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黄昏の剥離  作者: 春原光
第1章 要編
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鬼の集落4

 結局、付いてくると言ってきかない薊に丸め込まれた要が折れた。飛んできた角が当たった額がヒリヒリ痛む。キッと薊を睨みつけると、薊はあまり反省してなさそうな顔で要に両手を合わせる。それで謝ってるつもりか。


「ところで要、旅に出るなら装備でも整えてこい。ほれ、無一文に小遣いをやろう」


 そう言いながら、薊が要に投げて渡したのは五枚の銀貨の入った巾着袋だ。人と鬼が使う硬貨が同じであることに驚いて薊に聞くと、この国に住んでいる種族は、基本的に皆同じ硬貨を使っているのだという。


 銀貨が一枚あれば着物が買える。つまり銀貨五枚はそこそこの大金だ。


「こんなにいいの?」

「ああ、村の露店で好きに買ってこい」

「薊は?行かないの?」

「行かねぇよ。荷造りで忙しいからな」

「あっそ、じゃあ行ってくる」


 薊が村に出たくない理由は十中八九村人からの差別が原因だろうが、そこには触れずに要は一人で出かけることにした。


 靴、動きやすい服、それからちょっとした武器を新調したい。

 来るときにはそれほどじっくり見ることはできなかったが、改めて立ち並ぶ露店を見ると色々なものが置いてあった。使い道の分からない雑貨や気持ちの悪い置物、綺麗な石、食べ物、武器、服や靴。


「嬢ちゃんもしかして人間かい?この辺りに人間が来るのは珍しいねぇ!!安くしとくから買っていきな!」


 服屋の前を通りかかると気前のよさそうな派手なおばちゃん鬼が要に声をかけて手招きする。要は声を掛けられるままにその露天に立ち寄った。


 その店で売っていたのは派手な柄の着物。派手なおばちゃんが売っている服だから派手に決まっているのにどうして声を掛けられるままに来てしまったのだろう。


「あたしゃまじないが得意でね、着物を織るときに糸に術式を入れ込んでんのさ。人間の店じゃまず買えないよ。

 ……おっと、嬢ちゃんも魔力の類は苦手だったかい?」


 尋ねてもいない話をべらべらと話していたおばちゃんがいったん話をやめそんなことを要に聞く。人間が洗脳で魔力嫌いなことは共通認識だと薊が言っていたのはこのことだ。少し悲しそうに眉尻をさげたおばちゃんもきっと、人間好きのいい鬼なのだろう。


「……いや、そんなことはないけど戦うかもしれないから実用的な服が欲しい。和服よりも洋服がいいかな」

「ならなおさらあたしの着物を買うべきさね!防火防水加工と衝撃吸収もある程度までなら効くよ!」

「防火?衝撃吸収……?」


 服選びでは聞きなれない単語がおばちゃんの口から次々に出てきて要は困惑した。そんな要にかまわずおばちゃんはまくしたてるように話を続ける。


「あたしは魔力を疎んでばかりの人間は本当に損してると思うよ、術式があるかないかで服一つとっても性能はけた違いさ。人間社会で魔力が込められてる着物を着るのが怖いなら、この服なんかどうだい?魔力認識阻害の術式も編み込んである。それから……あったあった!ちょうど同じ術式を編み込んだ袴も昨日できたところだったんだよ!丈夫さは保証するよ!ほらほら、試着だけでもしていきな!」


 そういうなりおばちゃんは立ち上がって要を露店の後方にあったテントに押し込んだ。そして着物と袴とインナーとたすきのワンセットをテントの中に投げ入れる。


「着たら声かけるんだよ!いいね?」


 そして要の返事も待たずにおばちゃんが店番に戻ってしまったので、仕方なく着物を着る。……着た後で鏡を見ると、着物は信じられないぐらい派手だが袴の色が地味なので全体的にそこまで目立つこともなく、袴は丈が短く膝下までしかないので動きやすい。素材も伸縮性があるのに丈夫そうで……いったい何でできているのだろう。


