七話 友達って気づいたらなってるよね
転移者は歩く災害、悪魔である。
アタシは生まれてから十八年間ずっとそう習ってきた。
親、先生、冒険者、パン屋のおじさん、隣に住むお姉さん、みんな同じことを言った。
だけどアタシはラクレットから正体を明かされるまで気が付かなかった。それは審美眼に優れた冒険者ギルドの受付嬢もそうだ。
転移者はアタシたちと変わらない普通の人間だったのだから……。
なんて思ったのは一瞬だった。
「パイルバンカー、と言いましたか。そんな一発撃ったら終わりの代物でワイバーンを狩るとか馬鹿なんじゃないですか?」
「に、二度も馬鹿って言われた……」
二度じゃ足りないくらい馬鹿だと思うのはアタシ、天才盗賊のコニー・ドリットだけではないだろう。
ギルドに居る全員がパイルバンカーの組み上がる様を期待して居たが、いざ組み上がってみればなんてことはない砲弾が杭になっただけの大砲だ。
パイルバンカーに抱きつき頬擦りをするラクレットには悪いが、こんな程度では竜種の皮膚を貫くなど無理だ。
とりあえず杭を撃つために、薬莢と呼ばれる小型の筒へ冒険者たちは魔力を込め始めるものの、その表情は浮かない。
「ラクレット様、仮に本当に仮にこの武器でワイバーンを狩れるとしてどの様に戦われるおつもりで?」
余程の自信があったのか皆の反応が予想外に悪かったことに拗ね出したラクレットにアタシは問いかける。
背中を向けギルドの隅に横たわったままラクレットは小さく声を漏らす。
「……って」
「はい?」
「……やまって」
「聞こえませんが」
「謝んなさいよぉぉぉ!」
「うっわ、めんどくさ」
泣きじゃくるラクレットに、つい本音を漏らしてしまったアタシは口元を慌てて押さえるがもう遅い。
「はぁ!? コニーちゃん今面倒臭いとか言ったのありえないんですけど!」
目を赤くし鼻水と涎でぐしゃぐしゃになったラクレットに私は訂正を試みる。
「すみません言い間違えました」
「……うん」
「死ぬほど面倒臭いです」
「っ! うぁぁぁぁぁあんっ!!」
なるほど。歩く災害、悪魔とは言い得て妙。
耳をつんざく様な咆哮をあげる姿にこれが転移者か、とアタシは耳を両手で塞いで納得した。
「コニー殿、我、あやつが泣くの見ていられないのだが止めてきて良いだろうか?」
横から申し訳なさそうに現れたのはラクレットと同じ姿をした少女だ。
突如現れたかと思えばラクレットを殺そうとしたり、泣き止ませようとしたり何がしたいのか分からない。
神様とか呼ばれているが、この世界の神様は大柄で髭を足の先まで伸ばしたお爺ちゃんとして信仰されているので本物ではないだろう。
多分、カミサマっていう名前のラクレットの姉か妹に違いない。
「お好きにどうぞ。むしろ姉妹ならあれくらいで泣かないよう躾けていただいてよろしいですか」
「別に姉妹ではないのだがまぁ、いいか。しかし、ラクレットにビビり倒しておった割には強く出るのだな……」
「いや、何かもう怖くなくなっちゃいまして」
転移者であることをバラさないと契約をしたのが随分と昔に思えるくらいにラクレットに慣れてしまった。
天性の勘と言うものだろうか、何となく理解してしまったのかもしれない。彼女、別に害は無いかなって。
乾いた笑いで返事をしたカミサマはラクレットのご機嫌取りに、踵を返したアタシは薬莢への魔力補填をしている冒険者たちの元へと向かう。
「コニー、あの新人が組み立てたパイルバンカーだが、ワイバーンを狩れると言うのは本当かも知れんぞ」
「どういう事ですかジャンゴさん」
アタシに気が付いたベテラン冒険者のジャンゴさんは目を輝かせて詰め寄ってきた。
