シェリアのお願い
「おはよう。ノイ」
そんな母親の声を聴いた瞬間、俺の頭はああ、また死にかけたのかと、すぐさま状況を理解した。
まあ、流石に今回は結構危なかったし、見る可能性はあるとは思っていたが……やっぱりこの夢はきついな。
見るたびに徐々に消えていく家族の輪郭もそうだが、目が覚めると同時に感じる一人で居ることへの喪失感が一番きつい。
もちろん、ヴィーラントさんや、スミスさんたちが居る今ではそれほどではないが、それでもやっぱり本当の家族と言うものは特別なのか、キツイのだ。
だから、本当ならこのまま出来るだけ長く夢を見たいのだが――――
「ねえねえ、お兄ちゃん。もう少し話を――――」
「駄目だ。寝るぞ」
「うー、けち」
どんな世界法則なのだろうか。その言葉を聞いた瞬間、俺は目を覚ますのだった。
「…………」
目を覚ますと、そこは真っ白な天井に、アルコール臭が満たされる部屋で俺は一瞬でここが病室であることを察した。
「随分と早い起床ですね。どうもあなたを殺しかけた死神シェリアさんです」
「はぁ、きつい」
寝起き特有のボーとした頭と奇妙な疲労感を感じながらそんなことを呟きながら俺はゆっくりと体を起こした。
あれから一体どれくらい経過したのか分からないが、少なくとも切り傷がまだ残っている以上はそれほど経っていないのだろう。
外ではリハビリの一環か、それとも退院間近の子供の遊び声が聞こえてくるのだが……
「私が突然来て驚きました? でも安心してください。ちゃんと誰にも見つからずにここまできましたから。案外楽しいものですね。スニーキングミッション」
「はぁ、本当にきっつい」
その声が耳に入るたびに、既に記憶だけの家族の朧げな記憶が反復し、孤独感が俺の心を絞めつける。
それと同時に、早く家族と会いたいと言う想いも強くなっていくのだが……
「いやー、それにしても居場所見つけるの大変でしたよ。
普通のギルドの人間はお金の問題で国立病院なんて入れないですからね。探索範囲から完全に抜かして……あの、聞いてます?」
「最初から聞いてないし、聞く気もない」
「酷い!!」
そう言って、俺はようやくさっきまで完全無視していたシェリアへ意識を向けた。
「何で来たとか何の用だとか言いたいことは色々あるけど、取り合えず先に一つだけ聞かせてくれ。
今、あれから何日経った?」
「私も二日ほど寝込んでたから確実ではないけど、今日を入れて5日ですね。
あ、リンゴとバナナ貰っても良いですか?」
「どうぞ。
それにしても、5日か。意外と時間かかったな」
「ひゃおひぇすか?? へんしんはらはらにひたんやひ、ひゃとうでしょ」
「まあ、そう言われるとそうなんだけどな」
それにしてもシェリアのやつ、見た目に反してリンゴをそのまま食べるって、食べ方ワイルドだな。
「ひょういえば、へがはひょうひすか? ひんちひたんひぇすか?」
「一応完治はしたな。
今は念のため、体魔術使って切り傷とか骨折とか軽いけがを治しているくらいだな」
「ひょっせつはひつうは、ひゃるいへがやないひゃけどね
ひゃのときもひょもったけど、ひごいいましつひすね」
「まあな。
と言うか、聞きずらいから食べるか喋るかどっちかにしてくれないか?」
「…………」
食べることの方が優先的なのか。
俺の言葉に小さく頷いたシェリアはそのままリンゴとバナナを食べ始め、そんなシェリアを見た俺は彼女が食べ終わるまで、呆然と病室の外を見るのだった。
「ふぅ、ごちそう様。
リンゴとバナナありがとうございました」
「どういたしまして。
それでさっきの話の続きになるけど、俺は全快したけどそっちはどうだ?」
「私の方は八分目ってところですね。
今も体魔術を使って治してはいるけど、結構深い傷はまだもう少しかかるってところです。
とは言っても、これくらいならノイゲルさんを殺すには十分だけどね。こういう風に」
