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黄昏の剥離  作者: 春原光
第1章 要編
9/11

封魔の儀式2

 町中を少し観光して夕方まで時間を潰し、その後宿をとって休むことにした。


 宿に入るなり薊は重たい荷物を床に放り投げてベッドにダイブした。宿屋は、外観は和風の建物だったが中は古い洋室だ。


「最高、ベッド最高」


 そう言いながら頬を緩ませてゴロゴロしている薊を見ながら要はため息を吐く。この男と一緒に行動し始めてからため息の回数が増えたのはきっと気のせいではない。


「で、薊。あやかしって何」


 要が薊に聞くとゴロゴロしていた薊の動きがピタッと止まり、起き上がってベッドのふちに腰掛ける。


「妖は魔獣の上位互換だ」

「上位互換?」

「そうだ。膨大な魔力を持った獣の形をした知的生物だ。生まれつき妖のやつが大半だが稀に魔獣から進化する場合もある。……妖は人間に取り付いて人間に魔力を与える存在、例外はあるが基本的には実体がないんだよ」


「じゃあ暴れてるっていうのは……」


「おそらく、妖に憑かれて暴走した人間だ。お前は特別なんだと妖に言いくるめられでもしたんだろ。……でもな、普通の人間には魔力なんて代物は扱えねぇんだよ。結局じわじわと生命エネルギーを奪われた挙句命を落とす。その上、大した魔法も使えるようにはならない。妖付きが出たところで町に廃人が一人増えるだけさ。

 ……だが問題は、妖は双方の同意なしには人間に憑けないという点だ」


「つまり、この町に力を求めて妖に命を売った人間がいた、と」

「……王の政策でこの国では魔力は忌むべきとされているだろう。妖付きが出たっつーことは町から異端が出た扱いになるんだよ。だから町の人間がピリピリしている」


「異端……ね」


 要は宿までの間の通りすがりの町民の顔を思い出しながら呟く。門からここまで歩いてくる間に何人かの人間とすれ違ったが、皆顔がこわばっていて笑顔など浮かべる人間はいない。大人だけでなく遊び盛りの子どもすらそんな様子だった。


「少し気味が悪い。洗脳のせいなのか、本気で当人たちが思っているのか分からないところがさらに、ね」

「人間外からの目線で言わせてもらっても気味が悪いな。洗脳の効果が残ってるのなんて死にかけの年寄り世代がいいところだろ。それ以下の世代は、洗脳というより質の悪い教育だ」

「ところで、封魔の器って?」

「……妖は実態がないから手に負えない。妖付きの人間を殺したところで妖は死なないからな。そこで、壺や鏡に特殊な術式をかけて妖を閉じ込める。そん時の依り代を器って呼んでる。


 ……まあ、妖を殺す方法もないではないが今のこの国にはおそらく不可能だ」


 そう言いながらベッドから立ち上がった薊は窓枠に腰掛けた。そうして窓の外を眺めながら話を続ける。


「そもそも封魔の器には術式をかける必要がある。器そのものも人間社会にはめったに出回らないはずなのさ。本来入手困難なはずのそれが、どういうわけか都に行けばすぐに手に入るらしい。なんでそんな簡単……に……」


「……薊?」


 薊が窓の外を見ながら固まった。真っ青な顔をして、額に汗がにじんでいる。不思議に思った要も窓の外を覗き込むと、人を乗せて運ぶには少しお粗末な籠が通っていた。薊はぎりっと歯ぎしりをした後で瞳孔が開いた鋭い目つきで要の方を向く。


「今何時だ」

「えっと……もうすぐ6時だけど……」

「チッ黄昏じゃねぇか!」

「えっ……ちょっと待ってよ!」


 そういうなり焦った表情で走って宿屋から出ていく薊に慌てて要もついていく。走りながら周りを見ると、生気の抜けた顔をした町民たちも皆要たちと同じ場所に向かっているようだ。


