇拝の全てはマルシェちゃんに捧ぐ!」
「はい、これからもよろしくお願いしますね」
「ステージの上での元気な姿とはまた違った控えめな雰囲気! オフの時はこんな感じなんですね!」
「どちらも私です。表も裏も。光も影も。どうですか?」
「最高に尊いでございます! あ、すみません、貴重なオフの時間を邪魔してしまって。ではわたしはこれで。次のライブもチケット1000枚知人友人知らない人々に配りまくりますね!」
そうして裁きの女神は俺たちにマルシェちゃんコンサートのチケットを配って、神界に帰ろうとする。
「ちょっと待ちな、裁きの女神」
「何ですか? 控訴上告は認めませんよ」
「あんた、何でもない風に装っているが、実はマルシェちゃんのあまりの尊さに死にかけているな?」
「なっ!? なぜ分かった! そうともさ! 今なら幸せに死ねる! だが死なない! まだまだ見ていないマルシェちゃんの活躍があるんだから! なんとしても生きる! なんとしても推す!」
「死んじゃダメですよ、ベルザカートさん。そうだ、いっしょにハロウィンを見て回りませんか? 幼稚園のお遊戯会で踊っていた頃から応援してくれているベルザカートさんは私にとっても特別です」
「あれ? やっぱりここで死ぬのかな。いや、もう死んでるのか。なんて幸せな夢」
夢心地のベルザカートに、みんなで青いカボチャ衣装を着せてやった。
マルシェちゃんとおそろいさ。いい仕事したね。
「ベルザカートはどう呼べばいい?」
「呼ぶときベルで!」
こうして、シルミアルとティティウスボーデとフィッカとマルシェちゃんとベルザカートと、それから俺とで、ハロウィンパレードを見て回ったのさ。
楽しかったのさ。
「ちょっとお腹が空いてきましたね」
「何か食べようか、チョータ殿」
「そうだね、ちょっと待って」
何の変哲もない普通の民家のドアを開けて勝手に中に入る。
中にはどこにでもいるような老婆がいた。
「やあ、ここは一見何の変哲もない普通の民家だけど、実は『善良なタヌキのお店 異世界和牛串焼き 葉っぱのお金で食べ放題』の入り口だね?」
老婆の姿がタヌキに変わった。
「よく看破ったポコポン。歓迎するポコポン。金はあるんだろうなポコポン」
「森で葉っぱをたくさん摘んでおいたから大丈夫」
「じゃあ奥に行くポコポン。ゆっくりしてくポコポン」
奥の方に隠されていたドアをくぐると、見かけによらず中は広くて居心地のいい空間だった。
「何の変哲もない普通の民家は見かけによらないポコポン」
こうしてみんなで楽しく食事をとったのさ。
異世界和牛も異世界三元豚も異世界地鶏も異世界盛岡冷麺も美味しかったのさ。
「みんな聞いてくれ」
デザートのアイスとコーヒーを前にして、俺は話を切り出した。
改まった様子に、みんなも真面目な顔になる。
「俺たちがいま出演してるこの小説だけど、一見これは、神様からチートをもらって異世界に転移した主人公である俺がさまざまな真実を暴きながらヒロインたちをコレクションしていくテンプレハーレム、そんな物語に見えるだろう。だがそれは見かけのストーリーなんだ」
物語は見かけによらないのだ。
「この小説は本当は、現代日本で長い間離れ離れになっていた幼馴染の男女が高校で再会するという学園ラブコメだったんだよおー!」
「なるほど、小説は見かけによりませんね!」シル
「ということは、マルシェちゃんは尊い」ベル
「ラブコメはいいものです」マルシェちゃん
「よくわからない! バカなので!」フィッカ
「ふむ、なかなか面白そうなお話だね」ティティ
「今までの展開もキャラも設定も世界観 も本編とは全然関係なかったのさ。物語はまだ始まってもいないんだ」
「壁の320インチスクリーンに本編を映してやるポコポン。引っ越しで離れ離れになる幼い二人の過去シーンだポコポン。思い出の公園で別れる男の子と女の子だポコポン」
『ぜったい、ぜったいまた会おうね!』
『うん、やくそくだよ』
『帽子を、こうかんしよ!』
『うん、つぎ会ったとき、またかぶせっこしようね!』
「公園で会って遊ぶだけでお互いの家とか知らないって設定だポコポン。まだ幼くて連絡先を交換する知恵も無いまま別れてしまったポコポン」
場面が変わる。
