奇跡のないこの世界で
仕事などで色々とあって更新できませんでしたがようやく出来ました。
コロナに負けないようにみんな頑張りましょう。
俺が目覚めた日の夜、退院した俺はギルドのとある一室にいた。
部屋の机にはシェリアから貰った動画の一部を印刷した大量の資料と写真が乱雑に散らばっており、そこの部屋に居た俺ともう一人の気怠そうな男は互いにその資料の一部を見ていた。
「なるほどのお。
まあ、確かにここまではっきりとした証拠があるなら、こっちで手を出しても問題ないやろうな。
ほい、報告任務の達成報酬はこれくらいで大丈夫か?」
そんな中で、似非大阪弁のような言葉を言いながら、大量の金貨が入った袋を渡すのは、俺が所属するギルドの長であるフォリヴァラ・ヒュプノスだった。
「確認します。はい、これくらいで大丈夫です。
因みにですが、報告ついでにこのまま次に進めるのは大丈夫でしょうか?」
「さっきも言うたけど、これくらい証拠あるなら生死のどちらでも大丈夫やろ。
せやから、お前さんがやりやすい方を選んだれや」
「分かりました。
じゃあ、俺がやりやすい方でやります」
「さよか。ならよろしゅうお願いします」
そうして、ギルド長は軽く頭を下げると、深くため息を吐いて近くにあった酒瓶をそのまま飲む。
恐らく、これから起きることについての事後処理などについて考えているのだろうが……まあ、俺には関係ないことか。
そんなことを思いながら、未だに溜息を吐いているギルド長を尻目に俺は部屋を出るのだった。
自分は不幸な人間だ。可哀想な人間だ。
そんな自虐染みた台詞を言う人間の大半は幸せな人生を送っている。
何故なら、本当に不幸な人間、可哀想な人間はそんな不幸に満ち溢れた日々こそが、日常で当たり前なことだからだ。
そして、日常に対して、辛い、キツイと言うのは当たり前だが日常に対して不幸、可哀想と思う人間は居ない。
だから、そんなことを言える時点でその人物は恵まれている。
それが私、パイア・クロミュオーンの人生観だ。
だから、私は恵まれた人生を送っていると断言できる。
何故なら――――
「おねーちゃん。今日のご飯美味しいね」
「そう? ありがとう。
お代わりもたくさんあるからジャンジャン食べてね」
目の前の幼い妹に対してパイアは一人、ほほ笑む。
そんなパイアに呼応するかのように、目の前の妹もまたパイアへ向けてほほ笑む。
一見すると、幸せそうな姉妹の姿に見えるだろう。
しかし、そんな光景とは裏腹にパイアは幸せそうな妹を見るたびに、心の中で自分が妹と同じくらいの時はそんな風に笑えなかった。毎日泥水と虫を食べる日々だった。
なんて、自分は不幸で可哀想な人間なのだろう。と心の中で思っていた。
もちろん、普通の人間が見たら歪な関係だろう。
だが、それでもパイアは今まで叱る時以外では妹に手を挙げたことはないし、姉妹仲はそれなりどころかかなり良い部類に入る。
何故なら、彼女は自分が不幸だ、可哀想だと考えられてる程度に恵まれた人生を送っていると言う安全装置があるからだ。
それがなければ、恐らく十歳の頃に父親と母親から捨てられた彼女の心は一週間と経たずに崩壊して、幼い妹はもうこの世にはいなくなっていただろう。
ゆえに例え、その言葉が本当は盗賊や、殺人などによって摩滅した神経を隠す言葉だとしても、彼女は妹が立派に成長するために言い続けるだろう。
自分は不幸だ。可哀想だと。
「そう言えば、おねーちゃん。
ドラゴンと出会ったって言ってたよね?」
「う、うん。そうだよ」
妹の不意のドラゴンと言う言葉で一瞬込み上げた恐怖による吐き気を飲み込み、滝のように流れる手汗を拭きながらパイアは首を縦に振った。
「どうだった? やっぱり、怖かった?」
「うん、とても怖かったわ。
正直もう二度と出会いたくないわ」
あの黒い鱗に、口から微弱に溢れる熱気など。ただ居るだけで死を巻き放つ怪物に勝ち続けたかの勇者たちの伝説がどれだけ凄かったかを再認識するほどその存在が恐ろしかった。
「おねーちゃん。大丈夫?
