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黄昏の剥離  作者: 春原光
第1章 要編
8/11

封魔の儀式1

 要たちが鬼の集落アレシアを出発して三日が経っていた。その頃の要たちはというと……大蛇の腹の中にいた。狭い胃の中は生き物特有の生暖かさと消化液のせいで居心地がすこぶる悪い。


「寝ている間に喰われるとは思ってなかった」

「呑気なこと言ってる場合かよ!胃だろ!胃の中だろここ!?」

「……このまま消化液に浸かってたら確実にお陀仏だし、こうなったら腹割いて出るしかない。ほら行くよ」

「行くよでなくて!なんでお前そんなに冷静なの!?ほら!俺なんかちょっと服溶けてるし!!」

「この蛇、山によくいるヤツじゃん。こいつ焼いて食うと美味いから。今夜の夕食は決まりだね」

「食うの!?やだよ蛇は!!」

「料理も狩りもしないお前に拒否権はないんだよ。そもそも、鬼は夜目が効くからって私が寝てる間の見張りしてくれるって言ってたからぐっすり寝てたのに何でこんなことになってんのかな!?」


 要のここ一番の誤算は薊のサバイバル耐性が低すぎたことである。夜になれば山の中で巨大蛇に喰われたり魔物と戦ったりすることは日常茶飯事だ。にもかかわらず無理やりついてきた割にその点の知識がない。


 ……まあ、そんな文句をゆっくり言う暇なんて今はない。なにせ消化液に浸かっている真っ最中だから。


 要は胃の外壁にナイフを突き立てると、思い切り力を入れて蛇の腹を裂く。割いた場所をかき分けてどうにか腹の外に出ると、薊を引っ張り出した。二人そろって蛇の消化液でべたべただ。


「なんなんだよこの蛇!!10mはあるぞ!?」

 蛇の腹から出るなり蛇に向かって怒鳴る薊。蛇はというと、要たちが脱出する際中とその後数秒はのたうち回っていたのだがもう既に動かなかった。


「その辺によくいる蛇だよ。一応魔物。このあたりの蛇は体の弾性がすごいから銃じゃ殺せないんだけど、ナイフの刃は結構簡単に通る。胃と肺を兼ねる臓器を持ってる謎生体だから胃を割けば息できなくなって死んじゃうよ。……まあその謎生体のおかげで胃の中で窒息死せずに済んだんだけど」

「胃と肺兼ねるって……よく絶滅してねえな」

「繁殖力が異常に高いの。一匹いたらそのあたりにうじゃうじゃいるはず」

「うげぇ」

「そうは言っても人食いサイズになるのはそんなに多くないから食べられる心配はしなくて大丈夫。さて、皮は剥いで売ろう。肉は今晩食べるから必要な分だけ削いで後は置いていこう。多分餓狼が食べにくるよ」


 要はそういうなり巨大な蛇の胴にまたがって解体を始める。蛇の解体は要にとって慣れたものだった。ものの数分で解体を終えた後、引いた目で要を見ていた薊に聞く。


「この辺りに川か池か、水を使えそうなところない?蛇皮洗って干したい」

「……おまえさぁ、その前に服と体だろ。水辺か、探してみるわ」


 そう言いながら薊はにおいを嗅ぐ仕草をした。薊は鼻も耳も目もとても良い。鬼族は元々魔物由来の種族であるため五感が鋭いらしい。

「ラッキ、近くにあんぞ!」

「お、やったね。」


 そんなわけで二人は水辺へと向かったのである。



 *


「おおーっ」


 水辺に着くなり要は思わず感嘆の声を上げた。やたら透き通っていて綺麗な水の泉があったのだ。きれいな水のおかげで泉の周りには食べられる果物が大量に自生している。泉の中を覗き込むと魚が泳いでいる。


 真っ先に薊が着物を洗い始めたのだが要の服は、防水の術式が組み込んであるおかげかほとんど汚れていなかったので顔や髪の毛など服では守り切れなかった部分のみ洗い流した。靴は洗って日向に干す。そうして二人とも身支度が整ったころには太陽が昇り切っていた。


「薊、もう服乾いたの?」

「風の魔石を持ってきてたからな。風の魔法でちょちょいよ。おまえの靴も乾かせよ貸してやるから」


 そう言いながら薊が要に渡したのは魔法陣が書かれた石、魔石である。


 魔石というのは魔力を溜め込む器になる石だ。魔力を持っているものが魔力を込めることで中に魔力を溜め込むことができるもので、そこに特定の術式を埋め込むことで誰にでも普通に使える道具になる。人間以外の社会では普及しているものらしい。


