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奇跡のないこの世界で  作者: 筆我尾曾井
プロローグ
3/14

護衛任務開始

 昨日の楽しい時間が終わった翌日、新しい任務の集合場所へと行く前の準備をしながら昨日修理してもらった二丁の銃の様子を見る。

 とは言っても、見るところなんて無いと思うほど修理は完璧に行き届いているんだけどな。

 そう思いながら、グリップにあるマガジンと、シリンダーにある中身を完全に抜いた俺はそのままトリガーを引く。


「取り合えず……よし武器の方は問題なし。

 魔石の方も問題なしか。流石ヴィーランドさん。

 それじゃあ、準備も終わったし行ってきます」

 そして、準備を終えた俺は誰も居ない宿屋の中で呟き、部屋を出るのだった。


「ほい、ほい、ほい、確かにそれではよろしくお願いします」

「こちらこそ、お願いします」

 恰幅の良い依頼人に任務のために必要な書類を書いてもらった俺たちは互いに頭を軽く下げる。


「それでもう一度確認したいのですが、今回の任務についてですがあくまで商品と依頼人と、フードを被った方の護衛で、残りの3人は対象に入っていないと言う認識でよろしいでしょうか」

「はい、こちらのお方々は別の任務で水都へ行く必要がある冒険者のようで、身の安全も自分で守るらしいので大丈夫です」

 そう言って、少し困った顔をした依頼人を前に俺は軽くため息を零しながらはい、わかりましたと呟く。

 と言うのも、任務の場所が少し遠いときに移動時間を減らすために車を持っていない冒険者が商人たちの荷物の一部として商人のトラックを利用すること自体はそれほど珍しくない。


 何せ、いくら車があるとはいえ、国を出れば盗賊や魔物などがうようよいるこの世界で、護衛をしてくれる冒険者が居ると言うのはそれだけで、安心感が違ううえ、冒険者も時間短縮が出来るからだ。

 もちろん冒険者側も何日もかかる道のりを大幅に軽減できるうえ、金を貰えるため所謂win-winの関係を築いていた。

 しかし、近年では冒険者が自分の身は自分で守れるし、自分たちが多少は護衛してやると言うことで、運賃を払わない冒険者が多くなっているのだ。

 加えて、運賃を払っていないにも関わらずそう言った人間は自分が怪我をすると何で護らないのだとクレームをつけたりするため、各種問題となっているのだ。


 そのため、俺のような護衛任務を正当に行う冒険者の中では、護る必要がないと言うのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う意味なのだ。


「分かりました。それでは、これをギルドに提出していきますので、提出が終わり次第出発しますがよろしいでしょうか」

「はい、もちろんです。

 あ、もちろんまだ時間はありますので、ゆっくりで大丈夫ですよ」

「分かりました。ありがとうございます。

 それでは、ゆっくり行かせていただきます」

 そう言って、俺はギルドへ書類を提出しに向かい、それから約十数分後、書類を提出した俺は、水都へと向かうのだった。


『現状はどうですか?』

「今は問題ないです。このまま進んでください」

『分かりました』

 トラックの荷台に乗り、小型の黒い箱のようなトランシーバーを使いながら俺は周囲の確認をする。

 とは言っても、周囲にあるのは数センチ程度の小さな雑草のみで、盗賊や魔獣などが隠れる場所は無いから特にこれと言った警戒は必要ないんだけどな。

 だけど、万が一と言うこともあるし、仕事である以上は手を抜くわけにはいかないからな。

 それに何よりこれから先は他の任務であった盗賊が居るって噂の場所の近くだしな。

 気を張っていくか。と、心の中で呟いた俺は軽くほほをはたいて再度周囲の警戒をする。


「なあ、あんんた何をそんなに警戒してんだ?

 こんなところ適当に見るだけでいいだろ。それとも護衛任務は初めてか?」

 と、そんな時真面目に警戒をしている俺を嘲笑うかのように同じ荷台の上に居た例の3人組のうちの一人の純白の鎧を着た男が近づく。


「いや、毎回じゃないとはいえ初めて護衛任務が13で、もう8年はやっていますよ」

「8年って、なっが!!

