鬼の集落3
「だっ~!!大変だったんだなぁ~お前!!」
「泣くな鬱陶しい!寄るな!!触るな!!」
要が魔力持ちで生け贄になりかけたことと両親が殺されて逃げてきたことをかいつまんで話すと、なぜか薊が泣き始めた。
話しながら泣きそうになっていた要だったが、当人より先に他人に目の前で大号泣されると泣く気も失せる。挙句の果てに詰め寄ってきて頭を撫でまわされるので鬱陶しい。
すると先ほどまで涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃだった薊が急に泣き止んで真顔になった。切り替えが早すぎるというか……極端だ。
「要、鬼が魔法を使えることは知ってるか」
「まあ一応」
人間、獣人、鬼etc.
人型の姿をした種族は鬼だけではない。天使の類までいるらしいと聞いたことはあるが、実際にどんな種族がこの世に存在しているのかはまだはっきりしていない。だが、人間以外の人型種族には魔法を使えるものも少なくないということは要でも知っていた。
人間は他種族の使う魔法を見て“魔獣と同じだ”とこれまた差別するのだが、魔力を持った要にとっては関係のない話だ。
「なんで同じ魔力持ちでも鬼には魔法が使えてお前には使えないと思う?」
「……考えたこともないよ、そんなこと」
「生物の体にはな、魔力を空気中から取り込む器官と外に放出するための器官が存在する。鬼も魔獣も人間も関係なく必ずだ。
だが、存在することと自由に使えるかということは別問題だ。通常、人間は魔力の取込器官も放出器官も閉じてるもんだ。だから体の中に魔力は入ってこねぇ。
でもな、極稀に魔力の取り込み口側が開いた人間が生まれることがある。すると体に魔力が入り込んで魔力持ちの人間が出来上がっちまうというわけさ」
「今聞く限り、魔力を持っていることが悪いことに思えないんだけど。なんでそれで差別されなきゃいけないの」
「当人にとってはいいことだが周りからしちゃ厄介だからさ。人間が溜め込む魔力の量は鬼の比じゃない。人間は魔力と肉体の親和性が異常に高い。人間みたいな魔法も使えない弱い種族がなぜ滅ぼされてないか、人間に魔法が使えるようになった場合他種族では歯が立たないからだ。鬼含め人間以外の生物は人間が怖いんだよ。まして、魔力持ちの人間の存在なんて力を持たない普通の人間にとっては天災に等しい。そんなことになれば当然、国の中での権力すらひっくり返っちまう。
……そこで人間は、王族以外に魔法が使える人間が出ないように魔法を使って洗脳した。魔力は悪いものだ……ってな。それがもう数百年も前の話だ。そこから悪い風習が生まれ、定着した。
魔力関係の器官が使えるかどうかは九割以上遺伝だ。国で人間の洗脳が行われてからはただでさえ希少だった魔力を持つ人間の数が徐々に減り始めて今では絶滅危惧種……お前の住んでたところでは十年に一度生まれるとか言ってたが、はっきりいって異常だよ。そんなにほいほい神が生まれてたまるか」
「ちょっと待って、神?この国にいる何十万人を同時に洗脳?そんなことができるわけ……」
「魔力を持った人間が魔法を使えたなら十分にあり得る話だ。人は神になれる。現にこの集落の神は人間だった」
そう言って薊は窓の外を指差しながら話を進める。
「ここへ来るとき洞窟を通ってきただろう。洞窟から出た後丘を下ったはずだ。不自然だと思わなかったか。ここは地下なんだよ。もとは溶岩が流れてできた空洞なんだ。
……にもかかわらずこの村は毎日晴れている。晴れたまま雨が降るんだ。数百年前、この村に来た人間がやったことだ。この集落の鬼たちはその人間を神と呼んだ。天候を好きにつくりかえて何百年も維持し続ける生物を、神と呼ばずになんと呼ぶ。」
少しだけ、興奮したように薊は言った。
「……その人間はどうなったの?」