 程なくして薊の足が止まる。息切れを落ち着かせようと深呼吸しながら目の前を見ると

「はっ……なに……これ」


 目の前にあったのは広場だった。広場の中央には磔台に縛り付けられ、狂ったように叫ぶ男の姿がある。……聞かなくてもわかる、彼が妖付きなのだろう。


「薊、何が始まるの」

「……最悪な儀式だ」


 そう言いながら薊が顎で指した先には先ほど窓から見えた籠が置かれている。程なくして中から引きずり出されたのは年端もいかない少女だった。目に生気がないどころか、痩せこけて目に光がない。ボロボロの麻の衣服の間から見える少女の左半身には黒い塗料で術式のようなものが描かれていた。


 だが、そんなことよりも要の目を奪ったのは彼女の胸元にくっきり焼き付いている赤黒い紋章。


「……竜の印」


 要は思わず目を見開き自身の胸元をぎゅっと掴む。魔力保持者の証。呪いにも勝るその紋章を体に刻まれた自分以外の人間を見るのは要にとって初めてのことだった。


 あの村には要以外の魔力保持者はいなかった。


 ……この最悪の文化はあの村だけの話ではないのか。この国中がこんな腐ったことを行っているのか。


 行き所の分からないどす黒い怒りを抑えるように歯を食いしばる。


 生気のない顔でなお、恐怖で顔を引きつらせている少女のぼさぼさの髪を鷲掴みにして男が彼女を広場の中央、妖付きの男の前まで引きずり出す。


 少女が投げ出された地面と妖付きの男の下には同じ魔法陣が描かれていた。


 ……後から薊に聞いた話なのだが、これは封魔の器に魔力保持者を使った儀式だったのだそうだ。魔力保持者の肉体に妖が定着することで魔力放出器官が開き、魔法を使うことが可能となる。


 魔力保持者に妖を定着させる際、本人の意思は関係ない。黄昏時、魔法陣により魔力保持者と妖双方の魔力が反応することで儀式が始まる。


 普通の人間であれば同意が必要なのに、魔力保持者になると当人の意思は関係ないのだ。


 道具として。器として。合えば良し、合わなくても良し。


 妖と人間の魔力の質、量が合えば神が生まれ……合わなければ魔力が人間の体内で反応を起こし肉体を壊す。


 魔力の質も量も魔法を使って初めてわかる。つまり、儀式以前に己の魔力の質を知る術はない。


 ……最悪の儀式だと薊が言った意味がようやく分かる。これは第三者が他人の命を使って行う、限りなく勝率の低い博打だ。



 魔法陣に少女が乗せられた瞬間、彼女の半身に描かれた紋がどす黒く光る。それにつられるようにして、彼女の足元と妖付きの男の足元の魔法陣が淡い光を放った。


 空は日が落ちかけて赤黒い夕日で染まっている。妖が魔の物として最も活発になる時間だ。


 夕日に見劣りしないほどの赤黒い色で少女の竜の印が光る。だが、一瞬強く光ったそれは徐々に光を失っていった。


「た……助けてっ……いやあぁ……ア゛ッ……あぁぁぁぁぁぁぁ……!」


 魔法陣の中で少女が苦しみもがく。彼女の皮膚が、肉が、髪の毛がボロボロと体から剥がれ落ち消えていく。


 うめき声にも似た彼女の叫び声が鼓膜に張り付く。最悪なその光景に思わず目を逸らそうとした瞬間、体中から肉が剥がれ眼球がむき出しになったその少女と目が合った気がした。


 たった5分にも満たない儀式の後、彼女は骨すら残らず塵になって消えた。元々妖付きだった男も儀式によって妖が抜けたために死んでいた。


 5分の間に2人、目の前で人が死んだというのに見物に来ていた人々の表情は全く変わらなかった。女も、子どもも、年寄りも皆何事もなかったような顔をして広場から去っていく。その中には、昼間に町の入り口に立っていた門番の親父も混ざっていた。


「……異常だ」


 要は唇を噛みしめたままその場から動けずにいた。


「宿に帰るぞ」


 そう言いながら、薊が要の腕を強く引く。前を歩く薊の顔もまた、怒りで歪んでいた。



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