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三話 鏡像

 青み掛かった銀髪に隠れた紫紺の双眸は、静かに一点を見つめていた。

 路傍に座り込む二人の少女と、体格の良い男をこの街のシンボルである時計塔から彼女は見下ろし、風が吹くと肩や頬を撫でる髪を鬱陶しそうに手で梳きながら小さく舌打ちをする。


「何が世界の敵にはならない、だ」


 自分と同じ姿をした人間が、自らの為に傷つけた少女達を自らの為に懐柔しようと画策する様は、吐き気を催すほどに不愉快だった。

 やはり人間は愚かだ。

 自分が悪行を働いた事を棚に上げ、改心したとのたまい暴力的な正義を振りかざす輩がなんと多いことか。


「地球人類をこの世界に補填したのは間違いだった。記憶を消去し転生した者達はともかく、転移者は危険すぎる」


 本当は全ての人類を転生させる予定で彼女は計画を進めていた。

 しかし格上の神の進言により希望者には転移を行わせるよう命令が下りた。

 その結果、転移を選んだ人間は百名余り。


「どいつもこいつも己のことしか考えない馬鹿どもだった。そもそも転移とは人々の願いや神の選定を受けた選ばれし者が享受するもの」


 百名余りの人間は一切の例外無く、己は特別で当然の権利だと言わんばかりに転移を選んでいた。

 たった一人の神が選定した転移者でさえ、この世界に大災害を引き起こしたというのに、百名もこの世界に野放しにしたらどうなってしまうのか。


「このままじゃ転移者の手によって、この世界が地球の二の舞になるのも時間の問題……」


 そのため彼女は転移者を自らの手で葬る事にした。

 許可を得ていない世界への干渉は重大な違反行為であり、管理者として最も行ってはならない事を彼女は決断した。

 全てはこの世界の為に。


「先ずはお前からだ、ラクレット・サイアム」


 彼女はおもむろに右手を空中に伸ばし、指先でそっと縦に線を描いた。


「神の姿を模倣し、地に降り立った悦楽の求道者。武力行使を厭わず、歪んだ英雄思想や極端に破綻した倫理観を持ったお前は必ず我を討たんと立ち上がるだろう」


 線に手を差し込んだ彼女は空中を掴み、感情の赴くままに手を振り下ろす。

 澄んだ蒼い空が裂け、現れた漆黒よりも暗い無の空間から彼女は剣を引き抜いた。


「我は再三に渡り転移を選ばぬよう言ったのだ」


 彼女は目を閉じて、転移前のラクレットとのやり取りを思い返す。


『そなたには転生か転移か選ぶ権利がある。我は辛く苦しい生き方を忘れ転生する道をそなたに進めたいのだがどうだろうか?』


 一度目はやんわりと転生へ誘導した。


『これから向かう世界には魔法が存在する。そこに住む者は皆産まれながらにして魔法を操る器官が備わっているが、転移者には無いぞ?』


 二度目はデメリットを伝えた。


『正直なところ我は転移者を送りたくはないのだ。地球での知識が無用な争いを起こす引き金になりかねない。それにあの世界に住む者は転移者に恐怖を感じているのだ』


 三度目は彼女の率直な想いを。

 同じ事を皆平等に伝えた。

 だが転移を選んだ百名余りの人間は関係の無いことだった。

 それはラクレット・サイアムにも同じだった。


 『俺は全部忘れて幸せになる気は無い。ただ俺はこれから行く世界が地球と比べてどれだけ最高か全身全霊で感じたいだけだ。あぁ、折角なら神様、あんたの見た目に変えてくれ。美少女になるの夢だったんだよ。』


 転移前に彼女に残した言葉は他者への配慮など一つもなかった。

 可能な限り願いを叶える立場の彼女は自身の姿の模倣すら受け入れるしかなかった。

 思い返すだけでも腑が煮え繰り返る。


「既に悪行は犯した。謝って許されようとするだけでは飽き足らず、恐怖支配をさも当然の様に行うなど万死に値する」


 彼女は自分自身に言い聞かせる。

 自身の行いは正義だと。

 世界を守る為に手を下すのだと。

 都合の悪い事は忘れてしまえばいい。


 愛するこの世界を救う為かつて転移者を召喚した事も、大災害が起きた責任を全て転移者になすりつけた事も、自身がこの世界にとって新たな災害である事も全部全部全部……。

 

 彼女は気付いている。

 自身も愚か者でしかないのだと。

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