 ……これは、ありかもしれない。隠密には絶対向かないけど。


 すると突然テントの入り口が開いたので「ヒッ」と要は小さな悲鳴を上げる。入ってきたのはおばちゃんだ。

「着たなら声をかけろって言ったじゃないか。ほれ、これ持ってみな。」


 そういって今度おばちゃんが要に投げつけてきたのは石だ。何の変哲もない小さい白い石。

 その石をまじまじと眺めていると、その様子を見ておばちゃんが笑う。

「嬢ちゃん、それを見るのは初めてかい?それは魔通石さね。それが光ってないということはあたしの術式が正常に作用してる証だね。人間に術式の存在がばれることはない……ってどうしたんだい嬢ちゃん?」


 魔通石という単語を聞いて一瞬で要の顔は真っ青になった。服と一緒にこれ渡されてたら魔力の存在がばれて大騒ぎになっていたかもとゾッとした。


 どうやらこの着物に編み込まれた術式は本物のようだ。まさか魔通石から魔力を隠す手立てがあったとは知らなかった。意図せずのおばちゃんのファインプレーに要はおばちゃんにグッと親指を立てる。


「おばちゃん、これいくら?」

「銀貨三枚でどうだい?」

「買った!」

「まいど!ああそうだ、嬢ちゃんにおまけだよ、持っていきな。」


 おばちゃんが要に投げて渡したのはたくさんの装飾が施された懐中時計のペンダントだ。高そうな宝石がいくつもはめ込まれている。懐中時計を開くとそこに文字盤はない。その代わりにそこにあったのは、


「鏡……?」

「あんた、魔力持ちだろう。」

「えっ」

「あたしは魔力が見えるのさ。そうじゃなきゃ術式は編めないからね。その鏡にも特殊な術式が入れてある。きっといざというときにあんたを守ってくれるはずだ、持っていきな」

「でもお金」

「いらないよ。嬢ちゃん、頑張りなよ」


 おばちゃんがウインクしながら親指を立てた。なんと、あのファインプレーは意図してのものだったらしい。おばちゃん様様である。


 要はおばちゃんから受け取ったペンダントを首にかけて服の中にしまった。おばちゃんの勧めで服はこのまま着ていくことにする。


 かくして服を手に入れた要は、他の露店で革の紐靴と折り畳みのナイフをそれぞれ銀貨一枚で購入した。この二つには特殊な術式などは入っていないようだが、ナイフは錆びにくく切れ味も落ちにくいように加工している物だ。


 この集落の鬼が人間を好きだという話は本当だったらしい。ナイフは値段を半分以下にまけてくれたし、靴を買った革細工の店のおじさんは、旅をすると話すと運動に適した靴を安値で売ってくれた上に、余っていた皮でナイフや小物を収納できるちょっとした鞄をつくってくれた。


 そして、どの鬼も最後に口をそろえて「がんばれ」と、そう言った。


 その時に浮かべられる可哀そうなものを見る目の意味は分からなかったが、ともかく旅の準備は整った。


 これ以上薊を待たせては悪いと足早に薊の家へと向かう。

 すると玄関口で大量の荷物を抱えて手を振ってくる馬鹿がいた。


「お金ありがとう、助かったよ。

 ところで。ねぇ、荷物多すぎじゃない?必要最低限のもの以外は置いてきて」

「風呂入った後の着替えはいるだろ」

「これからも毎日風呂に入れるつもりでいるの?それから食材も非常食以外いらないから。主に山とか林を抜けるから調達すればいい」

「え」

「……あんたが荷物を置いて旅に出るか、それとも私があんたを置いて旅に出るか」

「わぁったよ!減らせばいいんだろ!」


 百年は生きているらしいこの鬼は年齢にも見た目にもそぐわず精神年齢が低い。要はため息を吐きながら、荷物を減らされしくしく泣く薊を引きずって鬼の集落から出発したのである。


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