ヤマネコさん、聖女と歩く1
雨のあとの、青空が美しいある日のこと。
リンクスはマオにカゴを背負わせ、その姿に笑いを噛み殺していた。
もともとは、自分が森へ採集へ行くときのカゴの予備だ。だから、マオにとってはやたらめったら大きい。肩に通す紐の長さを調節してやったものの、やはりカゴ自体の大きさはどうにもならない。
後ろから見ると、きっとカゴが歩いているように見えるだろう。それを想像して、リンクスは笑いそうになって腹にぐっと力を込めた。笑ったら、確実にマオにすねられる。だから我慢だ。
「これで、しこたまキノコ採れるね」
「たくさん、な」
カゴの大きさに、マオはかなりご機嫌だ。よほどキノコを採るのが楽しみなようだ。
キノコ狩りに行くぞと言ったら、マオは朝からニコニコしていた。
やっぱり、出かけたいと思っていたらしい。
小屋のすぐそばで畑仕事をするのは許しているが、遠くへは行かせていなかった。
レブラが日々巡回しているから危険はさほどないとわかっていても、マオをひとりで出かけさせる気にはなれなかった。
というわけで、今日は一緒にキノコ狩りに行くことにしたのだ。何度か一緒に森を歩く経験をさせれば、少しの距離ならばひとりで歩かせても平気になるだろうという考えだ。
「雨のあとはキノコがニョキニョキ生えるからな。たくさん採って、貯蔵庫に貯めとこう」
「そうなんだ。何で? キノコ、雨好き?」
雨のあとはキノコ日和だというのは、森に暮らす者にとっては常識だ。しかし、マオにとってはそうではないらしく、不思議そうにしている。
「あー、たぶん、そんな感じ。雨で元気になるんだろ」
「そっかあ。ニョキニョキ……」
「生まれ育った世界でもキノコは食べてたんだろ? 不思議そうにするけど、その食ってたキノコはどうやって手に入れてたんだ?」
そういえば、拾ってからずっと、マオの個人的なことにはあまり触れたことがなかった。
何となく、聞いてはいけない気がしていたのだ。
女神に無理やり連れてこられた、親はいない――これだけで十分、マオが難しい立場であり、恵まれた境遇でないのはわかる。
リンクス自身が親なしだから、それはよくわかってやれた。
「キノコ、店で売ってるのしか知らない。キノコ以外も……食べ物、店で買うのが普通だった」
意外なほどあっさりと、マオは答えてくれた。自分の話ではなくキノコの話だから平気だったのか、特に何も思っていない様子だ。
そのことにリンクスは安堵する。
「なるほどなあ。じゃああれか。キノコを森に採りに行って市場に売る人がいるんだな。あと、狩りに行って肉を獲ってきて売るやつも」
「ううん。キノコも肉も、育てる人がいる」
「肉は、家畜か。それはわかる。でも、キノコを育てるって何だ?」
「んー……木に、キノコの種植える、ニョキニョキ生える……?」
「マオもよくわかんないんだな」
リンクスは、マオの世界がここよりも各々の役割が分担され効率化されているのだなということを、何となく理解した。
そうなると、きっとここでの生活は不便だろう。店で買えば何でも揃う生活をしていた子が、いきなり狩りと採集とちょっとの農耕の生活に放り込まれたら、戸惑うしかなかったのではなかろうか。
「マオは、どっこいしてて偉いな。馴染むの早かったし。それでも、困ってることはあるんじゃないのか?」
カゴの持ち手をギュッと握っててくてく歩くマオの姿に、リンクスは心臓の横を握られたような心地になる。この小さな姿は、異界に放り込まれても動じず生きている姿は、健気と呼ぶにふさわしいだろう。健気なものを見ると、リンクスの心はどうしようもなく揺さぶられるのだ。
「リンクス、拾ってくれた。だから、運いい。平気」
強がるわけではなく、さらりとマオは言った。本当に、何もしていないしくよくよもしていないらしい。
だが、少し考えてそっと、背後に視線をやった。
「でも……外に出てふと見ると、あれ、いるの嫌」
鼻の頭に皺を寄せて言うからまさかと思ったら、数歩後ろの木の陰から、森林調査官のレブラがこちらを見ていた。