 むしろそんな雑用任務は、やって3年くらいまでだろ。

 それともなんだ? 魔獣とかと戦うための資金繰りのためか?」

「別にお金はある程度は貯金含めてありますし、基本はこういう雑用任務ばかりして、魔獣退治はそんなにしないですね」

「ぷっ、何だそれ。武勲立てないなんて、冒険者やる必要あるのかよ。

 それに、8年もやってる癖に初対面の人間に敬語なんて、冒険者の常識をもうちょっと学べよ。

 このご時世下に見られたらお終いだぞ」

「俺は基本的にソロなので、敬語で下に見られても別に良いですし、社会常識的には敬語の方が便利だからそうしているだけですよ」

 ああ、もう人をイラつかせる天才だなこいつ。

 護衛対象じゃなきゃ、このまま車から蹴落としたのに……


「せっかく彼が忠告してくれたって言うのに何よ。その態度は!!」

 そんなことを思いながら適当に男の話を流した俺の態度があんまりにも悪かったのか、腰に手を置きながら怒っていますと言うかのような様相で近づいた軽装の女が俺を見下ろす。


「確かに態度が悪かったのは認めますけど、別に忠告してくれなんて言った覚えはないし、そもそも見ず知らずの他人にとやかく言われる覚えはないですよ」

「だとしても、悪いものは悪いでしょ!!

 私、そう言うの見逃せない性質なの。いいから彼に謝りなさい!!」

 そう言って、俺の肩に触れた女はそのまま力づくで俺の体を男の方へ向けて頭を下げさせようとする。

 なんだ。こいつら、護衛の金をケチっている癖に真面目に護衛している俺の邪魔するなんて正気か?

 そう思いながらこの手の奴にこれ以上の抵抗をしても無意味だと判断した俺は軽く頭を下げて心の籠っていないごめんなさいと言う心の籠っていない言葉を男へ向ける。

 そしてそんな様相がよほど腹が立ったのか、女は更に顔色を赤くした。


「心がこもっていない。ちゃんと頭下げて、ちゃんと彼に謝りなさい!!」

 そう言って、先ほどまで俺の頭に乗せていた手に更に力を入れて女は俺に頭を下げさせようとする。

 何だろ。ここまで行くと怒りを通り越して関心する。

 護衛の常識を知らないことを除外しても、普通赤の他人にここまでするか?

 なんてことを、熱っぽいが少し冷静になった頭で考えていると、最後の一人が両手を合わせながら口を開く。


「まあまあ、お二人とも落ち着いてください。喧嘩は良くないですよ。

 こういう時は互いに手を合わせてかの英雄に感謝して心を休めましょう」

……なんだ。今日は厄日を超えた災厄日か何かか?

 そう思いながら、俺は女を見る。

 金色の髪に純白の法衣と言う聖職者の鏡のような姿だが、それ以上に俺の目に留まったのは帝国の国教である神英教(エインヘリアル)のシンボルである、十二の小さな石柱がついたペンダントだった。


 神英教、別名エインヘリアルと呼ばれる今は亡き裏切りの勇者を除いた10人の勇者たちと当時の帝国の皇帝、そして後に英雄となった勇者の妻を神格化した宗教だ。

 その目的は祈りを行うことで祈りの力で天国に居る勇者たちが強くなり、かつて世界を滅ぼしかけた龍と裏切りの勇者の復活を阻止し、平和を維持すると言う何とも他力本願なふざけたものだ。

 とは言え、実在した人物が元となっており、更に世界を救った事実もあることから信徒の数多い傾向にある。

 無論、それだけならただの何処にでもある宗教なのだが――――


「ほら、あなたもさあ一緒に手を合わせて祈りましょう。

 さあさあさあ」

 相手が嫌だと言っても無理矢理自分の宗教を植え付けようとする奴が多いんだよな。この宗教。

 もちろん、全員が全員そう言うわけではなく、現に親しい人以外には話さないやつもいるが、それでも自分のことが正しいと思って、相手に宗教に入ることを強制する奴が少なくないことも事実で……


「なにをしているんですか。

 早く祈らないと、かの龍と裏切りの勇者が復活してしまいますよ」

 どうやら、今日護衛する奴は後者のタイプらしく、俺の手を自身の手で包んで無理矢理拝ませようとする。


「あのー、流石に手を放してくれませんか?

