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奇跡のないこの世界で  作者: 筆我尾曾井
プロローグ
2/14

何気ない日常

「ふぁ……ねむ」

 ガタンガタンと眠気を誘う特徴的な振動をする電車の中で俺ことノイゲル・カダーヴェルは大きな欠伸をしながら呆然と外を見る。


 英雄歴500年――帝都ハイル。

 500年前に秘術によって召喚された異世界の英雄が救ったこの世界で最大とも言える国で、代々異世界の勇者の中で最も優れていた英雄の子孫が皇帝として治めている。

 まあ、簡単に言えば異世界の勇者と最も深く関わった世襲制の国がこの帝都だ。


 なので当たり前と言えば当たり前なのだが、異世界の勇者の遺品や墓。

 中には異世界の知識など、彼らが残した多くのものがこの国には多くあり、その影響か聖地として多くの国から観光客がくる。

 実際に今も電車の中では結構な人数が居て、耳を澄ませば次はどこに行く? なんて声も聞こえてくるほどだ。


 だが、俺からすれば見慣れた光景であるため、俺はすぐにその光景から目を反らし、ポケットに入っているスマホを起動させる。

「そう言えば、これも異世界の勇者の知識を元に作られたんだっけ」

 と、小さき呟きながら俺はスマホに保存されているメールを確認する。


「ギルドへの予約は13時からか。

 30分くらい前につきそうだけど。ま、久しぶりにあの二人に合いたいしちょうど良いか」

 再び独り言を呟きながら頭の中で今日の予定を組んだ俺は、再度問題がないかを確認し、スマホの電源を落とす。


『次は――』

 そして、気づいたら予定の駅へ着いていたようで、俺は荷物を持ったまま外へ出るのだった。


「失礼しまーす」

 仄かな鉄の焦げた作業臭と軽く汗ばむほどの熱気が満たされる魔導工房(ヴェルンド)へと入った。

 誰も居ないのだろうか。

 銃や刀などが陳列する室内は全くと言ってよいほど無音であり、扉を閉める音が室内に響くほどだった。


「……誰も居ないか。と言うことはあっちか」

 少しだけ店内を歩き、独りごとを呟いた俺はそのまま裏口から外に出て隣接するヴェルンドの店主の夫婦の家のドアをノックした。

 すると、のっそのっそと部屋の奥から人が近づく音が聞こえ、その音が止まると同時に金色の髪を掻きながら気怠そうな顔をしたヴェルンドの店主であるヴィーラント・ヴェルンドがそこから現れた。


「んー、今は昼休憩だ。魔導兵器の修理なら――――って、おおノイじゃないか!! 久しぶりだな」

「久しぶりって……ヴィーラントさん、この前会ってからまだ二週間くらいじゃないですか」

「いいや、俺にとっては二日でも久しぶりだな。

 って、そうだ。おーい、スミ。ノイの奴が来たぞ」

 気怠そうな顔から一気に破顔一笑に変わったヴィーラントさんはそのまま巨大な体に似合う大きな声で部屋の奥に居るであろう自分の妻であるスミス・ヴェルンドを呼んだ。


「はいはい、そこまで大きな声でなくても大丈夫ですよ。

 お久しぶりですね。ノイ」

 ヴィーラントとは正反対に落ち着いた雰囲気を醸しながら、左に白色、反対に黒の瞳と黒色の肌をした絶世の美女と言っても過言のない女性、スミスさんが現れる。


「……二人とも同じことをいうんっすね」

「それはそうですよ。夫婦以前に、私たち二人は両方ともノイのことは息子同然と思っていますもの。

 なら、一日でも会えなければ久しぶりだと思うのは当たり前ですよ」

「ああ、全くその通りだな」

「…………」

 二人の言葉に鼻頭がかゆくなったかのような感覚を感じながら俺は思わず口を閉ざしてしまう。


「さてと、立ち話も何だし、ノイ。久々に飯でも一緒に行かないか?」

「すいません。俺も本当は一緒に生きたいんですけど、この後すぐギルドに行かなきゃいけないので。

 その後なら大丈夫なんですけど……」

「よし、ならその時に飯でも行こうぜ。

 スミもそれで良いよな」

「はい、もちろんです」

「よし、それじゃあ決まりだな。

 場所は何時も通りで良いとして……待っている間も何だし、ノイの魔導兵器の調整でもしておくか?

