シェリア
「んぐっ!」
「これで十五人目」
小さく呟きながら口を押えられた男の首を脊椎と一緒に喉の器官を半分に切る。
ぐぽぐぽと血の泡が手の平に当たり、不快感が浸透するが俺はそれを耐えながら相手が早く死ぬようにと祈りながら更に刀を深く差し込む。
もちろん、この傷なら普通なら致命傷の上、叫び声も上げられずに死ぬだろう。
だが、もしこの男が回復や治療特化の体魔術だった場合は、この程度では体魔力を全力で使えば時間はかかるが死にはしないのだ。
そう、高度な体魔術は本来なら死ぬような傷さえも治療してしまうほど現実をはるかに超えるような現象を引き起こすのだ。
ゆえに、完全に死ぬまでは決して手を抜いてはいけないのが冒険者たちの間では鉄則となっている。
「よし、これくらいなら良いか」
開いた瞳孔と、脈拍と血が完全に止まったことを確認した俺は、疲れを取るように溜息を吐き、死体を適当に転がし、再び歩き出した。
延々とほとんど変わらない道を一人で歩いていく。
やばいな。
俺の魔導兵器がまだ見つかっていないのもそうだが、それ以上に不味いのはもう十数人殺しているにも関わらず、出口の検討が全くついていないことが不味い。
今はまだ運が良く大騒ぎになっていないようで洞窟内も基本的には静かだ。
だが、それも15個のうちの一人でも見つかり、そのことがバレれば一気に騒がしくなることは明白だ。
だから、その前に出来れば出口の方角だけ知りたいんだが。
などと、心の中で呟くがそうことは上手く行かず、俺はただ闇雲に時間だけを潰していった。
そして、数度目の曲がり角を曲がった時、不意に風が吹くような音がして――――
「なんだこれ? 細い糸?」
そこには揺ら揺らと上下に動く細い糸があった。
その糸は俺の姿を見るや否やまるでこっちに来いと言うかのように踵を返す。
さてと、どうするか。
この糸の先に居るのが敵である可能性がある以上、このまま無視しても良いんだが、何分こっちも情報不足でこのままなら出口が見えず下手すれば飢え死にの可能性もある。
なら、虎穴に入らずんば虎子を得ずだな。
「分かった。案内してくれ」
そう細い糸へ返事をした俺はそのまま糸を追うかのように走り出した。
そして、糸の指示通りに進むこと数分。
俺は木製の扉の前に立っていた。
取り合えず、この中に入ればいいのだろうか。
そう判断した俺はゆっくりと扉を開く。
そこには――――
「私を信頼してくれてありがとうございます。
早速と言っては何ですが、ここから出してもらっても良いですか?」
黒い檻の中に、その檻と同じ色の髪をしたタンクトップを着た女性が居たのだった。
「ありがとうございます。
助かりました。ノイゲルさん」
盗賊たちから奪った刀を使い、檻のカギを破壊した俺へ向けて頭を下げるのだが……
「あのすみません。
名前言っていないんですけど何処かで会いましたでしょうか?」
そう言って、俺は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべながら訪ねる。
もちろん、俺が忘れている可能性もなくはないのだが、少なくとも、こんな美女かつ、俺の好みにドストライクなこの人のことを忘れるなんてそうそう無いとは思うのだが。
「まあ、そうですね。
あの時はずっとフード被っていましたし、私もあの商人から依頼を受けるときに又聞きで知っただけなので」
そう言って、苦笑した彼女は近くにあった乱雑に積まれた盗品の中からローブを取り、被る。
その瞬間、俺は一気に既視感が全身に走った。
「確か……シェリアさんですよね」
「はい、正解。その通りです。
私の名前はシェリア・ストックです。よろしくお願いします」
車での不愛想な雰囲気は何処へ行ったのか。
明かるい雰囲気を纏いながら彼女は大きく頷いた。
「すみません。
さっきとは雰囲気が全く違うので気づかなかったです」
「ああ、別に私も気にしてないので、気にしなくて良いですよ。
それに、あの時はちょっと他のことに気を取られていたので私も仕方ないとは思いますし。
あと、確かこれノイゲルさんの魔導兵器でしたよね」
近くの盗品の山から二丁の銃を俺に渡すシェリア。
それを見て、俺は思わず安堵の溜息を吐いた。
良かった。いくら自分の命のためでかつ、二人がそんなに気にしないことを知っていたとしても二人が俺のために作ってくれたこれを取り返さずに逃げるのはちょっと心苦しかったからな。
そう思いながら俺は取り戻した銃と盗品の中から探した魔石をしまう。
取り合えず、これで武器の心配もなくなったし、気兼ねなくここから脱出しても良いのだが……
流石に、一人護りながら進むのはきついよな。