「時は過ぎて、高校の入学の日の登校シーンだポコポン。遠くに引っ越していた男が地元に戻ってきて一人暮らしを始めるポコポン。偶然同じ高校に通うポコポン」
「これから再会するんですね、わくわく!」
「ときめきラブちゅっちゅの刑に処す!」
「幼馴染は勝つべし」
「顔が熱くなってきた。わたし死ぬのか」
「ふむ、ふむふむ、ふむ? これでドキドキするほどウブではないよ。心拍数120は正常の範囲」
「ここだ!」
俺の台詞にみんながこっちを見る。
「ここで介入するよ。この二人は同じ高校に通うけど通学路が違う。このままだとしばらくすれ違うことになる。いずれは学校で出会うだろうけど、それよりも早く、確実に再会させてやりたい。みんな、力を貸してくれ!」
「わかりました! くっつけてやりましょう!」
「マルシェちゃんがやる気ならやる」
「主題歌うたいますよ!」
「くっ、さっぱり分からないがみんなに合わせる!」
「人々の幸せに奉仕する、これも騎士団長の務め」
「それじゃ突風を起こして帽子を飛ばして昔二人で遊んだ思い出の公園まで運ぶよ! そーれ!」
「「「「「そーれ!」」」」」
みんなの祈りが世界の壁を越えて、現代日本の小さな町に風を起こした。
少年と少女、それぞれの帽子が飛ぶ。
昔、別れ際に、お互いに送った帽子だ。
あわてて走って追いかける少年と少女。
マルシェちゃんが挿入歌を歌う。
「盛り上がってきた盛り上がってきた!」
空飛ぶ帽子を追いかけてたどり着いたのは、昔いっしょに過ごした公園。
少年の手に少女の帽子が、
少女の手に少年の帽子が、
落ちてくる。
走って来たせいで高鳴る鼓動が湧き上がる予感と混じり合い、嫌が応にも気分を盛り上げる。
『あれ……君は……』
『もしかしてあなたは……』
(ここでオープニングに入る)
本当の物語が始まった。
「よし、本編が始まったな」
「うん……これで私たちのお話は、終わりですかね?」
「別に終わらなくてもいいよ。こっちはこっちで続けていけばいい」
「本編じゃなくても楽しかったですよ。きっとこれからも楽しいです」
「マルシェちゃんがいる限り、喜びの尽きること無し!」
「よくわからないがアイスがおいしい」
「あの二人、チューをしてしまうんだろうか? 別にキスシーンなんかでドキドキしたりしないがね。ふう、私は落ち着いているよ、ふう」
内面と外面。
中身と外側。
本物と偽物。
中身が本物なのだとしても、外側が偽物と決まるわけではない。
俺たちの物語は俺たちにとっての本物だ。
これからも、こっちはこっちで、楽しく仲良く過ごしていくのさ。
末長く。幸福にね。
◇ ◇ ◇
「あれ、君は……」
「もしかしてあなたは……」
風に飛ばされた帽子を追いかけてたどり着いたのは、思い出の公園だった。
弾む息と高鳴る鼓動は走ってきたせいなのか、目の前にたたずむ少女のせいなのか。
「……さーちゃん……?」
「……きーくん、ですか? きーくん、なの? きーくん、っだあー!!!」
ああ、確かにさーちゃんだ。
「わー、わー、なんでなんでなんで? やっほー! きーくん!」
僕の帽子を持ってピョンピョン飛び跳ねるさーちゃん。
すっごく綺麗になったのにこういうところは変わってないな。
「きーくん大っきくなったね! かっこいい!」
おっと、先に言われた。
「さーちゃん綺麗になったね、昔からかわいい!」
じっと目を合わせて。
「「好き!」」
同時に言った。
「かぶせっこしよ!」
「うん」
お互いの帽子を相手にかぶせる。
この公園でさよならした時のように。
「……あの時はぶかぶかだったけど、今はちょうどいいね」
「うん、やっぱり似合う。かわいい」
「きーくんも似合う! かっこいい!」
さーちゃんが抱きついてきた。負けずに抱きしめ返す。
あの日から遠く離れていた時間と距離が、あっという間にゼロになった。
もう、離さない。
それにしても。
『展開が速いな!』
『見た目は物静かな美少女が実は少年の前ではデレデレの元気っ娘なんですね!』
『ラブコメ無罪! もっとやれ』
『君たちのラブソング、歌います』
『胸が苦しいな、病気か』
『おやおやおやおや抱き合ってるよどうなんだいこれはチューかいチューするのかい興味深いねふむふむふむふむ』
異世界から聞こえてくる声がうるさい。