聖女、トラブルを運ぶ3
マオとレブラ、しばらく見つめ合った状態で時間が過ぎた。
その沈黙を先に破ったのは、レブラだった。
「お嬢さん……君、今、自分のことを聖女と言ったね。それは本当なのかな?」
レブラは上から見下ろす状態だったのを、屈んでマオと視線を合わせる姿勢になった。自称聖女を見下ろすわけにはいかないと思ったのかもしれないが、屈んだことで子供を相手にしている感がより増した。
「本当! そんなことで嘘ついたって何の得もない」
「そうだね。でも、そういうくだらない騙りをする者もいる。何か証拠というか、君の発言を信じるに足るものだと証すものがほしい」
レブラはあくまで整然とマオに言った。頭から否定するわけではないが、信じているわけでは決してない。
傍で聞いていればレブラが正しいと思うものの、事情を知っているリンクスは、彼がマオに要求したことが難題だとわかる。
「こいつは本当に森に落ちてたんだって。いきなり知らない世界からここに連れてこられたやつに、自分がよその世界から来た証明をしろ、だなんて無理なのわかるだろ? 状況から見るに聖女だ。でも、特に目立った能力もなけりゃ、聞いての通り女神の加護がいまいちなのか片言しか話せない。こんな子を王宮や神殿に突き出すのか? それこそ、ひどい目に遭わされたらどうする?」
リンクスは人間が好きだ。でも、人間のことを信用しきれないとも思っている。
特に、自分たちの利益のために他の世界から聖女召喚を積極的に行っていることについては批判的にすら思っている。
だから、このままレブラがどういう理由であれマオを自分から引き離すのは嫌だし、間違っても王宮や神殿に連れて行ってほしくなどなかったから、マオとの間に割って入った。
「それは、確かにそうだが……私は調査官という立場から、彼女が何者であるか確認だけはしておかなければならない。別に追い詰めたいわけではないんだ」
リンクスの必死な様子を見てか、レブラはようやく表情を動かした。言葉の通り追い詰める意図はなく、ただ見定めたいだけなのだろう。
じっとマオのことを見つめる。マオもまた、レブラのことを見つめ返した。
「証明する方法、ない。でもわたし、ここじゃないとこから来た。もとの世界いたとき、強い光を見て、女神の声聞いた。女神は譁ー縺溘↑荳也阜縺ァ繧?j縺ェ縺翫@縺ヲ繧ゅi縺、だから逕溘″謚懊¥縺溘a縺ョ蜉をくれたって言ってた。それだけ。わたしも、何でここにいるのか、どうしたらいいのかわからない」
マオはリンクスに説明したときと同じように、懸命に自分の事情を話しているようだった。だがやはり、肝心な部分は不快な音のようにしか聞こえない。
「これさ、ふざけてるわけじゃなくて、どうにも機密事項に触れる部分は翻訳されないみたいなんだ」
「わかってる! ……どういうことだ。彼女がしゃべったことを遮るような音が聞こえたとき、確かに女神の気配を感じたぞ……」
リンクスはマオの擁護をしようと口を開いたが、レブラにそれを拒否されてしまった。だが、マオの言葉に何かを感じたらしい。レブラはしばらく難しい顔をして考え込んだ。
「エルフというのは、他の種族と比べると自然界の深淵に近いところにいる。だから女神の存在も精霊についても、他より敏感に察知できるというわけだ。そのため森林調査官なんて職についているんだが……その立場から言うと、彼女が聖女であることを認めざるを得ない」
「おお……!」
「というより、ここではない世界から来た、女神の干渉を受ける存在であることを認めるといえばいいのか……」
「とにかく、信じてくれるんだな?」
「まあな」
ようやくレブラがマオとリンクスの主張を信じてくれたということで、リンクスは安堵した。だが、レブラはまだ難しい顔をしたままだ。
「彼女を王宮や神殿に突き出す気はない。しかし、リンクスの手元に置いておくことを無条件に認めるというのもな……」
「なんだよ。何が問題なんだ?」
「いや、だって子供じゃないか。人間の子供にはきちんと教育を受けさせなければ。それなら、しかるべきところに預けて学校に行かせてやらないと」
レブラの勘違いが、リンクスにはよくわかった。というより今朝までずっと子供だと思っていたくらいだ。おまけに長命なエルフからすれば、人間なんてみんな子供みたいなものだ。
だから仕方がないとは思うが、マオ本人はそう思わなかったらしい。
「もう! どうなってる! この世界の人の基準! わたし、十七! ちょっと背、ちっちゃいだけ! 子供じゃない!」
マオは地団駄を踏んで怒り狂った。朝のリンクスの言葉も尾を引いているのだろう。ものすごく怒っている。
だが、その姿を見てレブラはなぜかものすごくにっこりとしていた。