聖女、トラブルを運ぶ2
「ただいまー」
「おう、おかえり……ってどうしてあんたが?」
騒々しい気配と共にマオが帰ってきて、迎えてやらねばとドアのほうに目をやったリンクスは、彼女の横に立つ人物を見て驚いた。
それに気がついていないマオは、得意げな顔でリンクスを見ている。
「リンクス、お客さん。声かけたら来たよ」
「森の中を調査していたら、こんな小さな子が縄につながれて『いらっしゃいいらっしゃい、ご飯あるよ』なんて言ってるから、何かと思って来てみたんだ。……リンクス、どういうことなのか説明してくれるかな?」
「どういうことって……マオ、呼び込みなんてしてたのか」
得意顔のマオの隣に立つのは、すらりと線の細い美貌の男。淡い金の長髪に新緑のような瞳に抜けるような白い肌に……と、要素てんこ盛りの美形だ。おまけに髪の間から覗く耳は、尖っていて長い。
つまりこの美しい男は、エルフなのだ。
「いや、この子は森で拾ったワケありの子で、うちで飯を食わせてやってるだけだ」
「それで、食事の礼にと働かせているのか? 逃げないように縄でつないで?」
「違う! 縄は迷子防止だ。それに俺は働かせようだなんて思ってなくて、てっきり遊びにいってるとばかり思ってたんだ」
「君は健全に森で暮らしているとばかり思っていたんだけどな……」
マオのことを隠していたわけではないが、おおっぴらにする気もなかった。それなのに、よりにもよってまず最初に発見されたのがこのエルフ、森林調査官のレブラだったことに、リンクスは己の運のなさを呪った。
この森林は、もともとは古くから精霊の領域だった。
精霊の領域に住まうことができるのは、人間以外の種族だけだった。リンクスのような獣人族やレブラのようなエルフ族はこの精霊の領域に住まうのが基本とされているが、そこに暮らす限り人間とは交流できない。
ところが、最近になってこの森には精霊の存在が確認できないとされたため、試験的に人間の立ち入りが許されることになった。
それが嬉しくてリンクスはさっそく料理屋を始めたわけだが、何でも自由にできるわけではない。
そのあたりの監視と調整をしているのが、この森林調査官のレブラというわけだ。
「リンクス、人間と親しくするのはいいが、人間に攻撃したり、隷属させたりしてはいけないという決まりは頭にあるね?」
「ああ、もちろん。俺たちと比べて人間はあまりに弱い。だから、いじめたり虐げたりしたらダメなんだ」
「それなら、どうしてこんな子供にひどいことをしているんだ? 許されると思っているのか? ……君にそんな趣味があるだなんて思わなかったよ」
レブラは、端正な顔に努めて表情を浮かべないようにしてリンクスを見つめている。だが、軽蔑されているのはよくわかる。
今すぐ否定したいが、相手の森林調査官という肩書きを考えるとためらってしまう。返答次第では今すぐ店を閉めさせられ、森から叩き出される可能性があるのだから。
「いや、その……趣味とかそういうのではなくて……」
「なに? 何の話? リンクスはいじめてないよ? わたし、聖女。女神に落っことされた。リンクス、ご飯くれた。何も問題ない!」
言いよどむリンクスに代わって、マオがレブラに向き合った。止めようとする間もなく、一番伏せておくべきことをペロッと話してしまって、リンクスは焦る。
「お、おい! そういうことをペラペラと……」
「え? 何だって? この子が聖女……?」
それまでリンクスに向いていたレブラの視線は、今は完全にマオに向けられている。
それがわかっているのかいないのか、マオもレブラを見上げて、挑みかかるように見つめていた。