 今出せば、今日の夕方ごろには出来ると思うし」

「あ、良いんですか。それならお願いします。

 何時もありがとうございます」

 軽く頭を下げた俺は、腰にあるホルスターから二丁のリボルバーをヴィーラントさんに渡した。


「なに、魔導工房は魔導兵器の作成と管理が仕事だし、何よりノイの命を護る大切なものだからな。これくらい何でもないさ。

 っと、やっぱり少し疲労度が溜まっているな。まあ、ヒヒイロカネは必要ないけど――――」

 俺からリボルバーを受け取ると同時に一気に仕事モードに入るヴィーラントさんはそのまま視線をリボルバーへと向けたまま部屋の奥へと消えていった。


「はぁ、もうせっかくノイが居ると言うのに何時も集中すると周りが見えなくなるんですから。

 ごめんなさいね」

「いえ、大丈夫です。って、おっと、そうだ。調整の代金はこれで大丈夫ですか?」

 そう言って、俺はポケットから金貨を10枚取り出し渡す。


「はい、それで十分ですよ。

 毎度ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ。

 安い料金で調整してくれてありがとうございます。

 それじゃあ、一旦ギルドへ行ってきます」

「はい、気を付けてくださいね。

 私たちも修理が終わり次第向かうので、向こうで待ってください。

 今晩のごはん楽しみにしています」

「はい、俺も楽しみにしています。それじゃあ、行ってきます」

「はい、いってらっしゃい」

 軽く手を振りながら俺を見送るスミスさん。

 そんな彼女へ尻目に手を振りながら俺はそのままギルドへと向かった。


『次の依頼を受けますか? 受ける場合ははいを、受けない場合はいいえを押してください』

『これから、冒険者の登録を行います。

 指示に従って入力をお願いします』

「そう言えば、この頃、近くであまり魔物が現れないよな」

「言われてみれば、そうだな。

 まあ、冬が近いしそれが原因なんじゃねえか?

 あいつら、腐っても動物だろ? きっと冬はきついんだって」

 冒険者ギルドに入ると同時に室内に響く独特の機械音と、隣接する食堂から零れる人の声が耳に入る。

 そんな部屋の中を歩きながら、俺は任務の報告をするため、部屋の中で一番部屋い列の中へと入った。


 そして約十数分後、報告機の前に立った俺はそのまま画面に表示しているタッチしてくださいの文字に従った。

『こんばんわ。

 ギルド――――任務の報告でよろしいでしょうか。

 よろしければ、ギルドカードを――――認証中……認証完了しました』

 もう何十回も行った手順で機械の声を無視しながら俺は画面を操作し続ける。


『それでは、こちらの紙と一緒に達成結果のゴブリンの耳を三番窓口にて提出してください。

 ありがとうございました』

 任務達成のために必要な情報を入力し終えると同時に画面から少し離れた場所から出てきた紙を受け取った俺はそのままゴブリンの耳が入った革袋を片手に少し離れた机にいる美人の受付さんへと向かう。