顔色悪いし、手が震えてるよ」
そして、そんな姉の状態を察したのか、幼い妹は心配そうに自分の手を握る。
「え? あ、うん。大丈夫大丈夫。お姉ちゃんは強いから大丈夫だよ」
そんな妹に対して、パイアもまた大丈夫だと言うかのように力こぶを出すようなポーズをする。
「それに、ドラゴンにあったおかげで、ほらこんなにお金が貰えたんだから、怪我の功名ってやつよ」
そう言って、がちゃっと重い音を鳴らせながら現れた袋には、しばらくの間は食うには困らないほどの大量の金貨が入っていた。
「わー、凄い一杯お金が入っているね」
「そうだね。これだけあれば、しばらくの間食うには困らないし、何なら今まで買えなかった服も、玩具も……って、そうだ。言い忘れてた。
ここしばらくの間、ずっとお留守番にしてたでしょ?」
「うん、そうだね。すごく寂しかったよ」
「ごめんね。だからそのお詫びと言っては何だけど、しばらくの間お姉ちゃん仕事を休もうと思うの」
「えっ!? 本当!?」
パイアの言葉に一気に寂しげな顔から花を咲かせたような笑顔に変わる妹の頭をなでながらパイアは首を縦に振る。
「本当だよ。
だから、早速だけど明日一緒に買い物に行きましょ?」
「うん、行こう行こう。じゃあ」
そう言って、幼い妹は小指を立てて、パイアの目の前に出す。
そんな妹に対して、えーとと呟きながら、異世界の勇者たちの間での定番の約束事。指切りのやり方を思い出しながら、パイアも小指立てて、妹の小指へと重ねる。
「「指切りげんまん。嘘ついたら針千本のーます。指切った」」
手を上下に振りながら、歌を歌った二人は、互いに強く絡めた小指の力を抜き、そして――――
「じゃあ、針千本飲んでもらおうか」
突如窓ガラスを破りながら現れた黒いフードを被った男によって、パイアの右肩は躊躇なく落とされた。
「あれ? おねーちゃん。右肩が……あれ?」
何が起こったのかまだ脳が現状に追いついていないのだろう。
姉の何もない肩と、自分自身の小指と絡んだまま地面に落ちている姉の肩を交互に見ながら呆然とした声を漏らす妹。
そんな妹に反して姉の方は動きが早かった。
「逃げるよ!!」
恥も何もかも捨てて、自分の武器である短刀と金貨の入った袋を手に取り、口で妹の服を噛んだパイアはそのまま窓を蹴破り、全力で裏路地へと逃げ出した。
「はあ、はあ、づっ!!」
道をジグザグに適当に走りながら、必死に逃げ続けるパイア。
しかし、切断された右肩の痛みが走りだしたのか、徐々に走る速度が遅くなっていく。
だが、それでもジグザグで動いたおかげか、謎の暗殺者がこちらを追いかける様子はない。
しかし、それは時間稼ぎでしかなく、肩から流れる血を辿られれば追いつかれるのは時間の問題だ。
加えて、この流れる血の量はどう見ても致命傷でしかなく、体魔術で何とか伸ばしてはいるが、それでも2時間後には自分は死ぬだろう。
ゆえに――――
「お、おねーちゃん。み、右肩が――――」
「うん、ちょっと怪我しちゃったけど、大丈夫だからとにかく何も言わずにこれを受け取って、帝都の中央区にあるギルドへ行って。
あと、ごめんね。さっきの約束守れそうにないや。後で針千本飲まないとね」
「嫌だよ。おねーちゃん」
妹だけは何をしてでも助けないとと痛みに耐えながら妹に金貨の袋を渡すパイアだが、姉の状況を分かっているのか嫌だと妹は首を横に振る。
「おねーちゃん。一人に――――」
「いい加減にしなさい!!」
そして、そんな聞き分けの無い妹に痛みを忘れて、パイアは怒鳴った。
「ここに居たら危ないことは分かっているでしょ!?