とは言え、このまま見殺しで放置するって言うのも寝覚めが悪い、少なくとも俺にとっては命の次には大切な魔導兵器を取り戻す手助けをしてくれた。
それを無視して、このまま置き去りにするのは不味いし、少なくともそんな不義理なことはしたくない。
そうして、俺はシェリアと共に移動することを決め、洞窟内を進むのだった。
さてと、どうしましょうか。
洞窟の中をノイゲルと一緒に進みながらシェリアは一人考えていた。
洞窟の出口は既に自分の魔導兵器を使って、何処にあるかは知っているし、道をそれとなく妨害することで徐々に近づけさせている。
魔力を鉄の硬度の糸に変換してそれを操ると言う自分の魔導兵器の能力。
それは暗に動かすだけではなく、高速で動いてものを切ったり、その感触や糸から伝わる温度から内部構造もそれとなく理解することが出来るのだ。
もちろん、これを応用すれば檻を壊すだけではなく解錠も本来は出来て、さっさとここから脱出していたのだが、例の檻はどうやら魔力を無力化させる効果があったらしく、そのため誰か解錠できる人間を探し、その結果、ノイゲルと出会ったと言うわけだ。
まあ、もちろん。あの時商人が殺したはずの人が来るなんて想像はしてなかったしそこは驚いたけど……
とは言え、一番の問題はそこじゃない。
「想像以上に時間がかかるな」
「何か言いました?」
「いえ、ただの独り言です。気にしないでください」
そう言って、心の中にある苛立ちを隠しながら笑みを浮かべる。
流石腐っても盗賊と言うことか。
出口の正面で集まっていた盗賊の9割を伸ばした糸で惨殺したが、それでも何人かまだ生きているらしく、未だに刀と糸がぶつかる感触が糸から伝わる。
ノイゲルには既に自分の糸を見せたので、恐らくその光景を見たらすぐに自分がやったことだと判断するだろう。
無論、だからと言って特に問題は無いのだが……タイミングが悪いうえ、私が盗賊の大半を殺したことをギルドに報告されると都合上、少々面倒になる。
「だから、大人しく運賃代を払ってまで車で移動したのに。
それにあの子。私が来るまで大人しくしろって言ったのに」
おかげで全ての計画が無駄になった。
まあ、とは言えまだ手遅れじゃない。
最悪、目の前のこの人含めて全員口を封じれば良い。
ゆえに、私は極細の糸を一本作り出し、下準備を始めた。
もちろん、彼自身はそんなに長い時間過ごしていないが、真面目な態度には好感を持てるし、それほど嫌いでもない。
現に、あの時の会話は嘘偽りない素の自分を見せていた。
でも……
「あなたが私の邪魔になるなら殺すわ」
小さく決意するかのように私はそう呟くのだった。
……おかしい。
シェリアと一緒に洞窟を進みながら、俺はある種の疑問を抱いていた。
何であれから、一人も盗賊と出会っていないんだ?
もちろん、俺たちが出口から離れていて、本来なら探索する必要のない所を進んでいる可能性もある。
だが、彼女の先ほどから何処かに移動させようとする言動がそれが違うと言っている。
加えて、彼女には俺を彼女の元へと連れてきた例の糸の能力がある。
それなら、少なくともこの洞窟の構造程度なら分かるはずで、つまり出口も知っているはずだ。
なら、なぜ彼女はそのことを教えないんだ?
何か都合が悪いのか。それとも、別の何か特別な理由があるのか。
分からない。だが――――
「あいつが俺の邪魔になるなら殺す」
俺は少なくとも妹と再び出会うまで死ぬわけにはいかない。
それを邪魔しようと言うのならたとえ好みだろうが何だろうが関係ない。容赦なく殺す。
腰にあるホルスターに手を触れながら決意した俺はそのまま恐らく彼女が行きたいであろう出口へ向けて歩を進めた。
そして、松明ではなく自然の光が零れる曲がり角を見た俺は、何時でも撃てるように銃に触れながら、角を曲がった。
その瞬間、俺の視界に映ったのは、無数にあるバラバラにされた盗賊の死体と、例の三人。
「ガァァァアアアアア!!」
そして、妹と一緒に見た絵本でしか見たことのない黒い鱗のドラゴンだった。
一体何で500年前に勇者たちによって滅ぼされたはずのドラゴンが蘇ったかは分からない。
だが、その衝撃は凄まじく、俺の思考はその一瞬で完全に停止した。
そして、それを狙うかのように今まで成りを潜めていたシェリアの殺意が俺の首元に注がれた。
「さようなら。死ね」
「――――ッ!!」
一瞬遅れた。
そう判断した時は既に遅く、俺が放った弾丸はシェリアのすぐそばを通り抜け、俺はシェリアの冷たい声を聴きながら喉元を切り裂かれたのだった。
今はまだプロローグ部分ですが、あと2~3話程度続きます。
※お互いに殺意全開ですが、シェリアは今作のメインヒロインです。




