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黄昏の剥離  作者: 春原光
第1章 要編
3/11

逃避行の始まり2

  逢魔(おうま)(とき)という言葉がある。


  これは夕方から日が暮れて夜になる時間帯から魔物の動きが活発になることから読んで字のごとくつけられた名称である。


  魔物、と呼ばれる生物は確かに存在している。だが人間と関わり合いになることはめったになかった。というのも魔物は夜間を中心に活動する上、人里を襲うことは稀だ。夜間に山に入った人間が襲われたという話はあるが、それは夜に山に入った人間が馬鹿だった。たったそれだけで済まされてしまうような事柄である。


  人間にとって魔物とは忌むべき存在だった。魔物は魔力を持っている。その魔力こそが疎まれてきた。魔力とは一種のエネルギーのようなものだ。だがそれを持っていたところで魔法が使えるわけではない。心得が必要なのか、はたまた才能によるものなのか。


  魔物が魔法を使った、だなんて話は聞いたことがないし、要も魔力を持ちながら魔法が使えない人間のうちの一人だった。


  魔通石と呼ばれる石は魔力を持つものが触れると光を放つ。そうやって村では生まれてばかりの赤子の魔力の有無を選定していた。


 赤ん坊の要が触れさせられた、その石が光ったからこそ今こうやって追われているのだからまったく勘弁してほしい。



 龍を恐れてめったに山に立ち入らない村人と要の間には決定的な違いがあった。


 この山は神こそいないが“餓狼”と呼ばれる魔物の群生地帯だった。餓狼はとても鼻が良く縄張り意識が強い。だが獰猛なだけの頭の悪い種族ではなく、自分たちに危害を加えない生物に対してむやみな殺生はしない。そして仲間意識も強い魔物だ。


 山に住む生物個体それぞれのにおいを覚えるほど記憶力が良く、要は逢魔が時を過ぎて狩りをしていても彼らに襲われることはなかった。要たち家族が餓狼を狩ったことがないからだ。


 それどころか狩りのおこぼれをあげたりもしていたので、餓狼にとって要の家族は“同類”“仲間”そんな認識だったのかもしれない。


 つまりは、村人たちは“夜”に“餓狼の縄張り”で“彼らの仲間”を殺したのである。


 餓狼の作った獣道を走って逃げていると数十の餓狼とすれ違った。一匹の子どもの餓狼が通りすがりに要に飛びついて顔を舐める。首のあたりの毛皮に顔をうずめると少ししっぽを振った後で走り去っていった。


 もう数刻すれば、要の両親を殺した村人の命はないだろう。


 餓狼は仲間意識が強い魔物だ。その上情の深い魔物だ。弱者を蹂躙して貪るなんてまねはできない魔物だ。だから縄張りの山に住む動物は自らの手では殺せない。自分たちに危害を加えないもの達も襲えない。稀にある動物の死骸を食べる程度にしか食事をしない。それゆえ常に腹を空かせていた。


 それでも彼らが生き続けられているのは彼らの中にある魔力のおかげであった。魔力は膨大なエネルギーだ。魔法は使えずとも魔力を持つ者の生命エネルギーは必然的に高くなる。