 魔力には個人にそれぞれ適性があるため通常であれば決まった属性の魔法しか使えないのだが、いったん魔石に溜めて術式を通すことで、魔力の属性を変換できるのだという。

 薊は自身には魔力がないため、魔力入りの魔石を購入して常日頃使っていたらしい。


 そしてこの度も、炎と風の魔石は持ってきていたというわけだ。ありがたく魔石を借りて要は靴を乾かす。魔石から出てきた風が靴の水分を絡め取り、ものの数秒で靴がカラカラだ。


 ついでに蛇皮の水分も飛ばした後で、乾いた靴を履きながら要は薊に話しかける。



「よし、薊。ここで朝ご飯にしよう。蛇肉は燻して保存食にする。朝ご飯は果物と魚の水炊き。私魚釣って炊くからその辺の果物取ってきて」

「なぁ、この変なやつとか食えんのか……?なんか目ぇついてっけど」

「食べてみりゃいいじゃん。見る限りこのあたりのやつは全部食べられそうだけどね」


 山の中は生態系が特殊なため、自生している植物も特殊な進化をしているものが多い。おいしそうに見えるものほど毒があり、やばい見た目のものほどおいしいということもざらにあるのだ。現に薊が採っているいる果物は柘榴(ざくろ)の一種なのだが、木の幹に一つ巨大な目がついている。植物に目がついているくらいよくあることで、動いたりこちらが食われないだけましに思えるものだ。しかし薊はあの恵まれた気候と天気の村の出身なので村の外には散歩以外の目的で出たことがないらしい。とんだ箱入りお坊ちゃんである。


 小さな悲鳴を上げながら果物採取をしている薊を横目に、要はその辺に落ちていた枝と植物の(つる)で簡易的な釣竿を作る。そして先ほどの蛇肉を少し削いで細かく切り、釣り餌として木の枝を削って作った釣り針の先につけた。二十分もすれば三匹魚が釣れたので、〆て内臓を取り除いてぶつ切りにして火にかける。道端に生えていた香草と塩で適当に味をつけて完成だ。鍋は薊が家から持ってきたものである。


 美味しそうな魚の匂いにつられて寄ってきた薊の手には数個の果物。要が魚を釣って調理する時間に見合わない数だ。少ない。大方、ぎょろぎょろと目線が追いかけてくる果物の木と格闘していたのだろう。


 炊いた魚を器によそって食べ始める。


「うまっ、おまえホントに何でもできんのな」

「まあ親にみっちり仕込まれてたからね。……で、今日ようやく山から出られそうなんだけど本当に私たち集落に行って大丈夫なの?」

「ああ。人間集落を行き来するためには入口での魔力チェックを受けなきゃならないが、生憎俺はかからねぇし角も落としたから問題ない。おまえもその服、魔力認識阻害術式のやつなんだろ?じゃあ大丈夫だ」


 薊は角を切り落とした後、数ミリ残っていた部分もやすりで削ってしまった。今はバンダナであとを隠しているが、もう少し前髪が伸びれば髪の毛で隠れるようになるだろう。


 角は人間の爪と同じように毎日少しずつ伸びるようで、薊は毎朝小刀でひげを剃った後で伸びた角をやすりで削っていた。


 色々話しているうちに食事が終わり食器を池で洗って片づけた。料理の傍ら燻していた蛇肉もそろそろ良さそうだ。炎の魔石を火種に使ったからか、料理も燻すのも作業効率がとてもよかった。こればかりは薊様々である。


 山を下ると町に出た。黒い瓦屋根の大きな門の前で門番に話しかける。


「こんにちは、旅のものです。町に入りたいのだけど」

「旅……?こんな辺鄙な町に寄るなんてあんたら変わってるなぁ。急用でもないなら今町に入るのはお勧めしねぇよ」


 槍を持った大男の門番はそんなことを言いながら表情を歪める。


「何かあったのか」

あやかしが暴れてるんだよ。この町にゃ封魔の器がないもんで。大慌てで都まで町の連中が買いに行ってはいるが今は町の空気が悪い」


 妖、封魔の器。聞きなれない単語が出てきて薊の方を向くと少しだけ薊の表情が険しくなっていた。


「まあ、都に出向いた連中も今夜には帰る予定だ」

「そうか……今夜中に都から器が届くならまあ大丈夫だろ。俺は妖よりも布団のない生活が一日引き延ばされる方が嫌だ。要、今夜はこの町に泊まろう」

「……分かった。そういうことだからおじさん、町に入れて」

「あんたら変わってんなぁ。ほれ、通行証だ。気をつけろよ」


 そう言って手渡された通行証は白い石でできていた。町の紋が彫られていて赤い宝石がはめ込まれているそれはおそらく魔通石でできている。


 要は渡された通行所をそのまま薊に渡す。要が持っていて万一光った時のことを考えるとぞっとするからだ。


 そうして入った町の中、銀貨一枚で泊まることができる宿で一泊することになったのである。




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