「はい、ノイゲルさん。

 任務達成おめでとうございます。

 それでは、成功証明のためのゴブリンの耳の提出をお願いします」

「はい、確認お願いします」

「失礼します……はい、確かに。

 それでは、これでこちらのクエストを達成とさせていただきます。

 成功報酬は何時もの口座で大丈夫でしょうか」


「はい、それでお願いします。

 ただ、成功報酬内の3000円は現金でお願いします」

「承知いたしました。

 何時もありがとうございます。

 では、これでクエスト達成報告は終わりですが、今あるクエストなど何か確認事項等はありますでしょうか」

 成功報酬の三枚の銀色の紙を受付さんから受け取った俺は、そのままポケットに紙を無造作に突っ込む。

 そして、数秒間うーんと少し唸った俺はそのまま口を開く。


「今あるクエストの一覧の確認をさせてください」

「承知いたしました。

 今ノイゲルさんが、受けられる任務はこちらです」

 スマホを巨大にしたような板を受け取った俺は、そのまま画面に映っているクエストの一覧を見る。


「盗賊の調査。

 水都への商人の護衛。

 スライム、ゴブリンの討伐か。

 じゃあ、この水都への移動車の護衛をお願いします」

「承知いたしました。

 クエストの詳細はこちらです。ご確認のほどをお願いいたします。

 また、集合時間についてですが、明日の朝の10時までに正門へお願いいたします」

「分かりました」

「他には何かご用等はありますでしょうか」

「いいえ、大丈夫です」

「承知いたしました。

 では、以上とさせていただきます。

 本日はありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました」

 そう言って、軽く頭を下げた俺は席を立ち、少し離れた食堂へと向かった。


 そして、食堂に足を入れると同時に遠くから犬耳の愛嬌のある顔をした少しふっくらとした馴染みの店員のレト・リバーが俺の元へと来た。

「あ、お久しぶりです。ノイさん。

 席へ案内します。

 何時も通り三人で大丈夫ですよね」

「はい、それでお願いします。

 レトさん、いつもすみません」

「いえいえ、お三方は私の得意先なのでお気にならさず。

 それでは、お客様一人ご案内しまーす」

 その見た目に反さない元気な声で手を挙げたレトはそのまま俺を何時もの窓際の席へと案内した。


「それでは、ご注文ですが何時ものやつで良いですか?」

「それで大丈夫です。

 ただ、料理は二人が来てからで、取り合えずはビール一杯と枝豆だけお願いします」

「承知いたしました。ビール一杯と枝豆入りましたー」

 元気のよい声を響かせながら大袈裟な動作で部屋の奥へと消えていくレト。

 そんな彼女の姿を見つめながら、俺は二人が来るまで外の景色を見続けるのだった。


「ヴェルンドご夫妻入りましたー」

 そして、最初のビールを飲み終えた後、レトの元気な声と共に待ち人の二人が俺の席へと座った。

「お待たせノイ。

 ほい、調整とあと少し鉄と魔石の疲労が見えたから修理もしておいたぞ」

「そうですか。何時もありがとうございます」

「礼なんていらねえよ。昼も言ったが、これはノイの命を護る大切なものだからな。

 なら、その大切なものを入念に見るくらい何でもないさ。

 と言うより、出来れば毎日でも調整したいと思ってるくらいだから。

 だから、そんなにかしこまらなくても――――」

 そう言って、豪快に笑うヴィーラントを制するかのようにスミスが軽く背中に触れた。


「ストップ。

 あなた、ここは仕事場じゃないんのですから特別扱いするようなことは、そんな大きな声で言わないでください。

 今後の仕事と評判にかかりますから」

「別に良いだろ。

 どうせ仕事って言ったってここ最近はあのお偉いさん方の無茶ぶり仕事しかしてないんだし評価もクソも無いだろ」

「クソって、ヴィーラントさんがそんなこと言うなんて珍しいですね。

 そんなにやばい仕事なんですか?」

「やばいと言うか常識がない依頼と言うか……とりあえず飯食べながら言えるところだけ話すよ。

 おーいレトちゃん。料理ジャンジャン持ってきてくれ」

「合点承知の助でございまーす」


 ヴィーラントがレトに注文して数分後、温かい湯気と一緒に現れた料理を前に喉を鳴らした俺は、二人の顔を見ながらジョッキを持つ。

「それじゃあ、かんぱーい」

「「かんぱーい」」

 そして、木製の鈍い音を響かせた俺たちはそのまま食事を始めた。


 食事を始めて数分後、適度に腹を満たした俺は、口を開き談笑へと移った。

「ところで、さっき言っていた常識が無い依頼って何があったんですか?」

「常識がない……って、ああ、あれか。

 うーん、なんて言えばいいんだろうな……超威力を出せるような魔導兵器を作ってくれと言うか、安定性の高い高威力の魔導兵器を作ってくれと言うか」

「? 別にそれくらいは普通にあるでしょ」

「それはそうなんだけどなんて言えばいいんだろうな……」

「簡単に言ってしまえば、100人分の魔力を使って発動する超威力の魔導兵器を一つ作って欲しいと言われたんです」

 両手を組みながらうーんと悩むヴィーラントに助け舟を出すスミス。

 まあ、確かに言葉にすれば簡単でも100人分の魔力を使って発動する魔導兵器なんて結構難しそうな問題だとは思う。だけど……


「でも、別にそんなの、100人分の魔力を吸い出すような魔導兵器と、その魔力を使って法魔術を発動する魔導兵器の二つを使えば問題ないですよね?