 彼らは自らの魔力を喰らって生きる生物だ。それに限界などない。だが魔力で腹は膨れない。寿命を全うするその日まで、彼らは腹を空かせて生きていく。


 だがひとつ、例外があった。彼らの仲間に危害を加えるものが出てきたときである。

 彼らは自分たちの仲間を慈しみながらも、彼らの仲間が襲われる瞬間をいつも待っている。

 彼らは空腹のまま生きていける。だが最も満腹に飢えている種族だった。


 仲間の血が流れた瞬間が食事の合図。敵のにおいを覚えたその鼻で敵を地の底まで追いかけまわし、敵の一族もろとも骨すら残さず貪り喰らうのだ。


 それゆえ各国共通、餓狼を殺すことは禁忌とされているのだが、村人たちは要の家族が餓狼に“仲間”扱いされているとはゆめゆめ思うまい。


 餓狼たちとすれ違って数分が経った頃、どこからか男の叫び声が聞こえてきた。


 村人たちの捜索隊に餓狼の群れが追いついたのかもしれない。いい気味だ、そう思って薄ら笑いを浮かべると少し虚しくなった。


 私が死ねばよかったのに。


 そんなことを考えながら浮かべた笑みは自身に対する嘲笑だ。両親が死なずとも自らが死ねば、二人は死なずに村人は皆餓狼に殺されていたはずなのに。


 獣道のそばにあった大木の幹に寄り掛かりながら空を見上げると月が出ていた。満月だ。

 月の光には魔力がある。こんなに煌々と月の光が降り注いでいるのなら一層餓狼たちは活発に活動するのだろう。


 月の光に右手をかざすともう既に火傷は治りかけていた。少し傷は残りそうだがそれでいい。地面を殴って割れた拳も、血が止まって半分ほど傷がふさがっていた。


 魔力を持つ者の生命力が高い。これに関しては要も例外ではなかった。昔から風邪すら引いたことがないし、転んでできた傷もすぐに治る。


 自身のこの体質(・・)を要は好きではなかった。


 普通の人間がこんなところを見たら、気持ちの悪いものを見ている気分にでもなるのだろう。特に今日は月のせいでいつもよりも治りが早い。


 両親が魔力を持っていたなら死ななかったのかもしれない。いや、子どもの段階でとっくに贄にされて死んでたか。


 そんなことを考えながら、この山から離れようと思い足を動かした。足取りが重いのはきっと体力のせいだけではない。


 ここから直接山を下りると一番近いのは例の村だ。それではリスクが高すぎる。


 要は少し考えた後で、一度山を登って山の反対側に向かうことにした。


 幸い、狩りから戻ってそのままこんなことになっている要は猟銃を持っていた。着物の懐に手を突っ込み薄汚れた木箱を取り出す。開けると中には五発分の弾が残っている。この山は三日もあれば超えられる。その間の食料調達にはこれで問題ないだろう。


 要は空を見上げ北極星を探した。“もしものため”に生き残るすべは両親から嫌というほど学んでいる。


 もしも、が来なければ一番良かったのだけれど。


 方角を確認すると淡白な態度で黙々と山を登り始めた要だったが、それはただ、両親が死んだことによる傷を舐めあう相手もいなければ、慰めてくれる人もいない。そんな孤独を埋めるすべなど知らないから、考えることを放棄した結果に過ぎなかった。


 山を登っていくと徐々に月が落ちてやがて朝になった。朝になるころには山の頂上が近くなってきたのか気温が下がり肌寒い。


 どこか休めるところはないかと要は辺りを見渡した。こうも標高が高ければ人は来ないだろう。他の地域で魔力を持った人間がどんな扱いを受けているのかなんてことは知らなかったけれど、要にとってやっぱり一番怖いのは両親以外の人間だった。


 傷の治りが早いと言っても体力ばかりはどうにもならない。少なくとも要には、餓狼のように魔力を体力に変えたりなどはできない。


 程なくして、小さな洞窟を見つけた。中を覗いてみたが何もいない。獣臭もないので、少なくとも動物や魔物の住処ではないようだ。


 要は洞窟の少しだけ奥に入ると壁に寄り掛かるようにして腰を下ろす。あまり奥に入りすぎると万が一の時の逃げ場がなくなる。奥に入った方がそもそも見つかりにくくはなるのだが、要は逃げやすい方を選んだ。そして弾を込めた銃を手に持ったまま浅い眠りについた。願わくは自然に目が覚めるまで眠って体力を回復したい。そんなことを考えながら。


 しかしそんな些細な願いもかなわず数刻後、要は人の話し声と物音で目を覚ますこととなった。


ここまで目を通していただきありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[良い点] ダークな描写に、とても魅力を感じる。 [一言] とても面白かったです。これからも読み続けていきたいと思います。頑張ってください。
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