 流石に手を握られると望遠鏡使えなくて、周囲の監視が出来ないんですけど」

「そんなことどうでも良いんですよ。

 それよりもさあ、早く一緒に祈りましょ」

 はあ、なんて日だ。

 こりゃ、通常の2倍や3倍の色は付けてくれないと足りないぞ。

 などとそんなことを思いながら、未だに話してくれない目の前の女に軽くため息を零した俺は抵抗するのをあきらめて、はいはいと言いながら祈りを始める。


 その時――――

「前方五百メートル先の森の入り口にゴブリンの群れあり」

 妨害されていた俺の代わりに監視をしてくれていたのだろう。

 透き通るような落ち着いた声でフードを被った彼女は、白い腕と指で一か所の方向を差す。

 その瞬間、さっきまでの気怠そうな頭は一気に冷静になり、俺はそのまま手にある望遠鏡を使う。


 そこには恐らく、別の商人を襲ったのだろうか。

 半壊した車を殴りつけ、赤色の布が付いた血の滴る肉を食べ、中にある食料を物色する緑色の人型の魔獣、ゴブリンの群れがあった。


「オッケー、こっちも確認した」

『もしもし、こちらノイです。

 前方五百メートル先にゴブリンの群れあり、安全を確保するので、一旦停止してください。

 手筈は――――』

『20分たっても発煙筒が上がらなければ道を戻るですよね。

 分かっています。

 すみませんが、よろしくお願いします。

 皆様に、かの勇者のご加護がありますように』

『ありがとうございます』

 商人の言葉を聞き、通信を切ると同時にキーと言う音を立てながら車が急停止する。


「へへへ、ちょうどいい。退屈していたところだしな。

 ゴブリンなんて楽勝だ」

「そうね。それに、ゴブリンくらいなら水都の任務の肩慣らしにちょうど良いかもしれないしね」

「背中は任せてください。

 私が皆さんのことをサポートします」

 あいつら、勝手に行きやがった。

 心の中で何回目になるか分からない悪態を吐きながら俺は、視界を例の三人組から一人残った彼女へと向ける。


「と言うわけですみません。

 しばらくの間ここから離れるので、これを渡しておきます。

 これに魔力を流せば、約一時間ほど広範囲で煙幕が出ます。

 それを合図に、車が来た道を全力で引き返すので、万が一何か起きた時はこれを使用してください」

「分かりました。

 ありがたく頂戴します。ありがとうございます」

 不愛想に、興味なさそうに軽く頭を下げながら呟いた彼女は、俺から筒を受け取るとそのまま再び視界を外の景色へと向ける。


 一見すると不愛想で、端から見れば失礼極まりないような彼女の行動。

 しかし、その目が敵を探るかのように左右に揺れていることから、彼女は彼女なりにこの現状を対処していることを物語っていた。


 ありがたい。この状況で一番まずいのは車から離れること以上に敵の発見が遅れて逃げきる可能性が減ることだからな。

 加えて、俺が索敵できないことを考慮してくれたかどうかは分からないが、遥か先のゴブリンを発見したことから、彼女の索敵能力は並の冒険者以上はあるだろう。

 そんな彼女が索敵をしてくれるのなら、少なくともこの車が生き残る可能性は高い。


「早く行かないんですか?」

「ああ、はい、そうですね。

 それでは、行ってきます」

「はい、かの勇者のご加護がありますように」

 準備が出来たと言うにもかかわらず、未だに行かない俺のことが気になったのだろうか。

 ぶっきらぼうにそう言った彼女に返答した俺は、そのままはるか先のゴブリンの元へと向かうのだった。

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