お姉ちゃんが時間を少しでも稼ぐから。
だから、お願い。いうことを聞いて」
そう言って、優しく片手で金貨を持った妹の手を包んだパイア。
そんな姉の様相に状況を幼いながらも理解したのか、大きく頷いた妹は金貨を受け取ると同時に路地裏の暗闇の中を走っていった。
そんな妹の姿を最後に目に焼き付けたパイアは、傷口をきつく縛り、これから来るであろう男の方向へ顔を向け、短刀を構えた。
痛みをこらえながら、喉を鳴らし、男が来るのを待ち構える。
しかし、件の男はパイアが見た方向とは逆方向の――――
「パイア・クロミュオーンだな」
「なっ!?」
「死ね」
妹がさっき、走っていた方向から現れた。
そして、振り返った時には既に遅く、銃口からまるで剣のように伸びた炎によって、パイアの首は両断された。
ごろごろと、数回転するパイアの首は一瞬ぽかんとしていたが、瞬間自分と同じく切断された妹の上半身を見た瞬間。
「あ、あ、あぁぁぁあああああああ!!」
声にならない叫び声を上げながら何も考えることが出来ずにその生涯を終えたのだった。
「はぁ、血がべたついて、打ちづらいな」
などと呟きながら、俺はスマホの画面を操作し、電話をかける。
「はい、こちらノイゲルです。
ギルド長。パイア・クロミュオーンの始末終わりました」
『了解や。
因みに、彼女には妹がおったと思うのやけど……』
「はい、彼女も同じく始末しました。
確か、彼女もターゲットに入ってましたよね」
『ああ、そうや。帝都では重罪人はその家族も処刑対象やからな。
盗賊の長であるパイア・クロミュオーンの妹も同じく対象や。
まあ、あんな小さい子を殺すなんて、そんないい気分はしぃひんけどな』
そう言って、深くため息を吐くギルド長。
そう、俺が先日シェリアにもらった動画とは、俺たちを捕まえた盗賊たちの様相を盗撮した動画であり、その中には例の三人組で唯一残った彼女が盗賊の長としての姿が映っていた。
その中には、もちろんシェリアを奴隷にしたり、例の三人組の残りをどうするかなどの姿も映っていた。
そして、そんな光景をギルドに見せたらどうなるかなど目に見えており、俺は盗賊の調査の結果としてギルドに報告した。
その結果、下されたのはパイア・クロミュオーンとその家族の処刑命令であり、帝都の法律に従って俺はパイア・クロミュオーンとその妹を殺したのだった。
『やけど、しゃあない。
国に属するなら、国で過ごすのなら、その国の法則に従わへんけへんのが世界の常識や。
せやから、どないに自分が正しいと思っても、その国でまちごとるのなら罰を受けんならんの。
例えそれが、おぼこのガキやろうとな』
「……そうですね」
『と言うことで、取り合えずお疲れ様。
金は後で振り込んでおくから今日はもう帰ってええぞ』
「分かりました。
ありがとうございます」
そう言って、俺は軽く頭を下げながら電話を切った。
「はぁ、手に血がべたついて気持ち悪い」
そう呟きながら、俺は未だに手に持っている死体をパイアの隣に無造作に置いた。
その顔は二人とも絶望と怒りと恐怖に染まっており、その顔を見るたびに罪悪感が心の中に染みわたる。
もちろん、こうなったのも全部俺がギルドに報告したのが原因だが仕方がない。
何故なら、特に盗賊の情報提供や殺人による報酬は所謂先着順で、俺がこれの情報を報告し、対応しなければ報奨金を手に入らないからだ。
まあ、言ってしまえば金が手に入らないから俺はこの情報をギルドへ売り、姉妹を容赦なく殺した。
もちろん、俺が何処かの物語の主人公だったら正義感と無敵の実力で姉妹を死刑から無罪に変えるなんて夢物語を実現できたかもしれない。
だが、法魔術なんてものがあるこの世界でも権力も無ければ、日銭を稼ぐので精一杯なただの一般人である俺にそんな奇跡は起きないし、起こせない。
そう、俺は決して何処かの勧善懲悪の主人公にはなれない。
自分の出来ることしか出来ないし、出来ないことは永遠にやっても出来ないのだ。
だが、それでも生き残りたい。生きたいと言うのなら泥を飲んででも、老若男女問わず全てを犠牲にしてでも垂れた救いと言う名の細い糸にすがるしかないのだ。
ゆえに俺はこの姉妹を容赦なく見捨てたし、今後同じ境遇にあったとしてもほぼ変わらないだろう。
少なくとも、俺は妹と再び出会うまでは――――どんなことをしてでも俺はこの奇跡のないこの世界で醜くても生き足掻くと誓ったのだから。




