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ほしいものが貰える不思議な駄菓子屋短編集

ほしいものが、貰えるところ  「ズタ人形」

あるところにおじいさんがいました。

彼は大きな会社の社長でした。

今日も豪華な部屋で、時々大きな窓から雪景色を眺めながら、とても座り心地の良い椅子に座っています。


おじいさんはいつも忙しくて、たくさんの書類を読んでたくさんの指示を出します。

しかし、おじいさんは優秀なため仕事を早く終わらせられるから、ときどき暇になります。


暇になるとどうしても考え込んでしまいます。

仕事はこの先どうするかということ、最近体調が悪いけど大丈夫かということ、去年死んだ奥さんは幸せだったかということ、そして――死んだおじいさんの娘のこと。


今日もおじいさんは手元の写真を見ながらつぶやいていました。

「私はあの子を構ってやれなかった」

そこに写っているのは何十年も前に死んでしまったおじいさんの娘でした。


昔っから仕事が忙しくて全然会えなかったので、おじいさんに娘の思い出は全然ありません。

おじいさんの奥さんが頑張ってくれていたので娘は立派に育ちはしました。

しかしながら、おじいさんが覚えている娘の事は人形を作る仕事についたと電話で聞いたのが最後でした。


その何年か後に娘は事故で死にました。


もっと一緒に話したり、遊びに連れて行ったり、娘の喜ぶ事がしてやりたかったと、どれ程後悔してもおじいさんはしたりません。

ずっとずっと後悔しても、どうしようもありません。


「あの子は私を恨んでいただろうか?」

ふとある事を思い出して、おじいさんは呟きました。

昔、おじいさんは一度だけ誕生日に娘からプレゼントをもらったことがありました。

それは娘が初めて作った人形でした。

当然へたっぴな出来栄えで、ぐちゃぐちゃで、ズタボロで、何作ったのかわからないような出来栄えでした。


「……どこに行ったのだろう、あのズタボロな……ズタ人形は」

娘からのプレゼントをズタボロと言うのは嫌だったので、おじいさんはズタ人形と略しました。


思い出してしまえばそんなものがもう一度手に取りたくなってたまらなくなって、おじいさんは記憶を探りましたが、まったくわかりません。


捨ててしまってはいないはずなのですが……

もしかしたら気づかないうちにどこかに落としてしまったのかもしれない。


おじいさんは外に出て歩き出しました。

雪が降っていて寒いのですが、歩き続けました。


そうすることで、見つかるわけはないとわかっています。

だけど、おじいさんはそうでもしないと辛いことを考えすぎて頭が沸騰しそうでした。

最近は胸が苦しくなることが多いので、休み休み歩きました。



雪はどんどん降り積もっていきます。

あたりが白に包まれて、どこをどれほど歩いたかおじいさんにもわからなくなったころ。


頭がふわふわとしだしました、脚も腕もまるで軽いのです。

そんな風になったおじいさんは、ふらふらとしか歩けず目の前にあった駄菓子屋さんの中に、雪に押されるよう入っていました。


そこはどう見てもただの駄菓子屋さんでした、見た目だけは。


しかし、どこかおそろしく感じたのです。

周りの空気一つ一つに意思があり、ここは変な場所だよと伝えてくるような不思議でおそろしい感覚におじいさんはどきどきしました。

もしかして、来てはいけないトコロに来てしまったんじゃないかと。

ここは怪奇と分類される類の場所ではないかと。


「あのさ」

おじいさんはびっくりしました、怖い事を考えている真っ最中に声をかけられたからです。

「……雪は落とて奥に入ってね、後で掃除するから」

そういったのはカウンターのレジ席にいる少年でした。彼は店員らしい服装をしていました。

頬杖をついていて態度が悪いです。


おじいさんはその店員のすぐそばに、あるものを見つけ驚きました。

「君、それはなぜそこに?」

おじいさんはカウンターにズタ人形を見つけたのです。

「ここは、欲しいものが"何でも"貰える場所、だからこういうものもあるんだ」

その説明でおじいさんは満足でした。


カウンターに人形がおいてある。

その事実だけが肝心で、なぜ、おいてあったのかおじいさんにはどうでもいいことでした。

だからこの不思議な駄菓子屋さんがなんなのかも、やっぱりどうでもいいことでした。


「ならば、これをくれませんか」

おじいさんは自然と口に出していました。

「ここはね何かを貰う時、それと等価値もしくはそれ以上のものを差し出さなければならないっていうルールがあるんだよ」

「何を出せばいいんですか」

「あなたの場合は……命や健康だと全然足りない、だから全部」

店員は冷たく言い放ちます。


「これを貰うんなら代わりに全部なくなるよ、立場も、地位も、家も全部」

おじいさんは全部と答えられた衝撃で少し固まっていましたが、どうにか声を出して聞きます。

「なぜ?これが……?たしかに大切なものですが、ゲホゲホ」

しかしムリしたせいか体を折り曲げて咳込みました。目の前が真っ暗になりそうになりました。


店員はそれを無視するかのように話をします。

「娘さんの作品は人気で値が10憶円を超えるものもある、そんな人の初作を得るというのは相当難しい」


おじいさんはそんな話、聞いたこともありませんでした。

娘がどれ程人気なクリエイターだったかなんて、知りもしなかったのです。


「普通に考えたら交換はやめといた方がいい、あなたの娘さんの作品が欲しいってだけならもっと安いのってあるしね」

店員の言葉は正論だと、おじいさんは思いました。

しかし店員は真剣な表情をつくりました。

「まぁ僕には何が正しいのかわからない、客の要望があれば聞くだけの店員だからさ」

「……なら教えてくれ、私はどうすればいい?」


「ここに来てしまった人は、大なり小なり皆後悔を抱えて生きる事になる」

店員は少し困った様子になりましたが、少し考えてから口を開いてくれました。

「……あなたにとって、良き選択を願う」


おじいさんはもう一度咳込みました。

手が震えます。


ズタ人形だけが、娘のくれたプレゼント。

だけどそれを手に入れたら、すべてを失ってしまう。

積み上げてきたものをすべて。



そしておじいさんは――――――――――――――――――――――――




吹雪の中、ぼろぼろの服でおじいさんは行き倒れていました。

身なりはあまりにも悪く、彼が大企業の社長だったことなど誰が気づけるものはいません。

もし気づいたとしても、彼の現状を悼み悲しむ者はこの世に存在しません。


おじいさんは寒くない場所へ向かいたいのですが、内側から食い破られるような激痛に襲われているうえ体が動きません。

おまけにどんどん雪は降り積もっていき冷えが酷くなります。


仕方が無いのでおじいさんは胸に人形を抱え、決して離さないようにしてから目を閉じました。

じっとずっと、そうしていました。

おじいさんはもう寒さを感じる事はありません。


雪はおじいさんと人形を一緒に包み隠していきます。

白い雪は、彼の存在を世界と断絶させていくのです。

まるで、最初からそこには空白しかなかったかのように。

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