そう言った刹那、一気に冷たい視線を俺に注いだシェリアは、俺の首元に蛇の如く糸の束を巻き付けた。
それは、暗に手を一瞬でも引けばその瞬間に俺の首元はバラバラになることを告げていたのだが――――
「変に悪役ぶる必要ないぞ。
どうせ、殺すつもり無いだろ?」
「あ、バレました?」
そう言って、ごめんなさいと。軽く頭を下げたシェリアは糸の拘束を解除した。
「まあな。そもそも本当に殺すつもりなら寝てる間に殺すだろ。
それをしないってことは俺に何かお願いでもしに来たんだろ?」
「6割正解ですね。
ただお願いについては体が完治してからで問題ないですし、今日のメインは……えーと、何処にしまったかな……あ、あったあった。これこれ。
これの中身を確認してください」
ポケットの中を探すような素振りを少しした後、シェリアは一枚の小さなメモリーカードを渡した。
そんなシェリアのメモリーカードを受け取った俺はそのままスマホに差し込み、データをダウンロードした。
そこには一つの動画があり、それを再生すると――――
「なるほど、賄賂ってことか」
「そう言うことです。
この情報を上手く使えば、普通に半年くらいは遊んで暮らせる程度の賞金は貰えますよね?」
「まあな。
で、その見返りは?」
俺のその言葉に、多重人格じゃないかと思うほど急にシェリアは今まで少しおちゃらけていた雰囲気を一気に真面目な雰囲気へと変えた。
「あの時のドラゴンの情報に対する誤情報を回して欲しいです。
誤情報の内容は単純に『シェリアと名乗る女性が突然ドラゴンに変身して襲い掛かった』と言うものにしてください」
「……それ程度なら別に問題はないが、良いのか?
そんなことしたら少なくとも死ぬまでの間、ギルドの人間やその他大勢から狙われる人生になるぞ」
「……これ程度なら別に問題はないですよ。
それよりもあの子の平穏な日常の方が大切ですから。
それにこの手の情報は変に否定するよりも少し脚色した真実の方が信じられやすいですから。
だから――――」
お願いしますと、深く頭を下げるシェリア。
恐らく藁をも使う気分なのだろう。
今までとは違い、本気で頭を下げるシェリアに、俺は思わず子供の頃に家族を探して欲しいとギルドに頼み続けた日々を思い出した。
だからだろう。
「了解した。
そこまで言うなら貰った分だけの仕事はするよ」
俺はほぼ即決でシェリアの依頼を受けた。
「ただ二つだけ条件がある。
一つ目は、この依頼はシェリアが帝都を出ると同時に行う。
二つ目は、互いの安全のために、依頼が始まったら今後一切互いを見つけても話しかけるな。
この両方を聞けない場合は依頼は受けない。
理由は分かるよな?」
と言うのも、発見しただけで莫大な賞金が出る可能性のあるドラゴンの正体を広める以上、先に言った通り、シェリアはほぼ世界中の人間から標的にされる。
そのため、少なくとも情報が広がる前にその発信源である帝都から逃げることは必須であるためだ。
加えて、今後話しかけないのも、俺は少なくともシェリアがドラゴンだと言う情報を知っている以上、話しかけられたのに、退治しないのはおかしいと言う矛盾を無くすためだ。
そのため、依頼が始まる前に帝都から出るのと、今後一切の関係を持たないことは必須なのだ。
そして、シェリアもそのことを視界したのか、俺の言葉に深く頷いた。
「それじゃあ、よろしくお願いします。
この街を出る準備が出来次第、こっちから連絡します」
「ああ、分かった。
連絡方法はそっちに任せる」
「それでは、もう頼み事は終わったので帰ります。
ありがとうございました」
そう言って、俺は扉を開けると同時にまるで、飛び降りるかのように部屋を出ていくシェリアを俺はただ見つめるだけだった。
ようやく投稿できました。
楽しんでいただけたら幸いです。
コロナに負けずに頑張りましょう