「死んだよ。二百年は生きたかな。神と崇められたところで人間だ、命は永遠じゃない。……死んでなお魔法が解けないこの村に鬼はその人間の名前を付けた。そして今も神としてあがめ続けているんだよ。……ま、俺は百年ちょっとしか生きちゃいねえからほとんど伝え聞いた話だがな。
それからな、要。今した魔力関連の話は人間以外の間じゃ常識であり不動の事実だ。俺はこの村の住人だったから、お前が魔力持ちという理由でどうこうする気はねえが、場所や種族によってはそうもいかねぇ。
今みたいに簡単に、魔力を持ってることを他人に話すな。人間に町一つ滅ぼされた歴史もある。他種族を滅ぼした歴史もだ。それを知らないのは人間だけなんだよ。人間以外とお前が接するとき、お前に向けられるのは差別の目じゃなくて畏怖の感情だってことを理解すべきだ。んで、自分の身は自分で守れ。
……で、お前はこれからどうするつもりだ。行く当てはあんのか」
そんな薊の言葉に要は顎に手を当てて少し考える。行く当て云々は適当でいいと思っていたが、要は元々好奇心が強い方だった。商売、狩り、読み書き、そろばん、自炊、畑仕事に戦闘。両親に教えてもらったものと独学のものがあるが、生きるための術を要はたくさん持ち合わせていた。それらで逃避行して人生を終えるつもりだったのだが、魔力持ちの人間が二百年も生きたという話は要にとって大きな誤算だった。
二百年も退屈して生きていけるか。まっぴらごめんだ。
「……旅に出る」
「は?」
「旅に出るって言ってんの。もちろん魔力を持っていることは隠してね。一般の旅人のふりをしてこの国を見て回る。そしてあわよくば私が……神になってやる。
両親は殺された。私自身ひどい目にあった。ただでさえつまらないことだらけの人生、さらにここから二百年も保身に走って生きてどうなる?
……強者になりたい。せめて、生きることぐらいは邪魔されないぐらいの強者に。だから私は旅に出るよ薊。色々聞かせてくれてありがとう」
そう言って要は立ち上がり玄関に向かうと、置いておいた猟銃を背負って弾が入った箱を懐に入れる。
「申し訳ないけどこの着物もらっていい?私が元々着てたやつは処分してもらっていいから。ああ、それから……」
「おいちょっと待て、今からもう行くつもりか」
「そうだけど」
「お前人間以外の種族の知識とかあんのか」
「ギリギリ鬼は知ってたよ」
「人間が魔法を使う方法は」
「知らないけどまあどうにかなるでしょ」
「楽観的すぎないか」
「そこが私の長所だと思ってる」
「……よし、俺も着いていく」
「……はぁ?」
「はぁ?じゃねーよ!お前ひとりで旅したところで三日で野垂れ死ぬ未来が見えてるだろうが!」
「いやいや……出会って半日の他種族の面倒をあんたがそこまで見る義理なくない!?お人好しにも限度があるってもんでしょ!」
「はぁ……じゃあこういうことにしよう。俺がこの村の連中に嫌われてるのは見ての通り。嫌になってこの村を出ようとしていたところにちょうど良く旅人が通りかかった設定でどうだ」
「いや、設定って。それに鬼の仲間なんて連れてけないよ、ほらさ、角目立つし」
「角?……よし分かった」
薊は何かを思いついたような顔で部屋を出ていくとすぐに戻ってきた。戻ってきた手にはペンチのようなものが握られている。
「……それ、なに」
「角切りだ。鬼の必需品」
「何するつもり!?」
「まあ見てなって」
そういうと薊はおもむろに角切りを自身の角にあてがい……あろうことか根元から全て切り落としたのである。バチンッ!と大きな音がして切られた角は、勢いよく宙を舞い要の後方の壁に突き刺さった。ちなみに硬そうな木製の壁である。
「~っ!!何してんの!?」
「角が目立つっていうから切ってんだろうが。ほれ、もう一本切るから刺さらないように気をつけろよ。……それとも、俺がここまでしてまだ連れてかねぇとか言わねえよな?」
「わ、分かったから!連れて行くからもうちょっと安全に配慮してさぁ!」
「お!やりぃ!」
そう言いながら二本目、薊が切った角は刺さりこそしなかったものの、要の額にクリーンヒットした。