小型の筒とはいえ、薬莢の大きさは指先から肘までの長さがあり太さも腕の二倍はある。
魔力を込めるのには数分もあれば充分なのだが、冒険者たちを見るにまだまだ終わりそうもない。
「銀等級の魔道士も二人居るっつーのに、補填出来た魔力は未だ半分。薬莢単体を爆発させても相当な威力が出るが、その勢いで杭を打ち出したらどうなるやら」
「ふむ……。可能性が目に見えてきたのは良い事ですね」
「コニー、お前キャラどうした? 敬語使っても馬鹿は変わらないんだぞ」
期待に胸を膨らませつつもアタシの違和感に口を出してしまったベテラン冒険者のジャンゴさんを金的で沈め、ラクレットの様子を見ようと振り返ったアタシは彼女と目が合った。
「そうよね、チンピラに身包み剥がれる奴が馬鹿じゃないはずないわよね!」
「その理論だとラクレット様も身包み剥がれた馬鹿で確定しますがよろしいのですか?」
「道連れなら文句無いわよ」
言うや否や笑顔で飛び掛かって来たラクレットと共に床に転がったアタシは構ってあげることにした。
ホント、緊急事態だっていうのに何してるのかしらね。
▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲
目の前で始まったキャットファイトに我は目頭を押さえ、天を仰ぐ。
人の事を見透かしたような言動や明らかに自身よりも強い生物に対して挑もうとする胆力を見せたかと思えば、泣くわ喚くわ馬鹿騒ぎをする目の前の人間に我は辟易した。
やはり初手で殺しておくべきだったかもしれない。
ワイバーンなど我の剣ですぐにでも斬れるし、街への被害を考えたら一刻も早い対応をするのは当然だ。
転移して間もないこともあり、深い関係性を築いた者も居ない。
そもそも同じ顔、姿というだけで我ではないものが動き回っているのだ。
我はそんな口を開けて笑わない。我は部屋の隅で拗ねるように泣いたりもしない。我は賭けに出たり何の根拠も無い自信を振りまいたりもしない。
まだ数日だぞ? それなのに何故この世界が好きだという気持ちが我と同じくらいにあるのだ。
一体この世界の何をどれだけ知ってるというのだ、街から出たことも無いくせに。
そんな感情を持つな、我に心の内を読ませるな、見せてやりたくなるだろうが!
「……転移者はこの世界に災害をもたらすんだ。だから転移を許してしまった百数名は殺さなければならない」
我の呟きは誰にも聞こえない。
聞かせるつもりも無いが声に出さねば揺らいでしまう。否、声に出そうがもう揺らいでしまっている。
キャットファイトなんて言ったただのじゃれあいを終えたラクレットとコニーは、息を切らしながらも笑っていた。
転移者は災害だ悪魔だとこの世界の人間には刷り込んだのは無駄だったらしい。
「ねぇ、ラクレット様。何でそんなに馬鹿みたいに自信家で楽観的なんですか?」
「まぁだ喧嘩売ってくる元気あるのね、くすぐられ足りないのかしら」
コニーはラクレットの本質を見てしまった。転移者という皮を一枚剥げば自分たちと変わらないのだと。
ラクレットはコニーを怖がらせてしまった罪悪感を抱えつつもどうにか打ち解けようとしている。
我は間違っているのだろうか。
答えを出すには時期尚早というものかもしれない。
だから殺すのをやめたのだ。偶には我も賭けてみたいと思ったのだ。
「我も混ぜろ」
「神様も寂しいとか思うのかしら?」
「へぇ、ラクレット様と違って可愛い笑い方されるんですね」
「煩い」
緊急事態に何をしてるんだという目をした他の冒険者たちの視線を尻目に、にやつく二人に我は近寄る。
茶化しを一括した我は二人の間に割って入り腰を下ろす。
仕方ないだろう、笑ったのなんてアイツと旅をした時以来なのだから……。