 俺なら無理だけど、二人ならそれくらい簡単に出来そうな気がするんですけど」

 何せ、魔導工房「ヴェルンド」と言えば帝国でも五本指に入るほど有名なところだ。

 その店主の二人なら、これくらいのことは片手で出来ると思うんだが。


「確かに、その二つがあれば、さっきのことが出来る魔導兵器は出来る。

 だが、吸い取ったところで100人分の魔力の属性と、その属性に合った術式のコントロールが出来なくなって反動現象(リバウンド)が発生するんだよ。

 そのことは、ノイが一番よく分かっているだろ?」

「ああ、なるほど。言われてみれば確かにそうですね」

 ヴィーラントの言葉に少し口を濁しながら頷く。


 法魔術は確かに、魔力が結晶化された物質。魔石とその魔石に刻まれた術式を使用することによって固有の特殊な現象を発現できる。

 例えば、炎を出すと言う術式を刻んだら、魔力を炎に変えて放出することもできるし、水を出すに変えたらその通りの現象を発現できる。

 そして、そんな術式を刻んだ魔石とヒヒイロカネという魔力を流すことが出来る特殊な鉱物によって作られた武器を組み合わせることで、法魔術を発動できる武器。即ち魔導兵器が出来る。


 だが、そうして作られた魔導兵器でも、誰もが十全に使うことが出来る訳ではない。

 十人十色と言う諺が存在するように、人や動物、果てには空気中に存在する魔力やその魔力が結晶化した魔石にもまた水、火、金、土、木の基本の五つの色とそれから派生する無数の属性が存在する。

 そして、炎を出すという術式を刻んだ魔石に対して、魔石自身、または術者が流す魔力がその反対の水の属性ならどうなるか。

 答えは簡単。水が炎を打ち消したり、水が温められその反動で水蒸気爆発が発生するように反動現象(リバウンド)と呼ばれる()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が発生するのだ。


 ゆえに、法魔術を使う際には、自分の体内の魔力の中から魔石と合った属性の魔力のみを抽出する魔力コントロールと、自身の魔力の属性に合った魔導兵器を使うのは魔導兵器を使う者たちにとっては常識だ。

 なのだが――――


「俺は基本属性を全部持っているけど、その反面魔力のコントロールが不得意ですからね。

 反動現象の怖さは俺が誰よりも分かっていますよ」

「そうですね。現に私も過去に何人か反動現象が原因で戦っている最中に死んでしまった人を見ましたから。

 ですからできればノイには冒険者業なんてやめて平和に過ごして欲しいのですが……」

「すみませんが、それは無理です。

 俺にはまだやることがあるんで」

 片手で止まれの意思を示した俺に苦笑するスミス。


「そんなこと言わなくても分かっていますよ。

 ノイに冒険者業を止めて欲しいと言うのは完全な私の我儘ですから。

 でも……いいえ、だからこそお願いします。

 どれだけ無茶をしても良いですからちゃんと帰ってきてくださいね。

 家族を失う悲しみはもう味わいたくないですから」

「だな。俺も。って、何だか辛気臭くなっちまったな。

 折角の飯なんだし、暗い話はこれくらいにして、ノイの冒険譚でも聞かせてくれや」


「そうですね。言われてみればノイからそう言った話は聞いたこと無いですし、せっかくですからお願いします」

「まあ、別に良いですけど。

 そうですね……では、最初は俺が初めてやった任務について何ですけど」

 そして、俺はぽつり、ぽつりと過去のことを話たり、二人と一緒に賭けゲームをしたりと楽しい時間を過ごすのだった。

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