五話 交易都市
西方の交易都市ウェイスト・ラルク。
この都市の地形は街の中心に建つ時計塔から一望すると、某有名パズルゲームの凸の様な形をしていて感動したのは数日前の話。
かつて地球で住んでいた都市は大気汚染から逃れるために地下に造られており、長年の増築と劣化による崩落などでごちゃごちゃとしたものだった。
地上の都市などおとぎ話やゲームでしか見たことが無かったので、ウェイスト・ラルクの街並みが、澄んだ空気を運ぶ風が、人々の活気が、私の五感の全てを刺激した。
その感動を塗り替えるように、整備された道は逃げ惑う人々で溢れかえり、一つ通りを挟むだけで焼け野原と死体が転がる街になってしまったのが数分前の話だ。
その原因は街の上空を我が物顔で占拠する魔物、竜種ワイバーンに他ならず、時折口から吐く熱線で街を焼いては次の獲物を見定めるように上空を旋回するワイバーンは、どういう訳か地上に降りてくる気配を微塵もみせずに居た。
「少なくともお腹が減ってる訳じゃなさそうよね」
私は街の東側にある冒険者ギルドへ走りながら、並走するコニーに話しかける。
「竜種なんて初めて見るから図鑑で見た知識しか知らないですが、その考えには賛同します。竜種の知能は他の魔物より遥かに高い様ですから何かを探しているのかもしれません」
自称天才盗賊を名乗るだけあってコニーは全力疾走でも息を切らさず返事をする余裕が見えた。
つい数分前には震えて泣きそうだったというのに、意外と精神面が強いのかもしれない。
一方の私は話しかけておいてなんだが、既に体力の限界が見え始めており息も絶え絶えだ。
神様と同じ容姿にしただけなのに元の姿の時よりも身体能力が落ちている気がする。
(神様だから可愛いし最強なんじゃないかと安易に考えたのがいけなかったかなぁ……? 口調意識していないのに女っぽくなってるし、全体的に地球に居た頃より弱体化してる気がする)
「それは当然だろう。見た目は同じでもお前用にチューンナップした肉体だからな」
「うっわ、人の、思考読める、タイプの神様じゃん。急に、話しかけられたら、ビックリするでしょうが」
ただでさえ息をするのが苦しいのに後方から話しかけられたらそりゃ驚く。しかも勝手に会話を成立させられるもんだから尚のことだ。
スピードを落とし神様と並んだ私は、その涼しい表情に敗北感を覚えながら話を続ける。
「私用にチューンナップって、体力とか落とす必要なくない?」
「転移前に説明しただろう。例え肉体を変えようと備わらない器官があるのだと」
「説明されたっけ?」
「したわ、この戯けが! この世界では地球には存在しない魔力があると。転移者の肉体には脳への負担から魔力を制御・生成する器官を造設することが不可能だともな」
神様の怒った顔も美少女そのものだなぁと、気を逸らしながらも私は転移前のことを思い返した。
脳への負担とか言われたような言われてないような……。
異世界へ行くにあたり色々と説明されたり注意されたりもした気が興奮が勝っておりほぼ覚えていない。
私は思い返すのをすぐに諦め質問に移る。
「その魔力器官って無いとまずい?」
「そうだな……この世界では身体能力を強化する魔法がいくつか発展している。普通に生活するだけでも筋力を上げる、集中力を高める、走る速度を増す等の補助魔法が使用される」
「って事は戦闘を生業とする冒険者みたいな人たちは補助魔法込みで常に活動してたりするわけね」
「その通りだ。ゆえに魔力器官の無いお前はこの世界の人間よりも劣る、と言いたかったんだがな」
神様は呆れたように首を横に振り、もう一度私と目を合わせる。
これでも物事の理解は早い方だと思っているのだが神様的にはそれが不満だったのだろうか?
「お前、気が付いていないのか? アイツもそうだったが転移者というのはこの世界に対して独自に適応する素質でも持っているのだろうか」
「ラクレット様、冒険者ギルドに着きますよ!」
神様の言う素質が何かを理解する前にコニーが大きな声で到着を知らせる。
私は軽く一息つき上がった心拍数を下げようと走る速度を段々と緩めて初めて気が付いた。
「息、切れてないんだけど」
何時からだろうか、少なくともコニーと会話をしていた時には体力に限界を感じていた筈だった。
困惑する私の尻に神様は蹴りをお見舞いし、つんのめって振り返った私に向けて指を差す。
「なにすんのよ!」
「どういう理屈かは知らんがお前の肉体は成長しやすいみたいだ。痛みも与えれば皮膚も強くなるんじゃないかと思ってな」
「尻が硬くなって誰が喜ぶっていうのよ」
「軽口が叩けるくらいには思考は柔らかいみたいだな」
偉そうな態度で私の前を歩きだした神様はフードを目深に被り顔を見えないようにするとコニーと並び冒険者ギルドの扉を開けて中へと先に入って行く。
先ほどのやり取りは自分の身体の変化にも気付けない私への神様なりの気遣いなのだと勝手に解釈し、私は足を止める。
振り返れば汗だくで息を切らしてへたり込んだノックスが遠くに居り、手を貸しに行くか少し悩んだがそれを察知したのか彼は声を振り絞ってこちらに声を掛けてきた。
「オレに構わず、ヒィ、先に、ハァ、行ってください……フゥ」
「意外と体力無いのねノックス」
「いや、ハァ、アンタが、フゥ、異常なんす、ヒィ……よ」
それだけ言って仰向けに寝転んだノックスは手をヒラヒラと振って私を見送った。
確かに走っているのに能力が向上し回復するなど異常だと思う。
そしてそれがどれだけ異常なのか事かを私は見誤っていた。
何せこんなにも広い所を走るのは初めてだったから。
見上げた物の大きさを測った事など無かったから。
この交易都市ウェイスト・ラルクが私の中で初めて見た街で、大都市と呼ばれていることなど知らなかったから。
この時の私は転移前の身体能力まで戻ったと勘違いしていたのだ。